第29話
次の日、俺達は昼近くまで待たされた。
多くの目がある中で勝手に出歩くわけにも行かず、割り当てられた部屋の中でじっとしている。
薄い壁の向こうでは多くの人達が聖女様へのご機嫌伺いをするために来ている様子がうかがえる。彼女の部隊を実質的に率いている監督官、侍女、それから近隣の村から訪れたご機嫌伺いの村人達。たくさんの人たちが出たり入ったりする気配がする。
聖女付きのナンバーズもいるはずだが、彼女たちの気配はほとんど感じられない。さすがは”幽霊“部隊だ。
俺はずっと黙って俺たちのことを見張っていた少女たちのことを考える。最初こそ存在が気になっていたが、最後にはいることすら意識を向けることがなくなっていた。ナンバーズの俺ですらそんな感じなのだ。もともと道具だと思っている監督官たちにとって空気に等しいだろう。
でも、彼女たちの意識もあるはずなのだ。昨日の様子を彼女たちはどんな目で見ていたのだろうか。同じ”ナンバーズ“が、自由に振る舞う様を見て何か感じることはあっただろうか。
「なぁ、俺、馬の世話をしてくる」
俺は部屋の外に出て気分を変えたいと思った。
狭い部屋の中で考え事を巡らすのに俺は息が詰まっていた。ここにいるといろいろなことを考えてしまう。由衣の存在と、昨日の話は俺の中でまだ処理し切れていない。
「まって、シーナ。話があるの」
リースが俺を止める。
「どうした? リース?」いつものリースと違って改まった言い方に俺は振り返った。
「ゴローとサクヤも聞いてほしいの」彼女は自分の側に寄るように俺達を呼ぶ。
「どうしたんだよ」
「あのね。これから、人の目があるところでは”ナンバーズ“らしく振る舞ってほしいの。特にこのクリアテス派、教の人の前では」
「当たり前だろう。ちゃんと命令は聞いてるぞ」
「シーナ、あんた、まじめに人の話を聞いてる?」リースは声を低くした。「どこに勝手に馬の世話に行くナンバーズがいるのよ。あんたは歩兵種でしょ。馬の扱いなんか知らない、ってずっといっていたじゃない。それはともかく」彼女は目をそらした。
「昨日の聖女様付きのナンバーズがいたわよね。ああいうふうに振る舞ってほしいの」
「えー、あれはかなり難易度が高いぞ。あそこまで静かに気配を殺して、あやしい話に耳をそばだてることもなく、じっとしてるなんて」
「だから、あんたは黙っててちょうだい。いちいちいいかえさない」リースはぴしゃりと俺の口を封じる。「ゴロー、サクヤ、あなたたちもお願いね。命令以外の行動はしない。昔のあなたたちみたいに、なってほしいの」
「了解した」「わかった」「しかたないな」俺達はリースの命令を素直に受け取る。
「…あれ、シーナ、文句を言わないの?」
「なんだ、その言い方。俺がいつも文句をつけているみたいじゃないか」
「いや、いつも、そうじゃない」口では文句を言いながらもリースはほっとした様子だった。
「俺だって少しは状況がわかっている。あのフミとかいう女の反応見ただろう。俺のことを化け物みたいな目で見ていた。マフィの村の連中でもあそこまで露骨な態度は出さなかったよ」
「それはあんたがナンバーズだからというだけじゃなく、彼女と同じ言葉を話していたせいだと思う」リースが下を向いていった。「できれば、というより、絶対あの言葉をほかの人の前で使っては駄目。クリアテス教の中のことはよくわからないけれど、大変なことになりそうな気がしたの」
サクヤとゴローも俺を見てうなずいた。
「そうだなぁ、なぜ、ここでもあの言葉が通じるのか疑問なんだよなぁ。そのあたりのことは俺もよくまだ事情がわからないんだよ。もっと聖女様と話してみないと」
ゲームとか、プレイヤーとか、いろいろ聞いてみたいことはある。彼女の他のクラスメートとも連絡が取れるならとってみたい。
「あれで話すのは聖女様といるときだけにして。他に誰もいないときだけに」
