第27話
廃墟に到着する前から、どうしてあの男が消えたのか、わかった。
俺の周りには見覚えにある鎧を着た沈黙の軍団が群れていた。
「サクヤ、会話はなしだ」
「了解」
俺達はあっという間に集団に紛れた。
昔取ったなんとやら、というのだろうか。まじめな顔をして歩いていれば、誰も俺達の素性を疑うものはいない。古い鎧を見て振り返る監督官はいたが、表情をけした俺達にさほど注目するものはいなかった。
俺達は無事に待ち合わせの場所にたどり着いた。村はずれの囲いの中には俺達の馬がのんびりと草を食べていた。リースとゴローの姿はなかった。無事だろうか。俺はやきもきしながら二人を待った。
歩兵種は馬に乗ることができないことになっている。かといって、馬を連れて歩くわけにも行かず、仕方がないので人目につかないように馬に水をくんでやった。旧式の歩兵種ができる仕事ではないが、馬には水が必要だ。
しばらく茂みの中でじっとしている。サクヤと身を寄せ合って黙っていると、昔の兵舎に戻ったような気がする。胸くそ悪い。
「シーナ? サクヤ?」
小さくリースが俺達の名前を呼んだ。俺が立ち上がると、リースが姿を現す。
「よかった。無事だったんだね」
「ゴローは?」俺は周りに漏れないように小声で話した。
「いるよ」リースの後ろからゴローがそっと顔を出す。
「魔獣を追跡していたら、クリアテス教の軍隊と出会ったの」リースが早口でささやく。「保護してもらった形かな。このあたりにいるはずの帝国軍を捜していたみたいなんだけど」
サクヤが黙って魔石の入った袋を差し出す。
リースは中を改めて、目を見張った。
「どうしたの、こんなにたくさんの魔石。シーナ・・・」声が険しくなる。
「仕方がなかったんだ。戦闘になってしまって」
「あれだけ、戦うなといったじゃない」
「そんなことをいわれても、相手が襲ってきたんだからどうしようもないだろう。それともなんだ?おとなしく餌になれとでもいうのか?」
「しーっ」サクヤとゴローが声を低くしろと合図をしてきた。
「シーナもサクヤも、怪我をしてない? 大丈夫なの」気を取り直したリースが俺達の体を改める。
「たいした傷はないみたいね。よく、無事だったわね」
「それは、まぁ。助っ人がいたから・・・」俺はごまかそうとした。
「助っ人? それは誰よ。”ナンバーズ“がそちらにも行ったの?」
「ま、まぁな」
疑わしそうな目を俺に向けたリースは、笑顔をサクヤに向けた。
「サクヤちゃん、誰がいたの?」
「謎の男です。見慣れない鎧を着た男でした。それに」サクヤは目を完全にそらした。
「シーナ」
リースは俺をにらむ。俺がだんまりを決め込むとまなじりをつり上げる。
「3417,命令よ。誰がいたのかいいなさい」
「し、知らない男だった。すごく腕の立つ男で、名前は名乗らなかったし、誰だか俺は知らない」
嘘は言っていない。本当のことだ。
「で、その男はどこへ行ったのよ」
「さぁ。森の中に去っていったけれど、どこに行ったのかなぁ」
俺がうそぶくと、リースが俺の足を思い切り踏みつけた。
「それ、本当のこと」慌ててサクヤが取りなしてくれた。「わたしたち、魔石拾ってた。その男、歩いて行った」
「シーナ、あんたが嘘をつくからサクヤにまで嘘つきが移ってしまったじゃない」
いやいや、嘘つきって移るものじゃないだろう。リースがため息をついた。
「いいわ。もういまさら、怪しい人物を見つけました、なんて報告できないから。ああ、もう」
「ま、まぁ、お互いに無事でよかった。おまえのほうはどうなんだよ、リース。変な奴に出会ったりは、してないよな」俺は話題を慌てて変えた。
