第36話
闇の中で歯噛みしていた。
いつでも死を覚悟していたけれど、こんな形で死ぬのは予見していなかった。
多くの人を殺めてきた。いつか、報いが来るとは思っていた。
でも、なぜ、今……
あと少しだったのに。
すべてをかけてようやく手に入れたと思った。安らぎと安堵が、あっという間に反転した。
…言葉は出てこなかった。
大切なものも、もう思い出せなかった。ただ、あるのは、砂のように積る、自責と憤りと。
ただただ、すべてが崩れていくのを、見ているだけ………
カチカチカチ。何か堅い物が当たる音がする。規則的に、いつまでも耳元でなっている。
どこかで聞いたことがある音だった。
俺はぼんやりと、音のする方に首を向ける。
誰かが、編み物をしていた。編み棒が当たる音だった。
「あ、目が覚めたんだ」
その声に急速に意識か覚醒する。白いプリムをつけた可愛らしいメイドは手を動かしたままちらりとこちらに目を向けた。
「な、なんでおまえ」声がかすれた。
何が起こったのだろう。事柄の前後が切り取られ、混乱した頭にはルーシーの存在は毒だった。
「ここにいるのか、だろ。いやだなぁ、せっかく看病してあげてたのに・・・」
え? 俺の驚いた顔を見て彼はクスクスと笑った。
「嘘、だよ。本気にした?」
見たこともない場所だった。俺の知っている天幕の中でも、部屋の中でもない。無機質な白い壁に囲まれた、まるで俺達の世界の病院のような部屋だ。
ひょっとして、俺は、死んでしまったのか?
「いや、まだ、死んではないよ」俺の思考を読み取ったかのように、ルーシーは答える。「ここは、彼らのいう研究所の中だ」
それは大変だ。解剖とか実験とか考えたくもないことを想像して、俺は飛び起きようとした。
「安心して。彼らは今のところ手出しはできない。君のお友達のユイ君が止めたんだよ。彼らが君に組み込んである呪を発動させようとしたときにね。本当にひどいことをするよね。プレイヤーを強制死させようとするなんて。さすがに、僕もどうかと思って止めようとしたんだけど、彼女のほうが早かった」
俺は体を起こして頭を手で支えた。まだ頭がぐらぐらしている。あの痛みの余波がまだ体中に残っているような気がする。
「大丈夫。あのひどい呪文は解除しておいたから。普通の強制呪ならまだしも、あれはないよね。君たちのところでいう自爆装置ってやつ? せっかく手間暇かけて召喚しておいて、何を恐れているんだろうね。彼らの考えていることはわからないよ」
ルーシーは編み目を数えている。
「おまえが、彼らにやらせているんだろう。ゲームとかなんとかといって」
「それは違うよ。彼らは勝手に動いているんだ。むしろ、僕らのほうが利用されているんじゃないかな」
「だが、おまえ達が彼らにナンバーズを呼び出す方法や、ナンバーズをつかって戦う方法を教えたんだろう。違うのか?」
「彼らがそれを望んだからね」ルーシーは肩をすくめる。「僕らが干渉できる部分は限られているんだよ。ここの世界の住人が同意しない限り、僕たちは手出しができない。僕らはただ君たちプレイヤーのために舞台を整えているだけだよ。より楽しくゲームに参加できるように」
当たり前のように彼はいう。俺達、プレイヤー? こんな場所、楽しくなんかない。無理矢理人殺しゲームに参加させられて、無理矢理戦場に送り込まれて、何が楽しいものか。
「君に関してはとても気の毒なことをしたと思っている」ルーシーはわびた。「前もいったけれど、まさか“陰”とプレイヤーがくっつくなんて考えていなかったんだ。だから、いろいろと特典をつけてあげた。今回のこともアフターサービスの一環だよ。君の事例で僕たちもいろいろとわかったことが多くてね。次のために改善策を考えているところだ」
君たちの事例? 僕たち? こいつらは一体何様なんだ。
俺はわき上がってきた怒りをぶつけようと、して・・・倒れた。ひどくめまいがする。視線がうまく定められない。
「だから、まだ体調が万全じゃないんだから、寝ていた方がいいよ」
上から声が降ってくる。
「僕たちにとっても、君は貴重なサンプルなんだから、もっと自分を大切にしてほしいなぁ」
だれが、サンプルだ。どこに行っても、物扱いだ。俺は物じゃ・・・ない。
「おまえ達は・・・何者・・・」
まわらない口で、そういおうとした。思考を読み取った管理者は、笑ったようだった。
