洞窟の若者
クエストに受付嬢にまた手ごろなクエストを紹介してもらうのと、種を保存するための道具や袋がないかを聞いてみよう。
「それなら、マジックボックスがよろしいのでは?マジックバッグと違い携帯することがありませんので値段もバッグよりは手ごろです。」
マジックボックス、レイナたちを奴隷に貶めようとしたいわくつきの道具の据え置きタイプ。
「それはどこに行けば手に入りますか?」
「ここギルドでも取り扱いがあります。値段はこちらですね。」
言葉はわかるが、字はわからん。
「この間の報酬では手が届きませんか?」
「この間・・・ですか。あの数の魔鉄鋼の納品をあと五回は繰り返すことができればようやく手が届くものと思われます。魔鉄鋼の数が充実するほどギルドの報酬は安くなりますので、五回以上となるかもしれません。」
需要と供給の関係がここでも見られるとは。
ただ珍しいというだけで高値で取引されるものではない、ということは今やっている栽培も、希少価値のあるものが栽培できてしまうとその価値を下げることになってしまう。
チェインは薬草から様々な効果のポーションを作り売ろうとしている。
希釈や素材の価値によって効果も左右するのだろうが、それを店頭に出す数も市場の状況を見て増減させないと損をするだろう。
それに最初に言っていた、回復師のこと。
傷や状態異常の回復系のポーションはすべて回復師に取って代わられるため、魔力回復のポーションは需要があると言っていた。
回復師の地位も今や相当高く、あの杖の女の子のように口が悪くあからさまに人を蔑むような態度でも許されるのだろう。
そして自分の好きな男あるは女を選り好みし、回復魔法をかけるかけないの選別までしてしまうほど高慢になる。
初心者でもおそらくは。
だとすると傷や状態異常の回復系のポーションもある程度需要は残っているのだろうな。
それを自分で持つのか、薬師に持たせるのか。
「あの、どうしましたか?ジュン様。」
「ああ、いえすみません。考え事をしていました。ギルドで薬草を扱うなんてことはあるのですか?」
「あまりないですね。クエストの素材として納品を受けることはあっても、それは薬師さんたちからの依頼によるものがほとんどで、ギルドとして持ち合わせることはほとんどいたしません。この村よりも魔獣が強力で薬草一つでも貴重である場合は別ですね。」
ここはこれでもまだ平和、ということか。
チェインがここを選んだ理由も少し気になるがより過酷な場所に向かうための準備の村だとすれば、薬師のポーションはありがたいものだろう。
より良質であれば喜ばれる。
「わかりました。ありがとうございます。先日の洞窟内における素材の納品クエストはありますか?」
「はい。前回同様、魔鉄鋼の納品、魔鉄鋼だけでなく魔銀や白魔金という素材も洞窟内にございますので一緒に納品いただけると報酬もより多く差し上げることができます。ですが先に申し上げました素材は洞窟内の奥深く、強力な魔獣が巣くっている場所にあると思われます。以前納品された方が命からがら逃げてきたという話を伺いました。ジュン様一人では難しいでしょうね。」
「そこまで深追いはしません。栽培の仕事がありますから。」
「そうでしたね。ジュン様の噂はギルドにも届いています。薬草の栽培ができてしまっている、と。」
「それはどういう。」
「今栽培されていらっしゃる薬草の中に回帰草という薬草がありますね?」
「ええ、あります。」
「ほかの薬草は栽培も難しくはない、というところですが、回帰草の栽培を成功させた例はありません。ギルドにおいても薬草の栽培を行い、その効果を薬師さんに広めることもしています。ギルドにて、栽培可能な薬草と不可能な薬草を一覧にしておりますが、回帰草は不可能な薬草の一つとなっていました。チェインさんによってその方法は秘匿とされているのですが、ギルドとしては方法をぜひともお伺いしたいと存じます。」
