トイレの花子さん
この世界の怪奇に触れて楽しんでください。
「トイレの花子さん」
あまりにも有名な怪奇談だ。3階のトイレの3番目の扉を3回ノック、さらに「花子さんいらっしゃいますか」と言うだけ。簡単に会えてしまう怪奇だ。俺のようなオカルト好きにはおいしい話だが逆にいえば一般人に危害が及びやすいと言うことだ。
俺の学校は公立の普通の学校だから特に厳しい制限などはなく楽しい学校生活ができる。それゆえに色々なことを試せる。下校中にどっかに寄り道したり、オカルト話を実験したりさまざまだ。今回もそれを利用した。
ある日の平日。とある事件が起こった。うちの学校で2人変異死体が発見されたと言うのだ。それも3階の3番目の女子トイレの中。ここで俺は勘づいた。怪しいなと。
事件の詳細を語ろう。平日の授業中、ある1人の女子がトイレに行きたくなったらしい。トイレに行って30分経ってもなぜか帰ってこない。そこで女子の友人が様子を見に行った。きっとお腹が痛いのだろうと。だが友人も帰ってこなかった。ここで先生がトイレに行ったところ2人の変異死体が見つかったのだ。そこからは警察が来て学校が封鎖されたりとかなり面倒だった。かなり長い間事件の調査がされたが結局原因は分からずトイレは封鎖で学校再開という形になった。
女子は「あそこのトイレ使えないのか」とか言ってたが俺にとってはチャンスだった。学校にいけるようになったのならやることは一つ。調査だ。実は封鎖中に勉強と同時にこの事件について調べておいたのだ。犯人は大体予想がつく。トイレといったら花子さんだ。
「……会いに行くしかないか」
この事件を止めるためにはそれしかない。だが実行に移すには問題が多すぎる。
まず、時間の問題。事件のように授業中にトイレに行くとなるとクラスメイトから怪しまれるかもしれない。やるなら夜だ。夜なら誰にも見られない。だが、そもそも家を出られるかどうか、出られたとして学校に入れるかどうか。俺は計画を立てた。
まず、家を出るためにランニングと称して夜10時に家を出る事にした。ちょうど今の体育の授業が長距離なのだ。そこは親も納得してくれた。荷物は自転車のカゴに入れておいた。次に学校の入り方だ。登校と同じように入ろうとしてもまず無理だろう。だが、俺にも夜の学校はどうなってるかわからない。知ってる情報は夜は先生がいないことだ。しょうがない、学校に着いたら考えるとしよう。
予定通りに家を出て学校の前に着くといつもとは違う異様…な雰囲気を醸し出していた。
「夜の学校って昼間とこんな違うのか……」
当たり前だが校門は閉まっている。ここは乗り越えるだけの簡単な仕事。問題はここからだ。学校の中へどうやって入るか。昇降口の鍵を無理矢理開けることもできる。実は少しだけ鍵開けをかじったことがあるのだ。鍵を開けるための自作の器具を肩掛けポーチから取り出しながら昇降口に向かった。一応鍵が空いてないか扉を確認すると、何故か1つだけ鍵が空いていた。
「おかしいな……いつもならしまってるのに。ちゃんとしてるのがこの学校のいいところだったんだけどな」
そんなことを言いながら俺は学校の中に入った。
学校の中は外より暗かった。あらかじめ持ってきた懐中電灯で辺りを照らしながらいつもと同じ道を行く。言い忘れてたがうちの学校は小学校と合併していて5階建てになっている。事件が起きたのは3階だ。
「それにしてもこの雰囲気いいな……」
暗く少し湿っているこの感じが肌に心地良かった。いつもの階段を登り事件現場の女子トイレについた。
正直、3階ならどこのトイレでもいいのだが事件現場の方が花子さんに会える確率が高いのだ。
だが、女子トイレに入るのは誰もいないとはいえ流石に気が引ける。とはいえ調査のためだ。仕方がない。女子トイレの中に入り3番目のトイレに向かう。隣の男子トイレとは違いとても冷たい空気が流れている。
「うっ……なんだこの匂い」
3番目のトイレの前に立つと異様な匂いがした。生々しい血の匂い。おかしい。事件はかなり前に終わったはずだ。 恐る恐る扉に手をかけゆっくりと開ける。
「きゃーーっ!」
「うわっ!?」
扉を開けると女の子がそこにいた。
「なんでここにいるのよぉ」
半泣きで言ってきた。確かに女子トイレに男の俺がいるのもおかしい。だが、この時間にこいつがいるのもおかしい。
「お前こそ、なんでこんな時間にいるんだよ」
お互いの話を聞いていると理由が分かってきた。どうやらこの子も事件の調査に来たようだ。現場に来たところ鼻血を大量に出してしまったらしい。とりあえず鼻血を止めるために近くにあったトイレットペーパーで鼻を押さえてあげた。
