第20話:幕間「ある避難民の1日~3」
「これで、最後か」
ダーウェスは、満タンになった貯水槽群を前に心底疲れ切った声で呟いた。
「お疲れ様です。ダーウェスさん、魔力保有量も高かったのですね。まさか1日で全部給水を終えるとは思ってませんでした」
ミリエラは感心したようにダーウェスに声をかける。
「流石にぎりぎりだったよ。これで仕事は終わりか」
「はい、お疲れ様でした。今回は臨時のお仕事なので、職員給与が支給される際に手当として加算しておきますね」
「本当なら支部所属とはいえ、同じ魔法省の職員として働くべきなのに悪いな」
「いえいえ、職員とはいえ避難民に変わりないわけですから、お気になさらずに。それに、調査の方も順調に進んでいるみたいなので、近いうちに避難民が生活するための新しい町も建設される予定ですし、そしたらそちらで新しい支部の立ち上げのお仕事で頑張ってもらうことになりますから」
「そうか、なら避難生活も後少しで終わりか」
そう呟いて空を見上げたダーウェスの視界に、こちらに降下してくるローブ姿の女性が見えた。
「あれは?」
「ミミ様?」
ローブ姿の女性は、北方将軍であるソーサラーのミミであった。
「貯水槽の給水に来たのですけど、既に終わっているようですわね」
地上に降り立ったミミが、開口一番そうミリエラに話しかける。
「はい、避難生活をされてたアムネンの魔法省支部職員のダーウェスさんに臨時の仕事として依頼して、さきほど終わりました」
「そうですか。ところでミリエラ、わたくし、こちらの貯水槽の担当職員が倒れたのは聞いてますが、臨時の仕事として支部職員に依頼を出したことは聞いていませんが」
「あ・・・」
ミミの言葉に途端に顔を青くするミリエラ。
「まあ、良いですわ。ところで、あなたがダーウェスさんですか」
ミリエラに向けて呆れたような視線を送っていたミミの視線が、ダーウェスの方に移る。
「はい、アムネンの魔法省支部所属のダーウェスです」
魔法省のトップでもあるミミについては、ダーウェスも帝都勤務をしていたころに、遠目からではあるが何度か見たことはあった。
地方支部採用の一職員でしかないダーウェスが、魔法省のトップに直接会うことは、当然初めてのことであり、流石のダーウェスも少し緊張して応えた。
「あなたの噂は聞いているわ。どう、帝都の魔法省で働いてみる気はない?」
「自分がですか?」
「ええ、もちろんそれなりの役職として迎えるつもりよ。どう?」
「買いかぶりすぎかと思いますが、そうですね・・・」
ミミの思わぬ勧誘の言葉に、ダーウェスはしばし黙考した。
「分不相応なありがたいお誘いですけど、お断りさせていただきます」
そんなダーウェスの返答に、ミリエラは驚いた表情を浮かべ、ミミは面白そうな表情を浮かべる。
「なぜかしら?かなり破格な話だと思うのだけれど」
ミミの問いに、ダーウェスは、右手で頭をかきながら答える。
「幼馴染というか腐れ縁というか、ずっと一緒にいるやつがいるんですよ。そいつは、マーヤって名前なんですが、マーヤはとにかく畑仕事というか、農業が大好きで、帝都にみたいな都会では暮らせないようなやつなんです」
ダーウェスは困ったような表情を浮かべながら話を続ける。
「自分は片親なんですけど、子供の頃はよくマーヤのところで食事をとらせてもらったりしてたんです。マーヤの両親には、ほんと世話になりました。でも、俺が帝都で仕事している時に、魔獣の被害にあって、俺の親もマーヤの両親も亡くなりました」
その時のことを思い出してか、ダーウェスの瞳は暗く沈んだ。
「知らせをもらってから何とか休みをもらってアムネンに向かいましたけど、知っての通り、帝都とアムネンはかなり距離がありますから、アムネンに着いた時には、俺の親とマーヤの両親の葬儀は終わってました」