ただ普通に栽培していただけだ。
チェインがそんなものを渡していて、そして栽培方法を企業秘密にしていた。
チェインに栽培方法などわかるわけもない。
だが知らないというのもチェインのプライドが許さないのだろう。
そしてこういう状況になっている、ということか。
「大したことはしていません。耕して肥料を撒き、チェインから与えられた薬草の株を植えているだけです。」
肥料・・・キナコが関係しているかもしれないな。
「いきなりの質問で申し訳ないのですが、スライムが肥料を作るのは珍しいことですか?」
「いえ、ギルドでもスライムをテイムして肥料を作り土に混ぜております。」
ならば特別なことは本当に何もしていないな。
人の尻に食らいつく以外はテイムされたスライムとも変わりはしないだろう。
「そうですか。だとするとお力になれそうにありません。ギルドの栽培方法とそん色ない、というよりもこちらの方が知識も設備も何もかも劣っているでしょうから。」
「そうですか。新しい発見があるかも知れませんでしたのに、残念です。」
「洞窟の魔鉄鋼のクエストを受けさせてください。」
「わかりました。ギルドカードをお預かりします。」
魔鉄鋼の採掘にまた出かけようか。
金も無くなってきたし新たな鉱物でも見つかればそれなりに稼げる。
畑に帰り、置いてきたポイムとキナコを呼んで村を出る。
門番の男と最近めっきり話さなくなった。
話すこともない。
ポイムに乗って洞窟に向かうと、別の冒険者の隊列が中に入って行くのが見えた。
これは幸運だ、中を一掃してくれるだろう。
あとはこちらが狩られないように警戒するだけ。
洞窟の入り口で、地上に持ち帰ったツルハシをまた拾う。
隊列から十分離れ、だが索敵の上手い奴にはもうバレてはいるだろうが、音を出さずにあとをつける。
ポイムも警戒しており、キナコもなんとなく体が強ばり跳ね返りが強い気がする。
隊列は奥に、下にと進んでいく。
アリサと出会っただろう横穴を過ぎ、白骨化した死体を横切り、魔鉄鋼を拾い、さらに奥へと進んだ。
底が見え、白い服が見えた。
隊列は底の一つだけしか空いていない横穴に入って行ったようだ。
服の方に進むと、血が地面に染みて白骨化が進んでいる死体が二つある。
なぜこんなに白骨化が早いのか、この洞窟の魔獣に肉でも食われているのか?
詳しくはわからないし医師でも検死官でもなかったから状況判断もできない。
ただ、上から降ってきた、これだけは知っている。
この死体の持ち物を漁り、鍵、金、使途不明の物品の数々が背中の斜め掛け鞄や腰につけた鞄から出てくる。
死体を漁っていると、通路の中から足音が聞こえてくるのがわかった。
走っているようだ。
ポイムたちに物陰に隠れるように指示をする。
すると、横穴から一人、フードを被った男が出てきた。
左右をひっきりなしに確認し、慌てふためいた様子で登り階段を探しているようだ。
回復師や魔術師がよく身につける服を、男も身に纏っている。
横穴から緑色の体をした人型の何かが、棍棒を手に持ち男の後を追う。
男は転んでしまい、緑色の人型が彼に追いついてニヤリと笑い棍棒を振りかぶった。
「ポイム。」
声に反応してポイムが彼らの前に姿を現し、ポイムに気がついて顔を向けたとき、緑色の人型は爪で引き裂かれた。
「キナコ。」
痙攣し肉塊となったものをキナコが捕食する。
男の前に姿を見せた。
男は、下半身を汚してしまったようだ。
「あ、あ、ありがとう!ゴブリンから助けて、くれて!僕は、逃げて・・・。」
「助けたのはそこのあれです。その、ゴブリンは、一匹だけですか?」
「あ、ああ。そうだよ。」
「何人もいたはずですが、どうしてあなただけここに?」
「僕は、一応魔術師やってるのだけど、魔術が全然ダメで、はは。厄介払いされちゃったんだ。ゴブリン一匹も倒せないんだから。仕方ないよね。」
「そうですか。お気の毒でしたね。」
「君は、そこの死体を漁ってたのかい?」
っ!