「わたしのほうは、その謎の男を追っていたクリアテス教の部隊と出会ったの。そこで、仲間とはぐれたという話をしたら、とても同情されて、一緒に探してくれるって言われたんだけど。彼らの追っていた怪しい奴らというのが帝国正規兵みたいなのよ。彼らはかなりの精鋭で、クリアテス教の偵察をしていたらしいのね。だから下手をすると、あんた達が殺されてるかもしれないと心配していたのに。のんきに魔石拾いとか。あり得ないわ」
リースはこぼす。
「ともかく、無事だったんだから、聖女様にお礼のご挨拶をしておかないと」
「せいじょ様?」
「クリアテス教のお偉方の一人よ。ここの部隊の指揮を執っておられるそうなの。部隊を貸してあげようか、とまでいわれたのよね。いい? あんた達も行くわよ。あ、そうだ。わかってると思うけど、いつもみたいにぺらぺら口をきいたら駄目よ。普通のナンバーズはしゃべらないんだから。黙って、宙をにらんでおくのよ。帝国軍と鉢合わせたことなんか一言でも口にしたら、当分あの糧食を食べさせるから」
「もちろんだ。俺がいつそんな口の軽い真似をしたというんだ?」
俺が請け負うとリースはにらんだ。
隠れ場所から出た俺達は何食わぬ顔でリースの跡をついて歩いた。聖女様というだけあってクリアテス教の中でもかなりえらいのだろう。護衛のナンバーズ達だけでもかなりの数がいた。監督官とその付き人だけでも数人見かけた。皆、リースのことは見たこともない監督官だと注目していたようだが、俺達のことは見向きもしない。所詮彼らにとって俺達は“陰”なのだと再認識させられる。
聖女は村の廃屋の一つを即席で改造した立派な天幕の中にいるようだった。
リースが入り口にいた護衛用のナンバーズに話しかけたが、ナンバーズは反応を示さない。
「あー、会話できないのかしら。誰か、人間は…」
「リース、君、マフィ村のリースだろう」
突然、俺達を押しのけるようにして一人の男がリースを振り向かせる。
「ああ、リースだ。覚えているか。このセリー村にすんでいたトゥミだよ。ほら、小さいころよく一緒に遊んだ…」
俺よりも少し背の低い黒髪の男がリースの顔を食いいるように見ている。
リースの顔が憤りから、驚き、そして戸惑いと喜びへとめまぐるしく変化した。
「え、トゥミ? あの、チビのトゥミ? あんた、王都のほうへ移住したって」
「リース。こんなところで会えるなんて」男はリースに子供のように抱きついた。「君も、君も、クリアテス教徒として参加していたのか。うれしいよ」
「ち、ちょっと、トゥミ。やめてよね。こんなところで」
トゥミ、確かこの村に住んでいたというリースの婚約者の名前だった。アオイおばさんの噂話では、行方不明のような口ぶりだったが。
「違うのよ。あたしは、ただ」
「でも、君も監督官だろう」彼はリースの手を取って腕輪をなでる。「実は、僕も監督官なんだよ。ほら、見て」
彼は、得意そうに腕輪を見せた。リースの物よりも大ぶりの派手な石のついた腕輪だった。
「君は、歩兵種なんだね。僕は騎馬種だよ。このあたりのことに詳しいということで特別に聖女様のお付きに抜擢されたんだ」
「トゥミ、あたしは、違うの。ちょっと、手を離してよ」リースは男を振り払った。
「あたしはクリアテス派から村の護衛のために兵を借りているだけ。本物の監督官じゃないの。今日もこのあたりに魔獣が出るというから、この子達と討伐に来たの」
男はさっと俺達に目を走らせた。
「これだけ? これ一桁の種だよな。こんな古い種を数体しか与えられていないのか」
「え、ええ。これでも彼らは優秀で、ちゃんと働くのよ」