「どうだ?止まったか?」
「うん。とりあえず……」
ありがとうと一言言われた。改めて見るとこいつ、クラスメイトだ。影が薄くて俺でも気づくことができないくらいクラスでの存在感がない奴。今まで話した事がないが意外といい人だという事がわかった。
「とりあえず外に出てくれないか?」
クラスメイトは首を傾げたが本来の目的を思い出したのかすぐに外に出てくれた。扉をしっかり閉めてから儀式を行う。
コンコンコンと3回ノック。そして2人で
「「花子さん、いらっしゃいますか」」
ギィと扉が鳴り響く。中から何かが現れた。
「こんばんわ」
「っ……!」
赤いスカートにおかっぱの髪型。可愛らしい女の子。
驚きを隠せなかった。俺も本当にいると思わなかったからだ。だが、実際にいるのならやることは一つ。尋問だ。
「花子さん。あなたは人を殺しましたか?」
さっきの驚きを隠すように冷静にそう言い放った。さぁどう出る。
「殺してないですよ」
意外な返答だった。犯人を確信していたから尚更。だが、よく見てみるとこの子が人を殺すとは思えない。
「嘘はよくないですよ」
「嘘じゃないよ。多分お姉ちゃんのことだと思う」
「お姉さんがいるのか」
初めて知った。花子さんにはお姉さんがいたのだ。
「人を殺してしまったのはお姉ちゃんに代わって謝ります。ごめんなさい」
「ならお姉さんを出しな。本人に理由を聞き出してやるから。」
そう言うと黙り込んでしまった。
「どうしたんですか?」
クラスメイトがそう言うと花子さんが重い口を開けた。
「お姉ちゃんは昔はいい人だったんです」
そう言ってトイレのふたにそっと座り語り始めた。
昭和時代、終戦後の復興時期。倒れた建物の残骸を組み立てて住居を作っていたの。お姉ちゃんは
「私のことは気にしないで」
と言って周りの人たちを気遣っていました。自分も大好きだった親を失っているのに周りのために食料を作ったりしてくれた。
その優しさに乗っかって周りの人がお姉ちゃんに対して嫌がらせを始めました。戦争中の苦しみをぶつけるように。最初はありもしない噂を立てるだけでしたがその噂を信じた人達が石を投げつけたり見えないところで暴力を振るわれていました。そんなことが続きお姉ちゃんは精神を病んでしまいました。私はこの時お姉ちゃんに何が起こってるか分からなかったのです。
しばらくしたら、妹の私にも暴力を振るうようになりました。そして、頼るあてもなく私達は元々学校が建っていたこの場所で死んでしまいました。
「最後にお姉ちゃんは『ドロップ飴が食べたい』って言って息を引き取りました。何もできなかった私は悔しくてしょうがなかったです」
(……ドロップ飴か。そういえばドロップ飴が無くなりそうだな)
俺はかなりの甘党だから飴を持ち歩くのが日課となっている。今もポーチに入っているのだ。
「……そうか。でも、なんで花子さんになったんだ?」
話を聞いていて学校のあった場所で死んだのは分かる。だが、何故怪奇になったのかが分からなかった。
「多分……お姉ちゃんの恨みが強すぎて私にも影響が及んだんじゃないかと」
そんな事が起きるのか。まぁこの子が悪いことをしたとは思えないしお姉さんのほうを探す方がいいかもな。
花子さんがよっと言いながらトイレのふたから降りた。
「そんなことよりさ、遊ばない?」
そういえば、花子さんは呼ぶと遊びに誘ってくれるんだった。
「遊んでいいんですか?」
「うん。いいよ」
確かに遊びたい。花子さんと言う有名な人と遊ぶ事ができるのだから。だが、今の目的はお姉さんを探す事だ。
「……遊びたいところだが今はお姉さんを探さなきゃ行けないんだ。ほらいくぞ」
クラスメイトの手首を掴み立ち去ろうとした。ここで俺はこいつの名前を聞いていないことに気がついた。実は自己紹介の時寝ていたので名前を覚えていないのだ。
「そういえば、お前の名前ってなんだっけ」
クラスメイトは覚えてなかったのかよと言いたそうな顔をしていた。
「……秋桜陽太。ちゃんと覚えてよ」
また泣きそうな目で言ってきた。思わず謝った。
「ご……ごめん」
と言うか、謝らなければ。酷いことをしたんだから。――――気まずい空気が流れていた。そんな空気を切り裂くように花子さんが口を開けた。
「2人とも、待って……」
花子さんが口を開けたと同時にズンッと空気が変わった。さっきまでの空気とは真逆。重力そのものが変わり一気に重くなって俺たちにのしかかった。
空気を変えた元凶――――その方向に目を向ける。
「……ッ!?」