「じゃぁ、またね。よいゲームライフを・・・」
ひどい夢を見た。俺は飛び起きた。
「シーナ。あんた、大丈夫なの」
びっくりしたリースが脂汗を流している俺の顔を覗いていた。
俺は未だ悪夢の中にいるらしい。俺がいるのは無機質な部屋だった。さきほど、ルーシーがいた部屋と寸分違わない狭い部屋だ。ただ違うのはルーシーが編み物をしていた場所にリースが座っている、ただそれだけだ。
「ここはどこだ。あれから何日たった?」
俺は俺を寝かせようとするリースの手を振り払って病院のような寝台から床に震える足を下ろす。
「ここは、ケット砦の、ナンバーズの施設だよ。あれから、4日たってる」
「くそ」
ルーシーとの会話は夢だったのだろうか。それとも現実だったのか。
「リース、早く、ここから逃げないと」
「そのことなら、大丈夫。落ち着いて、シーナ。もうあの人達はいないから・・・」
「いないってどういうことだ」
「あの人達はみんな出て行ったの。残っているのは留守番役の人だけ」
リースは無理矢理俺を寝台に押し込んでから、大まかな経緯を説明した。話はルーシーから聞いたのとほぼ同じだった。
あの技術官がかけたのは“ナンバーズの機能を止める”呪だったらしい。それが俺の息の根を止める寸前で聖女様が待ったをかけた。死にかけの俺をこの研究所に運んできたのは彼女のナンバーズ達だったらしい。それから、頭の上で熱い議論が繰り広げられて、俺は息を吹き返した。
俺が寝ている間に、大半のナンバーズ達が新しい拠点に移るために出て行って、今はこの砦には守備隊しか残されていない。
「ゴローやサクヤは? おまえの兄貴は?」
「ゴローもサクヤも無事よ。兄さんもいるわ」
「ゴローとかサクヤとかひどい目に遭わされなかっただろうな。実験とか、解体とか」
「ないわ。いろいろ話を聞かれていたみたいだけどね。あの技術官の上役という人が出てきて、わたしも話を聞かれたわ。ずいぶんおじいちゃんの技術官よ」
「名前は?」
「マサ技術官という人だったわ。とても穏やかな人で、あのロイスの上役とは思えないほど親切だったわ」
国本君か。彼がここにいたのか。俺は苦労して再び起き上がり、足を床に下ろす。
「シーナ、無理しては駄目よ。あなた、ほとんど死んでいたんだから。聖女様付きの治療師がずっと治療して、高価な薬もたくさん使って、それでもまだそんな状態でしょ」
「ここを早く出るぞ」俺はリースにそう主張する。「ここにいたら、何をされるか、わからない。はやく、マフィの村に帰らないと」
ここまで体が動かないとは・・・。俺は歯がみする。ここはとても危険な場所だ。由衣や国本君が庇護してくれても、下っ端連中まで統制が行くかどうか。
俺達はあのロイスとかいう男を敵に回した。あいつはクリアテス教の中で地位も権力も得ている実力者だ。彼の頭の中では俺なんかその辺を飛んでいる羽虫ほどの価値もない。いや、かみついたぶん害虫として積極的排除の対象に格上げされているだろう。
「今のところは大丈夫。あの件に関わった監督官達はみんな新しい拠点に異動になったの。あのことは誰にもいうなということになってるみたいよ。あんたが、べらべらとしゃべったことがよほど衝撃だったみたい」
リースは非難がましく俺を見た。
「なんで、あの場でああいうことをするのかしらね。いや、あたしが悪いのよ。力を見せてみろ、なんていったから。あんたがやらかしそうなことはわかってたのよ。まったく」
「俺が決闘で勝ったことじゃなくて、話したことのほうが衝撃的だったのか」
「あたしも卒倒するかと思ったわよ。なんで、あの場でああいうことを言うのかな?」
あれは仕方がなかったんだ。サクヤが精霊を集めるまで時間を引き延ばさないといけなかったんだ。それに、きちんと言質をとっておかないと、後でなんだかんだと理由をつけて覆しかねなかっただろう。
「もう、やっちゃった分何を言っても無駄だけど、あれはみんな驚くわ。忘れているようだからいっておくけれど、ナンバーズは会話しないからね。何を聞かれても話さないというのが彼らの特性でしょ。外側は人だけど中身は空っぽのはずだったのよ。それが、あそこまで理屈をこね回して、反論するなんて・・・ロイスでなくても処分したくなるわ」
後から尋ねてきたサクヤとゴローはリースと違って俺に説教などしなかった。
