38 心配だった?
レティシアは最終学年になった。
現在十九歳、死はもうすぐそこまで近づいている。今回ばかりは違う、とは思えなかった。自分ではいろいろあがいたつもりだったが、結局何も分からずじまい。今のところ殺される前兆はないが、それは前回も同じだ。
「ねえ、レティシア。今度はどこへ行きたい?」
ふいに声をかけられ顔を上げる。
「え?」
レティシアは今トレバーと馬車の中にいた。二人はデートの帰りだ。今日は公園を散策した後、カフェで茶を飲みゆっくりと食事をした。だが、そんな最中でも近づいてくる死が不安でつい上の空になってしまう。
「私はどこでも」
レティシアの気のない答えにトレバーの顔が曇る。
「あの、トレバー様の行きたいところならばどこへでもご一緒したいです」
慌てて言い添えると、トレバーが微笑んだ。
「そう言ってもらえるのはうれしいけれど、今度はレティシアの行きたい場所にしよう。そうだ。家の領地に一度来ないか?」
「あの、でも遠いから」
「君はいつもそう言って断るね」
トレバーの新緑の瞳が揺れる。彼を悲しませているようで、胸がぎゅっと苦しくなる。
「いえ、あの、卒業の制作が終わってからでいい?」
本当は行きたくない。あの領主館には嫌な思い出がいっぱい詰まっている。彼の浮気の現場を見たのも領主館だし、毒殺未遂の冤罪をかけられたのもあの場所だ。
そこでふと重大なことに気付く、ミザリーがまたトレバーに手を出すのではないのかと。トレバーもそれに乗ってしまうかもしれない。
時を繰り返しているのはレティシアだけだ。今回、彼らの不倫を見ぬふりをすれば殺されないのだろうか。しかし、それではレティシアの心が死んでしまう。やはり今回も何かを間違えた気がしてならない。時が近づくにつれて不安になる。
「レティシア、大丈夫? 気分でも悪いの?」
「ああ、ごめんなさい。ちょっと疲れてて」
「根をつめて勉強し過ぎじゃないかな? レティシアはどうしても働きたいの?」
「え?」
このあいだ、臨時職員として短い時間ならばとブラウン子爵家からも働く許可が出たばかりだ。ブラウン家の義父母は教会の治癒師ならば次期子爵夫人として名誉なことだと喜んでいた。彼らはとても信心深く。今世でレティシアはとても気に入られていた。嫌われ続けてきたブラウン夫人にもなぜか今世では好かれている。
「父も母も君が働くことについては賛成しているけれど。僕は家にいて欲しい」
「トレバー様、何も一生働き続けるわけではありません」
そういって彼を宥めた。不思議とトレバーはレティシアを常に自分のそばに置いておきたがる。二巡目の人生で彼がやきもちをやくこともあったけれど、どちらかというと二人で遊びまわっていた。束縛などされずに。
二人を乗せた馬車がシュミット家の門扉の前で止まる。そこには守衛となぜかリーンハルトが立っていた。
馬車から降りるとリーンハルトとトレバーが挨拶を交わす。十八歳になった彼は最近とても大人になった。少し寂しいくらいに。
「遅くまでレティシアを連れまわして申し訳ない」
「いえ、お気になさらずに」
二人が和やかな雰囲気の中で言葉を交わす横でレティシアはあくびをかみ殺した。昨日も勉強で夜遅かった。せっかく職が決まっても卒業できなくては話にならない。早く部屋に戻りたかった。
「お茶でもといいたいところですが、今夜は姉も疲れているようなので」
察しのいいリーンハルトがそう言ってくれてほっとする。
「確かにあなたのおっしゃる通りかとは思いますが、随分姉に対して過保護なのですね」
僅かに硬い口調でトレバーが切り出す。
「過保護というと?」
リーンハルトが片眉を上げるのを見てレティシアはぎくりとする。今彼が気分を害したのがわかったからだ。
「ふふ、門扉まで迎えに来るなどと驚きました。これからはもう少し早い時間にお送りします。ご心配をおかけして申し訳ない」
二人ともにこやかなのに、緊張感が高まる。
「そうですね。姉も忙しいのでそうして頂けると助かります」
気のせいだろうか、笑顔なのに二人がにらみ合っているような気がする。レティシアは不安な心持ちだ。
その後、別れの挨拶をしてトレバーは去っていった。
振り返ったリーンハルトは
「姉さん、疲れて帰りたかったら、自分でいいなよ」
と不機嫌そうに言う。
「え、あ。ごめんなさい」
少し義弟が怖かったので素直に謝る。今世でもリーンハルトに頭が上がらない。姉らしいことをしたいと思うのに、ちっとも上手く行かない。
「まったく、まだ嫁入り前の娘を深夜まで連れまわすだなんて、彼も非常識だな」
レティシアはこの時リーンハルトが他人を非難するのを初めて聞いた。それもまるで父親のようなことを言う。しかし、レティシアを心配して待っていてくれたのだ。
「ねえ、そんなに私のこと心配だった?」
少し嬉しくなって聞いてみる。
「最近、とくに様子がおかしいからね」
「おかしいかしら?」
「何をしても上の空、それでは相手にも失礼だし、不安にもなるだろ」
確かに彼の言う通りだ。トレバーをあまり不安にさせてはいけない。
「そうね。気を付ける」
「姉さんの気を付けるは軽いからな」
そう言い捨てる。なんだか今日のリーンハルトは辛らつだ。少し悲しくなる。




