第43話
「だから、この馬は後ろに立つと蹴ってくるんだ」
俺は、馬に蹴られて足を押さえて悶絶しているナンバー11993ことクミちゃんの足を手当てしながら、ため息をついた。
クミちゃんは痛みに顔をしかめている以外感情らしきものを見せていない。でも俺にはわかった。
「何か質問したいことがあったらいえと命令されているだろう。文句があるなら、いってみろよ」
「ほうきをとりにいけといわれた」クミちゃんはぼそりといった。「はやく、と」
「それはいいんだ。でも、周りに気を遣わないと危ないだろう。この馬は蹴る。後ろに回ったら危ない」
クミちゃんはそれを聞いても無表情だったが、内心反発しているのだろう。そんなことをいわれてもと。俺がそうだったからよくわかる。
俺は妹ほどの幼い外見の少女の足を手当てしながらいう。
「何事もないときに優先するのは自分の安全。臨機応変に、自分の頭で考えて行動する、と命令されただろう、ナルサム監督官に」
「おまえ、監督官でない。おまえからめいれいされるの、ふかい」
うわぁ、かわいくねぇ。
俺はリースが味わった苦しみを今味わっていた。ナンバーズを使えるようにするのにどれほど苦労するか。最初のころ当たり散らしていたリースと同じく、俺も怒りを発散したい。
だが、俺は辛抱強く、彼らに仕事を教えた。教えているところだ。
ディーの預かったナルサムの騎兵は、結局マフィの村にとどまることになった。いきなり三十人以上増えたのだ。クリアテス教からの糧食が途絶えた今、彼らの食費だけでも頭がいたい。
なんとしてでも、彼らに自分の食べる分は稼いでもらわなければならない。だが、自立して動けるようになるまでは時間がかかった。今、進行形で大変なのだ。俺達のように勝手に行動できる種は特殊だったらしい。彼らの学習はサクヤやゴロー達よりもずっと進みが遅かった。
おまけにディーが、世話を放棄してたせいで彼らは弱っていた。そしてその後の関までの無理な行軍だ。まずは彼らの回復につとめなければならなかった。ナンバーズの管理は意外に気を遣うものなのだ。適当に扱ってなんとかなる物ではない。俺達を衰弱させなかったコルトやリースは恐ろしく優秀な監督官だったのだ。
「シイナ君」
そこへクロエがやってきた。彼も俺達とともにこの村にやってきていた。腕輪を帝国軍に奪われて、今さらクリアテス教の元へも帰れず、かといってそのまま放置するのも俺の良心がいたんだ。必然的に彼も俺と一緒に行動することになったのだ。
「馬のお世話が終わったわよ」
彼の言葉は相変わらず女言葉のままだった。ミクさんと元のクロエの人格はミクさんのほうが圧倒したらしい。ユイ達の時もそうだった。プレイヤーのほうが現地人よりも優先されるのかもしれない。
「あ、クロエ監督官」クミちゃんはうれしそうに顔をほころばせる。
腕輪がないクロエでも、ここにいるナンバーズたちはそれでもマスターとみなしていた。ゴミ扱いされる俺とはひどく違う。
「クミちゃん、どうしたの。あら、足を怪我してしまったのね」
髭を剃って髪をきれいに整えたクロエは実は結構いい男だった。中身は女だが、前よりもずっと気配りのできるいい奴になっている。だから、彼は人望を集めていた。ひそかに女性の注目を集めていた。俺よりもだ。
繰り返すが、中身は女なんだ。
それに負ける俺って一体……。
「シーナがせっきょうする。ひとけたなのに、なまいき」
おまえが生意気なんだよ。どうも上位種は下位種に対する優越感を持っているらしい。きっと監督官達が互いに自慢し合っていたのだろう。自分は二桁だとか、三桁だとか。彼らはやはり俺達と同じようにじっと監督官達のことを観察していたのだ。もう少し、話せるようになったらそのあたりのことを聞き出すつもりだと、ディーはいっていた。
「どうも、あなたたちと少し作りが違うようなのよね」その話をしたときにディーがいっていた。「作り方が違うのよね。あなたたちよりもずっとかけられている呪は緩やかなのに拘束は強いのよね。面白いでしょ」
どこが面白いのかさっぱりわからない。俺としては早く俺を縛っている変な呪を解いてほしいのだ。そう訴えたが、ディーは首を振る。
「あんたは無理。あの呪は根本的なところを縛っている。というか、あれがないとあんたはここにいられない。それに・・・」彼女は言いよどんだ。「あんた呪われてるし」
「は? 俺が?」
「う、うん。あんたやあのクロエとかいう監督官。自分では気がついていないのだろうけど、違うの」