離別の悲しみが癒えるほどには時間がたっていないのか、ダーウェスの言葉に若干震えが混じる。
「アムネンに着いた時、マーヤの姿が見えなかったんで、近所の人に聞いたら、自分の畑に行ったっていうんで、そっちに向かいました。それでマーヤを見つけたんですけど、あいつ、無表情で、それでいて今にも泣きそうな顔で、もくもくと畑を耕してたんです。広い畑を、黙ってたった一人で」
そう言った後、ダーウェスはやわらかで、それでいて堅い決意のこもった眼差しをミミの方に向けて話を続ける。
「その時思ったんですよ。傍にいられる限りはせめてあいつの傍にいてやろうって。だから、帝都へ誘ってもらってと光栄ですけど、自分はマーヤから離れて帝都では働くわけにはいかないんです。ほんとすいません」
そう言ってダーウェスはミミに向かって深々と頭を下げた。
そんなダーウェスをミミは眩しいものでも見るかのように目を細めた。
「顔を上げなさい。あなたの事情はわかったわ。だったら無理に誘うことはしないわ。でも、新しくできる支部では引き続き魔法省の職員として働くのでしょう?」
「はい、そのつもりです」
「じゃあ、何かあったら直接そちらにお願いするわ。それぐらいなら良いでしょう?」
「自分でできることであればもちろんです」
「そう、それなら結構ですわ。ああ、せっかくだからこれを渡しておくわ」
ミミが呪文を呟くと、ミミの右手の上に、銅でできたような腕輪が現れる。
「魔法操作力増大の霊術が使える4級霊器。私からの餞別ですわ。新しくできる支部での活躍を期待してますわ」
ミミは笑顔でダーウェスに腕輪を渡す。
帝国において、霊器が貴重なものであることは知らない者はいない。
しかも、4級霊器となれば、軍の中隊長か、行政職員でも地位がそれなりにあるものしか持っていないぐらいものであり、ダーウェスもミリエラも、ミミの行動にひどく驚いた表情を浮かべ、ダーウェスは何度か固辞しようとしたが、ミミの強引な要請に根負けして最後には酷く恐縮しながら礼を言って、ミミから霊器を受け取った。
「それじゃあ、失礼します」
霊器を受け取ったダーウェスは、これ以上ここにいたら何が起こるかわからないと、二人に挨拶をして、早々にその場を後にした。
「ミミ様、確かにダーウェスさんは優秀だと思いますが、まさか霊器まで渡すなんて思いませんでした」
ダーウェスが遠く離れて、会話が聞こえない距離にいたったぐらいを見計らってミリエラはミミに声をかける。
「優秀な人材には正しい評価をするのが私の信条ですわ。彼にはそれだけの価値があると感じられました。それに例え帝都の本省にいなくとも、優秀な人材を確保しておくことは意味のあることですわ」
視界からどんどん小さくなっていくダーウェスの姿を見つめたまま、ミミは明るい声でミリエラに答えるのであった。
ダーウェスが自分のキャンプ地に帰り着き、自分の寝床がある天幕に入ると、自分の寝床で大口を開けて寝ている人物の姿が見えた。
「人の寝床で何やってるんだマーヤ」
そう言いつつ、寝たいたマーヤの額にデコピンをするダーウェス。
「いったああああ。何、何が起きたっすか?・・・・ああ、帰ってきたすっかダーウェス」
「帰ってきたすっか、じゃない。何んで俺の寝床で寝てるんだ」
「いつまでたっても帰ってこないダーウェスが悪いっす。待ち疲れて思わず寝てしまったマーヤさんは悪くないっす」
そう言って悪びれることなく自分の行為を正当化するマーヤに、やれやれと言わんばかりのため息をついた後、そろそろ夕食の時刻になってきているのを思いだしたダーウェスはマーヤを夕食へ誘い、お腹が空いているのに気付いたマーヤは素直に同意し、二人で揃って天幕を出るのであった。