「ゴロー、準備はできているか」彼はうなずく。
「いつでも、いける。馬も、確保、ただ・・・」ゴローは複雑な表情を見せた。「俺達、有名人、結構顔を知られた」
「買い物・・・いけない・・・」サクヤが残念そうだった。「屋台、買い食い、不可能」
そりゃぁそうだろう。今までナンバーズという隠れ蓑に包まれていたが、彼らはとても目立つ外見をしている。不埒な連中が味見をしてみたい、と思った気持ちが少しはわかる気もするくらいだ。
「仕方ないな。じゃぁ、俺が足りない物を買いに行こう。え? 俺も無理?」
「どこで誰が見ているかわからない。あの試合、結構観客がいた」サクヤは、器用に見舞いに持ってきた果物をむいて俺に渡した。「誰も何も言わない。でも、顔を知られている可能性ある」
「ナルサム、も無理だよな」
「ナルサム、別の意味で、有名人。彼、盾の会の古株」
「うーん、困ったな」
悪い意味で顔が知られてしまったらしい。要注意人物、お尋ね者注意。静かにくらそうと思っていたのに。
「大丈夫」サクヤの表情は明るい。「いい人、いる。何でもしてくれる親切な人。おいしい物、たくさん持ってきてくれる・・・これももらった・・・」
「・・・サクヤ、それは別の意味で危険な人だ。つきあうのはやめような」
「ん? 彼は危険ない。お菓子をくれる、おいしいお菓子」
サクヤ、物でつるのは悪い人の特徴だ。子供みたいに誘拐されたらどうするんだ?
熱狂的な信奉者もついたらしいサクヤと違って、俺についてくる虫はろくでもない奴だった。俺はそいつのことをひそかにGと呼んでいた。物陰に潜んで触覚をひくひくさせているあの虫に似ているからだ。
「よかったです、ふふふふふふふ」
そいつは恐ろしく早口でしゃべりながら、曇った眼鏡の向こうから俺を観察した。
「強制停止の呪をかけられたナンバーズというのをわたしは初めて見ましたけれど、そこから回復したのもまた初めてなわけで、一体どういうふうに回復したかというのも興味深いところながら、中を開けて中身がどうなっているのか知りたい気持ちもあり、しかし、呪の状態を見たら生の血を採血してその変遷を記録し・・・」
要するにこいつはディーの同類で、側に近づけたらいけない奴だということだ。どちらも俺を便利な実験動物としか思っていないところが共通している。
「寄るな、くるな、採血はごめんだ」
後ろのトレイに10本ばかりの注射器のような物をならべてやってきた男を俺は拒絶した。
「すすすすす、すばらしい、“陰”が拒絶するとは。これは前代未聞。この個体のみの特性なのか、それともすべてのナンバーズがこのような特性を獲得しうるのか。それとも三種という低位のナンバーズのみに見られる現象なのか・・・」
彼は俺が何をしても喜ぶ。ののしろうが、暴れようが、殴りかかろうが、すべてが珍しい生き物の新たな生態観察につながるらしい。頭にきたので、あやしい医療機械を窓からぶん投げてやったら、それこそよだれを垂らした子犬のようにくるくると喜びの舞を踊った。
「ななななんと、このような反抗的な態度。是非是非是非―――頭の中身を開けて調べて」
俺はそいつの襟首をつかんで、部屋の外に蹴り出した。これはいけない。ディーよりもひどい狂った実験小僧がいるとは思わなかった。もうここにはいられない。
あんな奴に四六時中監視されるなんて、たまったもんじゃない。
俺は動けるようになったらすぐにでもこの砦を出たかったのだが、リースは反対した。由衣が自分たちが戻るまでここで待っていて、と伝言したらしいのだ。
「聖女様に助けていただいたのでしょう。だったら直接お礼を言うべきではないの?」
俺も由比に会って話をしたかった。あの晩、聞くはずだったいろいろなことを尋ねたかった。それに、国本君だ。彼は俺の呪のことをよく知っているらしい。ルーシーは、強制処分の呪は外したとかいっていたが、どうなんだか。まだ他の訳のわからない呪が残っている可能性大だ。
それから翔也や当麻、明美や由紀といった面々のこと。彼らもプレイヤーとしてこの世界にやってきている。おそらく由衣や国本君とは面識があるはずなのだ。同じクリアテス教の仲間なのだから。
聞きたいことはたくさんある。あのときあいつらがふざけた真似をしなければ、無事情報を得ることができていたはずなのに。




