67話 オリビアの弁明
「オリビアさん、他に言いたいことはありませんの?」
シャーロットは視線をオリビアへ移した。オリビアの顔はすっかり青ざめていた。アルバートのように魔法がでたらめで証拠にならないと叫ぶことすらできず、目の前の事態に思考が凍り付いているように見える。それでも、シャーロットから話しかけられたことにより、我に返ったようだった。しかし、シャーロットは彼女に話す隙を与えなかった。
否、正確には違う。
オリビアから話しだす隙を与えなかった。
どうせ彼女に発言権を許したところで、可愛らしい口から飛び出すのは弁明のオンパレードだろう。そのような戯言を聞く時間はもったいない。
だから、シャーロットは心から気遣っているような表情で、こう言った。
「牢に繋がれたら、アルバート様とは会えないのです。いまのうちに、お腹の子の父親について話しておいた方が良いのでは?」
「!?」
オリビアは声にならない言葉をあげると、とっさに腹に手を当てた。ほんの半歩だけ後ずさっている。平時であれば、誰も気に留めないほどの後退だった。彼女を注視していなければ分からないほどの反応である。
しかし、悲しきかな。
シャーロットの言葉を受け、ここにいるすべての者の視線がオリビアに集中してしまっていた。あまりにも場が静まり返っていたせいで、オリビアのかかとが床をすれる音も響き渡ってしまっている。
「……嘘だよな……オリビア?」
アルバートがオリビアを振り返る。
「なにもないなら堂々と言い返せばいいだろ……? なのに、なぜ驚いて……俺の子だよな? そうなんだよな!?」
アルバートの顔は、もはや見るも悲惨なほどに崩れていた。オリビアへ向ける視線も生涯の伴侶へ向ける愛に満ちたものではなく、初めて遭遇してしまった怪異でも見るような眼差しに変わっている。
「なあ、なにか言ってくれよ!!」
「オリビアさん。本当のことを話してくださいな」
泣き出す五秒前の男の言葉に被せるように、シャーロットは努めて淡々と言った。
「本当のことを話せば、今後のことを考えてあげても良くってよ」
今後のこと、とハッキリ口にすれば、オリビアの耳がぴくっと動いた。それまで怯えと恐怖で満ちていた表情だったが、目にわずかながら光が戻る。オリビアは長く――それは長く息を吐いた。
「はぁー。台無しよ。ぜーんぶ最悪っ」
「オリ、ビア?」
アルバートはオリビアの変化に気づいたようだが、その意味を理解したくないようだった。愕然とした様子で彼女を見つめ、震える手を伸ばしていた。
「台無しとはどういうことだ? 俺は――」
「気安く触らないでよ、落ちぶれ王子」
しかし、オリビアはその手を払った。
「せっかく良い暮らしができると思ったのに、酷く頭の軽い男に騙されたものだわ」
その目を彩るのは軽蔑だった。
興味を失う寸前のゴミに向けられる視線、と表現するのが最も正しいだろう。
アルバートは振り払われたばかりの手をさすりながら、絶句していた。
(当然ですわ。婚約破棄してまで、添い遂げたいと思った最愛の女性ですもの)
シャーロットは内心、自嘲気味に笑った。
「オリビアさん、騙されていたとは?」
シャーロットはオリビアの本心に寄り添うふりをしながら、こう言葉を投げかけた。
「言葉通りの意味よ。この国で一番偉くなるのは、この男でしょ。だから仲良くしようと思ったのに、こうも頭の弱い男だったなんて……」
彼女はすっかり呆れ切った声色で言った。
「仲良くしようとしたのは、私の家のためよ。王子と懇意になれば、我が家のためにもなるもの。そしたら、王子の方が私に迫ってきて……断れるわけないじゃない。本当は他に好きな人もいたけど、泣く泣く諦めたのよ。むしろ、私だって被害者だわ」
そこから彼女が並べた言葉は酷く安っぽかった。オリビア本人からすれば、真実なのだろう。しかし、どうにもシャーロットには紙きれのようにペラペラとした謝罪と責任の転換に思えてならなかった。
「それは大変でしたね」
だから、シャーロットも心にもない言葉を返した。
「ですが、奇妙なんです。だったら、どうしてこんな真似を?」
「あんたのせいよ、シャーロット・エイプリル」
オリビアは忌々しそうに告げると、見事なまでに手入れされた爪をいじり始めた。
「あたしは、あんたの余命まで奪おうって思ってなかったもの。だって、復讐が怖いじゃない」
「そのような非生産的なことは興味ありませんわ」
「バカにして」
オリビアは鼻で笑った。
「覚えてるわよ。あんたと会った最初の茶会で言われたこと。みんなの前で恥かかされたわ」
「『カードゲーム』のことですか?」
シャーロットは言われて思い出した。
あの茶会では、オリビアは既に浮いていた。伯爵家以上の令嬢が集まるなか、彼女だけが子爵位。王子のお気に入りだから呼ばれただけで、言葉遣いも服装も話もマナーもなにもかもが失笑の対象だった。
シャーロットはそんな彼女がこれ以上浮かないように、適度に話しかけていたのである。そのなかで、彼女がカードゲームが得意だ聞き、つい悪い癖を発動してしまったのだった。
『カードゲームに詳しいのですね。たしか、そのゲームは王都の北側で流行っていると聞いたことがありますわ。今度、教えてくださいな。知識はどれだけあっても無駄になりませんもの』
王都の北側というのは、そこまで治安が良いとは言い難いエリアである。オリビアの顔が真っ赤になったのを見て、シャーロットは自分の失策に気づいた。だが、もう後の祭りである。オリビアは「ええ、今度」と消えそうな声で言ったあと、そそくさとその場を立ち去ってしまったのだった。
「私、あの辺出身ってことは隠してたのに……それを言い当てるなんて、性格の悪い奴だって思ったの。そんな奴が寿命を奪われ、のうのうと領地で過ごせる? 冗談じゃないわ!」
オリビアの語尾にはだんだんと熱が入り、唾をまき散らすように話していた。
「だから、配下の男をつかって、放火事件を起こさせたのよ! 他にも、いろいろと! 自分の領地が混乱すれば、あたしに復讐する暇なんてないでしょ? それなのに、あんたは解決しちゃうんだもの!」
難事件を解決するなら、シャーロット・エイプリルに。
王都一番の嫌われ者が、このように囁かれるまで数か月。余命のことを考慮すれば、焦らなくても時が経つのを待てばいいのに、この名声が邪魔をした。
「死ぬ前に嗅ぎつけちゃうかもしれないでしょ。それは困るから、手を打つしかなかったの!」
「なるほど」
シャーロットは扇子を広げ、口元を隠した。
軽蔑から怒りの目へと変わりつつある女を一瞥し、冷ややかな声で突き付ける。
「死のドレスを贈ったのは、あなたですね」
さながら、真犯人を言い当てる探偵のように。
次回更新は9月を予定しています。