俺はルーシー・マーチャントのことを思い出した。彼は俺たちのような”転生者”のことをプレイヤーと呼んでいた。プレイヤーであることが呪われているということなのだろうか。
呪われているかもしれない…確かに。
実のところをいうと、ルーシーはこの前、俺の元にやってきていた。
どこから現われたのか定かではない。あれは、神と呼ばれるようなものの一種なのだろう。俺からしたら悪魔だが。
彼はいつものようににっこりと笑って俺に向かって手を振った。
「ずいぶん、大変だったみたいだね」彼は楽しそうだった。「この前は、ここの神とあったみたいだね。どうだった?」
「何のことをいっている」俺が不機嫌に腕を組むと、彼はクスリと笑った。
「あれを、神、と呼ぶのは不満かい? 僕たちみたいに人型のほうがわかりやすいかな」
「あの結界を、神と呼ぶのか? あれはむしろ」
なんなのだろう。もっと無機質なものを感じた。俺達の世界でいう機械やプログラムのようなもの。何者かが何かの目的のために作り出したもののようだった。
「人は、神が好きだよね」彼は歌うように指を折って数え上げた。
「身近なものを神に祭ったり、自然現象を神にたとえたり、そうそう、君たちのところでは科学なる人の作り出した法則を神としているんだっけ? 自分たちの理解の及ばないものを恐れ敬う。人の業だよ。中にはね。あまりにも好きすぎて、自らの力で呼ぼうとするものもいる」
「あれが、神を呼ぼうとした装置だというのか?」
「さぁね」かれは目を細めて笑った。「昔の、昔の、人の夢の後だよ」
「俺にしてみれば、おまえ達こそ俺達の運命をゆがめる悪神だ。おまえ達は、俺達をここに呼んで何がしたいんだ? なんで、ミクさんがあんなことに・・・」俺は奴に詰め寄る。
「彼女ね。君が、フォローしてくれてよかったよ。こんなに遅く覚醒するなんてひどいよね。僕たちも困っているんだ。今回のことではいろいろ不備が多くてね。そのお礼もかねて今日は来たんだよ。本来ならそろそろシナリオは終わって、サポート終了なんだけどね。君たちには特別にフォローが入るから」
そんな無茶苦茶なことを、もっと説明しろ、と俺が言おうとしたとき、彼はちらりと服のポケットから時計を取り出した。ここでは見たこともない金色の時計だった。
「あ、ごめん。時間だ。もういかなきゃ」
彼はくるりとスカートをひらめかせて、まわった。
「それじゃぁ、またね。よいゲームライフを」
何度目かだったので、驚かなかった。ああ、やはりと、むなしくなった。
俺の言葉は彼らに届かない。たとえ、ナンバーズという枷から逃れても、彼らの操り人形ということに変わりがないのか。
「ああ、こんなところでサボってる」リースが俺達のところに来て脅すように手を振り上げた。
「クミちゃんばかりにかまってないで、他のこの面倒も見てちょうだい。また、井戸の水をあふれさせてるよ」
「うわ」
俺は慌てた。そういえば、水をくむように命令しておいたのだった。あれから延々と水くみをしていたとしたら。
「やめさせておいたから、安心して」リースはとんとんと足で地面をたたいた。「他の子の面倒もあるから、よろしくね」最後の言葉は脅しに近かった。
俺は慌てて他のナンバーズの世話に向かった。
このままの生活がいつまで続くかわからない。
クリアテス教は、関を無理矢理占拠した帝国が関を壊そうとしたと糾弾し、自由、平等、友愛を謡って外部にも信者を増やしている。
関を占拠したアルトフィデスと帝国は手を結んで、クリアテス教と対峙している。
そして、このあたりはアルトフィデスに組み込まれようとしていた。
それを許すクリアテス教ではない。
ユイとは結局何も話ができなかった。彼らがなぜここにいて、何をしているのか。クリアテス戦記というゲームはなんなのか。聞きたいことは山ほどあるのに。
ただ、今は、今だけはこの日常を大切にしたい。
そんなことをそのときの俺は考えていた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただき感謝しかありません。
それから、誤字脱字チェック、いつもありがとうございます。
この場を借りてお礼を言わせてください。
自分で見ているつもりなのですが、山のように怪しい誤字脱字が……何なのでしょう。お恥ずかしい。
内容ですが、俺たちの戦いはこれからだ……的な終わり方です。申し訳ない。
一応続きは考えていますけれど、まだ、形にしていません。
いつか更新したいと思ってはいます。
できれば、最後は明るくすっきり大団円にしたいなぁ。
その時は、また、お付き合いくだされば幸いです。