どうしてそれを。
「僕は魔法だとそう言うのが得意なんだ。鑑定。その手に持っている物の持ち主の名前と、死体の名前が一緒だったから。つい癖で、ごめん。」
「いえ、事実ですから。ならば少しよろしいでしょうか。」
魔術師の男を死体の近くに呼び、使途不明の道具に一つ一つ説明をつけてもらう。
「これは・・・、人を操る魔具だね。この魔具はまだ生きてる。この魔具で操られた人はどんな言うことも聞かないといけなくなるんだ。辱めを受けたり、奴隷としてこき使われたりする。」
アリサはこれに操られ辱めを受けていたのか。
「壊したら、どうなりますか?」
「操られた人は解放される、それだけだよ。」
壊そう。
アリサを呪縛から解いてやることくらいしても、バチは当たらない。
地面に魔具を置き、ツルハシで叩く。
先端の丸いツルハシに叩かれた魔具はペシャンコに潰れ、小さく爆発した。
「うん、完全に壊れたよ。操られた人はもう元通りだね。」
奪われた時間はもう元には戻らない。
アリサが新たな時間を始められるよう願う。
「君は、魔鉄鋼とか素材を探しにきたのかな?」
「ええ、そうです。希少な物もぜひ持ち帰りたいですね。」
「それなら、そのピックアクスでそこの壁を壊してごらん。たくさん出てくると思うよ。」
指示された壁をツルハシで叩いていくと、壁の中から魔鉄鋼とは違う輝きの石が一面に出てきた。
少しずつ叩いてなるべく大きく、麻袋に入るくらいの大きさになるよう壁を壊していく。
キナコはゴブリンの消化が終わり、魔鉄鋼のカスを吐き出して、今掘っている鉱物を取り込んでいる。
精錬した魔鉄を出し、カスを出し、別の精錬した金属を吐き出した。
「白魔金・・・。そのスライムは精錬ができるんだね。」
貴重なものであるにもかかわらず、男は白魔金に手を出さずにいる。
「珍しいのですか?」
「いや、どのスライムもできるよ。でもスライムとしては腹が膨れるわけではないし、やりたがらないのが普通かな。この個体は精錬が君の役に立つからやっているようだね。」
スライムにも好き嫌いはあるのか。
珍しくないのなら、良かった。
「スライムの精錬は珍しくないけど、テイムされてないのに懐いているのは珍しいね。スライムと、セイバーティグリスと。」
鑑定、そこまでわかるのか!
「君も只者じゃないね。癖で色々見ちゃうけど、37歳なんだ。僕と同じくらいかと思った。そして異世界人。姿は前の世界からこちらの世界に来るときに姿形を改変されてるみたいだね。」
ツルハシを男に向かって構えた。
覗かれて気持ちのいい物ではない。
このことを悪用するように考えているのなら、ここで潰す。
ポイムもキナコも呼応するように、男に威嚇を始めた。
「あ、ちょ、待って。ごめん。敵対することなんてしないよ。助けてくれたし。それにしても37歳・・・。僕より20も歳上なんだ・・・。」
「だからなんだ。」
男はこちらの気迫と威嚇に耐えきれず後退り、石につまづいて尻餅をついた。
「た、助け・・・。」
怯えて縮こまり、頭を抱えて震えている男がどうにも悪人に見えず、ツルハシの構えを解いた。
同時にポイムたちの威嚇が止む。
「お前、これら素材を運ぶのを手伝え。」
「・・・え?」
「早くしろ。」
「あ、は、はい!」
フードが外れた男の顔はまだ幼さの残る顔をしており、男というよりもまだ男の子という方がしっくりくる、可愛らしい顔をしている。
だがひどい顔だ。
ポイムではない、もっと前から染みついた怯えの顔。
男の子は肩がけの鞄に鉱石をどんどん詰め込んでいく。
だが一向に鞄が膨らまない。
「その鞄は?」
「ま、マジックバッグです!!」
こんな高価なものを持たせたまま、先行したやつらはパーティからこの子を追放したというのか。
「これは、渡しませんよ!親父の形見ですから!」
なるほどそうか。
「確かに欲しいがそういうことなら取らない。さっさと拾ってここを出るぞ。」