「わかったよ」よかった、これで話は終わりだろうか。俺はのびをして行動に移る。「それじゃぁ、ちょっと馬の世話をしてくるな」
「シーナ、人の話をきいてるの、あんた?」
聖女様に呼び出されたのは、それからだいぶたってからだった。
昨日の女がやはり俺達を案内した。
今日の由衣は大勢の監督官を従えた聖女様だった。ナンバーズではない武官が周りに侍り、何かそれまで話し合っていたようだった。
「お待たせして申し訳なかったわ。リース監督官」
由衣はにこやかにリースに話しかけた。
「昨日はとても楽しかったわ。同じ年頃の女の子と話す機会はあまりなかったの。本当に久しぶりで、とても懐かしかった」
彼女はちらりと俺達のほうを視た。俺達は壁に沿って置物のように立っていた。
「それで、昨日の話の続きなのだけれど、ナンバーズを効率的に動かす方法ね。ごめんなさいね。わたしも彼らの元になっている呪の詳しい構造はわからないの。きっと技術部の人間がよくわかると思うのだけれど」彼女は横に控えている男に同意をとるようにうなずく。
「どうかしら。あなたもわたしたちと一緒にケットの砦までいってみない? そこには呪に詳しいものもたくさんいるから、何かわかると思うのよ」
「ケットの砦、ですか。あそこは確か…」リースは首を振る。「しかし、あたしは村のことが」
「君の村にはすでに別の部隊が派遣されているはずだな」傍の男が読み上げるようにいう。「騎馬部隊が三十体送られていたと思う。記憶違いでなければだが。それだけいればそこの旧式三体よりはよほど役に立つと思うがどうかな」
これは、強制だった。形だけは勧誘という形をとっているが一監督官、それも非正規の者にとっては逆らえるものではない。これは由衣の意向によるものなのだろう。あらかじめ周りのものと打ち合わせておいたに違いない。
由衣、おまえ、何を考えている? 俺は彼女に問いただしたかった。だが、これだけ人がいる前で話すことはできない。
リースにも強制ということはわかっていた。彼女は幾分硬い表情でうなずいた。
俺たちは聖女の一行が砦に引き上げるのに合わせて、借りた馬車で移動した。
結局俺が見た帝国軍の部隊はどこかへ姿をくらまし、接触することはなかったようだ。何人もの偵察用ナンバーズがうろうろしていたが、成果は上がっていないようだった。
「馬たちは無事村に帰ったかしら」
リースが荷馬車を引く“幽霊馬”の首をたたいてやりながらそうこぼした。
「大丈夫だろう。あいつらは、賢い子だから」
「この子たち、いい子なんだけど勝手が違うのよね」リースは腕輪をさすりながら文句を言う。「馬に命令するのに腕輪なんかいらないのに」
それはリースが馬の扱いがうまいからだ。俺のような素人にはその腕輪の能力はうらやましいのただ一言だ。それがあれば、どんなに暴れそうな馬でもおとなしく乗せてくれるんだろう。お前が必要としないのなら、俺にそれをくれ。
しかし、歩兵種のナンバーズにそんなものが与えられるはずもなく。俺はリースの隣で荷馬車に揺られていた。
「ケットの砦は遠いのか?」
「有名な砦よ。昔、大きな戦があったの。でも、あの砦って、たしか名前しか残っていなかったんじゃなかったかな」リースが首をかしげる。
ケット砦は規模の大きい砦だったらしいが、前の戦でぼろぼろになって誰も住んでいなかったはずだとリースはいう。
「戦って、どことどこの戦いだったのかな。王軍と反乱軍の戦いか?」
俺は聞いてみた。
「ここの砦を使っていたのはそのもっと前だと思う。たぶん、帝国との闘いの時かな?」
「へぇ。帝国とたたかったことがあるんだ」
属領というから、そこに組み込まれるまでに戦いがあったということなのか。でも、王様はいるんだよな。王様と帝国は、今では仲が良さそうだが。
「今でも戦っている人たちは残っているわ。一部だけどね」リースはその話題をあまり語りたくないようだった。