「僕が、上に掛け合ってあげるよ」男が目を輝かせた。「こんな、弱い歩兵種じゃなくて、リースにふさわしい騎兵種が与えられるように。これでも俺はトウマ様のお付きで、結構技術部に顔が利くんだ」
「なにごとですか、さわがしい」奥から中年の丸い体型の女が顔を出す。「聖女様の御前ですよ。ああ、あなたは」女はリースの顔を見ると顔をほころばせた。「マフィの村から、きたという」
「はい、行方不明になっていた子達が見つかりましたので、お礼とご挨拶にまいりました」
「そうですか。よかったですね。聖女様もさぞお喜びでしょう。どうぞ、中に」
「リース、後でゆっくりと話そう」
トゥミはリースの手を握って何回もふった。女がとがめるような目をしたのに気がついて、ゆっくりとさがる。
「あなたのお知り合いだったの?」女はちらりと手を振っているトゥミを見てリースに尋ねた。
「ええ、長い間会っていなかった幼なじみなんです。ばらばらになってしまって」
「ああ、それは」女は同情の表情を浮かべた。「再びあえてよかったわね。クリアテスの精霊に感謝を」
廃屋だった場所は天幕と組み合わせて、快適な場所に変貌していた。壁には暖かな布がかけられすきま風を防いでいる。壊れている扉の代わりに垂れ幕が下りて、中の様子はうかがいにくくなっていた。珍しい魔術種のナンバースの少女が所々に立って女が通ると礼をした。聖女付きの特別なナンバーズなのだろう。どの子もおそろいの可愛らしい服を身にまとっている。
「聖女様」奥の垂れ幕の前で女は跪いて声をかけた。「先ほどの、リース監督官が戻られました」
「そう。お招きして?」柔らかい女の声が中から帰ってくる。
女は垂れ幕をあげて、リースを招き入れた。リースは俺達に礼儀正しくしろと目で命令すると、深呼吸してから部屋の中に入る。俺達が垂れ幕の前で立っていると、リースが戻ってきて入るようにと促した。外で立っていたほうが、ナンバーズらしいかと思ったのだけどな。
部屋の中は意外にも明るかった。理由は簡単で天井が抜けて、その代わりに明かり取りの薄衣が張ってあったからだ。部屋の中には座りやすそうな長椅子が置かれ、床にひかれた厚い絨毯にはたくさんの詰め物が置かれている。四隅にきれいに着飾ったナンバーズと思われる少女が彫像のように膝をついて座っていた。
「ごめんなさいね。ばたばたしていて」
奥の幕が開いて聖女が現われると、慌ててリースは膝をついた。俺達もそれにならって顔を伏せる。
「リースさん、だったかしら。無事、迷子のナンバーズは見つけたかしら」
俺の心臓がどくんと脈打った。
「はい、おかげさまで無事発見しました」
「それはよかった。ね、大丈夫だといったでしょう。ナンバーズはちゃんとおいてきたところにいるものなのよ。それにナンバーズが減れば、腕輪が教えてくれるのよ」
俺はこの声をよく知っていた。毎日、小さいときから聞いてきた声だ。胸の奥が熱くなる。
「はい、聖女様の教えのとおりでした。ありがとうございました」
「そんなにかしこまらないでいいのよ。顔を上げてちょうだい」
俺は、この言葉を待っていたのだろうか、それとも恐れていたのだろうか。
顔を上げて、聖女と呼ばれている女の顔を見つめる。
由衣…
俺の記憶の通りの由衣だった。ただ、白い神官服のような長居を身にまとい、見たこともないほど豪華な装身具を身につけて、気取ったよそ行きの顔をしている。
彼女の目が、リースを見て満足げに細められ、それから、俺達に流すように向けられ、俺と目が合ったとたんにぴたりと動かなくなった。
それまでの取り繕った”聖女“としての仮面がはがれ、いつもの、隣に住んでいた少女がぽかんとこちらを見つめていた。
『椎名? 椎名君?』
『由衣』
俺達は同時に互いの名前を呼んだ。