異形……と言ったらいいのだろうか。目はただれ落ち髪はボサボサ、体中には刺し傷や切り傷。腕はありえない方向に曲がっている。なんとも痛々しい姿をしていた。
「血……肉……クウ……グイヅクジデヤルッ――!」
「お姉ちゃんやめてッ!2人とも逃げてッ!」
花子さんがそう言うと同時にトイレの出口へと走り出した。
(や……やばい。これ以上は関わっちゃいけないって俺の中の何かが言ってる。)
「早くしないとッ、死んじゃうよッ!!」
秋桜の声で気がついた。一瞬。ほんの一瞬だけ足が止まっていた。すでにトイレの外に出ていたがその隙をお姉さんが見逃してはくれなかった。
ザッシュ、と言う音を立てて俺の足にカッターが刺さった。
「ウワァァァーーーーーーーーッ!!」
声と共に激しい痛みが襲ってくる。刃は深々と刺さり血がドバドバ出ていた。
そんな俺を嘲笑うかのようにお姉さんは俺の前に立った。……どうする、今はとても動ける状態じゃない。秋桜がこっちに向かってくる。このままお姉さんに食われて死ぬのか。
いや、そんなのは俺の好奇心が許さない。まだまだ試したい事があるんだ。
「お前は俺をたべれると思っているな……だが、そんな簡単にやれると思うなよッ」
「オマエ……モウオシマイ」
「俺を舐めるなよ」
お姉さんが飛びかかると同時に素早く肩掛けポーチからものを取り出した。それを見た瞬間お姉さんの動きが止まる。
「ソレ……ホシイッ」
「だろうと思ったよ」
「伊藤さん……それって」
俺がポーチから取り出したのはドロップ飴だった。死ぬ前に食べたいと言っていたんだから相当食べたかったのだろう。
「全部あげるから落ち着いてくれ」
花子さんが遅れて追ってきた。
「大丈夫ですかッ?」
そう言いながら俺に近づいてきた。
「花子さん、トイレットペーパー持ってきてッ!止血しなきゃッ」
「あっ……はいッ!」
トイレットペーパーを花子さんが持ってきてくれた。秋桜がトイレットペーパーで傷口付近の血を拭き取りカッターが動かないように止血してくれた。
「伊藤さん大丈夫?」
「お……おう。大丈夫だけど止血なんかできたのな」
「保健の授業ちゃんと受けてればわかるでしょ」
俺は自分で言うのもなんだが成績はいい方だ。だが、授業自体あまり聞いてない事が多い。副教科なんかまともに受けた事がない。その点、秋桜はちゃんと受けているらしい。
「それにしても花子さんのお姉さん、なんでこんな姿になっちゃったんだろう?」
「花子さんが言ってた通り恨みがとても強かったんだろう。心の傷がそのまま身体に刻まれた結果があの姿なんだろう」
人間でも心の傷は身体に出てくることもある。
そんな話をしている間に花子さんはお姉さんを眺めていた。お姉さんはドロップ飴をボリボリ食べていた。
「すごい食べてるね」
「死ぬ前に食べたいって言ってたからな」
みると巨大化していた身体はみるみる縮んでいき身体の傷はどんどん消えていった。
「お姉ちゃんッ!」
花子さんはお姉ちゃんに勢いよく飛び込んで抱きついた。
「私は何をしていたの……」
「お姉ちゃんは……」
その後は花子さんがお姉さんに今までの経緯を説明していた。中々抽象的な説明をしていたがお姉さんの方はうんうんと頷いていたが俺たちにはよく分からなかった。
「本当に申し訳ございません」
「いや、あなたみたいなケースは珍しく……ない。恨みから巨大……な力を得ることも……あるか……ら」
急に意識が遠のいてゆく。足の止血が充分ではなく血が出過ぎたようだ。そのまま意識を失った。
目が覚めるとベッドの上で真っ白な天井を見てた。
「ここは……病院か?あれからどのくらいたったんだ」
ふと時計を見る。時刻は8時50分。いつもなら登校している時間だが今は動く事ができない。
「あっ、起きたんだ。結構長い間寝てたね」
ベッドの横には秋桜が座ってスマホを見ていた。
「なんでここにいるんだ?今日は学校じゃないのか?」
そう言うと秋桜は今日は土曜日だよと言ってきた。そうかもう1日たってたのか。
秋桜にあの後どうなったかを聞いた。どうやらあのままお姉さんの方はおとなしくなりもうあんな時間を起こしはしないと約束したそうだ。
「今度会いに行ってみるか。そういえば、俺の足ってどうなった?」
どうやらそこまで重傷というわけではないらしい。それより医者はカッターがこんなに深く刺さったことに驚いていた。
一通り話した後私は帰るねと一言残し帰ろうとした秋桜を引き留めた。
「なぁ、その……連絡先交換しないか?」
上手く恥ずかしさを隠せただろうか?かなり勇気を出して言ってみた。
「聞かなくてもわかるでしょ」
そう言って秋桜はこっちに向かってきた。
次回もお楽しみに。