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17 リーンハルト

 その日はそわそわしながらリーンハルトが学校から帰って来るのを待った。


 しかし、彼は夕食にも戻らなかった。よくあることだ。

 

 今までは義弟と顔を合わせなければ、すっきりしていたが、今日は彼が帰って来るのが待ち遠しい。


 今度ばかりは死にたくない。それに仮に死ぬのが運命だとしても、冤罪で処刑されたり、恨まれて殺されたりするのは嫌だ。平穏無事に人生を終えたい。


 結局リーンハルトに会えたのは週末になってからだった。道理で前回、前々回といい彼の印象が薄いはずだ。あまり家にいなかったのだから。


 それに妙なことがひとつ、ミザリーが最近あまり話しかけてこない。レティシアが気を許さないからだろうか。それならば、前々回の「どうせ私なんか」と言っていたときの方がひどかった気がする。あの頃はしつこいくらい気遣ってくれていたのに。


 それどころか、ミザリーはオスカーやオデットに褒められようと焦っている様に見える。食卓での彼女の自慢話が増えた。気のせいだろうか? 彼女は優秀なのだから、そんなことをしなくても十分皆に認められている。



 リーンハルトが帰宅し在室していることを使用人に確認し、彼の部屋を訪れた。前に話がしたいと言ったら、きっぱりと断られたので、彼の部屋に突入することにした。


 ノックをして、部屋へ入るとリーンハルトはぎょっとしていた。

 最近ではいつも澄ましていて表情が変わらないので、ちょっとすっとする。


「リーンハルト、ちょっとお話があります」

「俺にはない」


 けんもほろろに断られた。しかし、ここで引き下がれば、死亡率が上がるというもの。


「いえ、あの、私、この家には大変お世話になっているので、常々ご恩返しをしたいと思っておりまして」


「恩返しだと? どうしたんだ。どこか具合が悪いのか?」


 なぜ、マナーも改善したし、読み書きも出来るようになったのに、このような対応をするのだろう? レティシアは頭に上った血を下げるため、深呼吸した。


「いいえ、どこも悪くないです」


 顔を引きつらせながらも笑顔を浮かべることに成功する。我慢だ。

 十三歳になるリーンハルトは、レティシアより少し背が高くなっている。彼は長い足を投げ出し、ふんぞり返るように椅子に座っていた。本当に腹が立つ。端整な面立ちにさらさらな金髪で、数年前は天使のように愛らしかったのに。どんどん生意気になり、プライドばかり高い。


「何を企んでいるか、知らないが、手短かに済ませたい」


 どうやら話は聞いてくれるようだ。そして驚いた事に彼は「そこに座って」と椅子を指し示した。紳士教育が行き届いているので、ついうっかり嫌いな相手にも椅子を勧めてしまうらしい。レティシアはありがたく腰を下ろす。


「で、恩返しって、何?」

「はい、いつまでもこの家の世話になるのではなく、仕事を持とうかと」

「仕事? その前にお前はまず礼儀作法を守れ。最低限この家に恥をかかせるな」


 正論だが、十三歳の義弟に言われると腹立つ。最近では頑張ってお作法も身についてきている。


「あの、私、何か粗相をしましたか?」


 少しかッとして言い返す。すると彼は顎に手を当て考える。いちいち所作が生意気で、美男子なだけあって様になっていて、余計に腹が立つ。

 涼やかな目元は長い金のまつげに彩られ、いまは伏せられている。


「……いや、ここ最近していない」

「それならば」


 更に言い募ろうとする。


「褒めて欲しいのか?」


 唇には冷笑を浮かべ、青く鋭い眼差しが注がれる。レティシアは慌てて首を振った。本格的に嫌われている。諦めようと思ったが、この家で、ミザリーは頼れない。だとしたら、己の死に、いままで、関わってこなかった義弟から、情報を得るしかない。


「あの、自分の魔力を生かしたいの」

「え? お前魔法が使えるのか?」


 義弟が驚いたように瞳を瞬く。


「いいえ、でも、魔力はあるらしいので、勉強したいと思って」


 リーンハルトが唖然とし、しばし、沈黙が落ちる。その沈黙が痛くなってきた頃、彼が徐に口を開いた。


「魔法師になるにはお前の苦手な勉強をしなくてはならないんだぞ。だいたい読み書きは出来るのか?」


 もっともな疑問だ。易しい本ならば読める。多分、レベル的には十歳くらいだと思う。やはり、依然として勉強は苦手だ。


「はい、心を入れ替えて、勉強したいと思います」


 義弟に丁寧語。真面目にいったのに、リーンハルトがいらいらと舌打ちをする。


(それは礼儀にかなっているの? 舌打ちはいけないと注意していいのかしら?)


 レティシアの頬がひくりとする。


「だいだい、恩返しって……、父上も母上もそんなことのために、お前を引き取ったと思っていたのか?」

「え?」

「出ていけ」


 リーンハルトの射貫くようなまなざしに震えあがった。何で怒ったの?


「今何時だと思っている。二度とこんな時間に部屋を訪ねて来るな」


 一つ下の義弟に叱られる。「だって、こんな時間しか話ができないじゃない」という言葉は飲み込んだ。


 レティシアは、とりつく島もなく追い出された。やはり、犬猿の仲の義弟から、情報を引き出すことなどできなかった。


 そういえば、リーンハルトがレティシアに詫びたことはあったけれども、レティシアは彼に詫びたことはない。一度でも彼に謝っておけば印象が違ったのだろうか……。あの時彼の頬につけた傷はもう消えていた。

 

 多分、そういう事なのだ。レティシアは決して被害者だったわけではない。


 過去にずっと自分をかわいそうだと思っていたことが、恥ずかしい。





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