彼と目が合う。
この人は何者だろう、という鑑定の結果ではなくもっと精神的な本質を探るような目だ。
あくなき探究心。
冒険に出て物事や世界をみて真理を知りたい、そう思っている反面、どこか寂し気で諦めのついた目。
「全部拾いました。」
「いくぞ。」
言葉遣いが逆転しているが気にしない。
洞窟の上へと登っていく。
「さっき、改変された、そう言っていたな。誰がなんの目的で改変したのかはわかるか?」
「いえ、そこまでは。」
わからないか。
目的を知らぬまま生きるのはもどかしいな。
「あの、お名前は?」
「ジュンだ。」
「ジュンって読むんですね。僕はロウです。」
自己紹介後は無言のまま、洞窟を一列に登っていく。
「あの、こっちが出口ですよ。」
行き過ぎていたか。
レイの横を通り過ぎて先頭を歩く。
前に光が見えてきた。
洞窟を抜けると、雨が降っていた。
「この雨じゃ森の中は危険ですね。」
洞窟の入り口から離れたところで雨が止むのをただ待つ。
ポイムがまとわりついてきて丸まり、キナコが足元で落ち着く。
「隣、いい、ですか?」
「ああ。」
「・・・追放を言い渡したパーティのメンバーはみんな同郷なんです。最初はみんな仲良かったんですけど、みんなどんどん強くなっていって、僕だけ取り残されて。魔獣がどんどん強くなって、僕だけ全然効かなくなって。足手まといって、みんなから言われて。荷物持ちになって。中身全部空にして洞窟を引き返していたらゴブリンに追われて、ジュンさんに。」
「そうか。」
「ジュンさんって淡白ですね。」
「ロウはこれからどうするんだ?」
「どうするも・・・。村に帰って、故郷に・・・。」
「魔獣が強いんだろ?金は?護衛は雇えるのか?帰れるのか?」
「・・・ううん。無理だとおもゔ。」
ああ、泣き出してしまった。
「あ、ロウじゃん。」
「まだやられてなかったの?」
「その暗い顔もう見たくないんだよねー。」
男子が一人に女子が二人か。
どうして、人の神経を逆撫ですることに全神経を集中させるのか。
見た目も中身も子供には付き合っていられないな。
ポイムも耳障りなのか三人の方を向いている。
男子がポイムの視線にいち早く気がついたな。
少し及び腰か?
こいつも案外なんじゃないのか?
すると本当に強いのは女子二人か。
女子二人で生意気だと他の女性冒険者や男性からもとっつきにくい印象を与えるが、生意気な男子を一人置くことで女子たちの印象が和らぎ活動しやすくなる、よくある関係だろう。
それに加えて男子は美男子だ。
アクセサリー感覚なのだろうな。
「ロウ、目障りだからどっか行ってよ。」
「でも・・・。」
「使えないあんたなんかこの森で死んでも誰も悲しみやしないわよ。キャハハ、勿論、探しにも誰も来ないわよー。」
「泣いてるロウとか、ちょーキモいんですけど。」
ちらっとロウの方を見る。
目ざとく女子がこちらの視線に気がついた。
「ちょっとあんた、きもいからこっち見ないでよ。何その白い頭、ちょーキモい。」
「待て、あれはチェインさんとこの。手を出すなよ。」
何かをひそひそと話したかと思うと三人がちらちらこちらを向きながら離れていく。
「情けない、ですよね。」
「ああ。」
「ゴブリンの時は助けてくれたのに、なんで今は助けてくれないんですか?」
「・・・。何もしても、ダメな時はダメさ。」
涙をポロポロ流しながら膝を抱えて座っている。
見返そうと努力してきたのだろう。
暗い洞窟の中では分からなかったが手の皮は剥けて赤くただれている。
どこかしゃがれた声も呪文か何かを唱え続けた結果。
その努力を女子二人は今日、ここで踏み躙った。
自分にもロウのような経験があるが、何年にも渡ってではない。
それを考えると、よくここまでもったものだ。
少しロウのことを感心して見直すと同時に、ポイムの尻尾がロウを撫でた。
ロウ17歳