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消えた金貨

 冒険者ギルドでのトラブルは解決したが、その途中で発覚した私の貯金の件が未解決だった。

 アイリッシュさんは任せてくれと言っていたが、組織の中での不祥事が簡単に解決することは少ないと思う。いくらアイリッシュさんが商業ギルド本部の幹部だとしても、それは同じことだと思っていた。



「すまないね、時間を食ってしまったわ」


「えーっと、かなり早い呼び出しだと思うのですけど、まだ解決してないんでしょう?」



 早速アイリッシュさんに呼び出され、何の用事かと思ったら原因が分かったとの報告だった。

 今回の件については、私が奴隷堕ちしたことがきっかけで発覚した事件だったため、奴隷商の担当職員が疑わしいと目星をつけて調べたらしい。

 そして分かったのが経理職員と結託した横領の事実だった。

 横領をしていた職員たちは奴隷商人との癒着もあったらしく、王国の商業ギルドの実情が相当真っ黒だったという結果が出た。内部の膿を出すために、アイリッシュさんはしばらく休みが取れないと険しい顔で愚痴を吐いていた。

 想像以上に不正が蔓延しており、私の金貨の話も含めてすべての案件を解決するまで時間がかかるとのことだった。



「じゃあ、本格的な捜査はこれからですか?」


「そうなるね。こっちも人手不足だから、アンタが商業ギルド(こっち)に来てくれると助かるねぇ」


「いや、それはちょっと……」



 いい機会だからとアイリッシュさんが勧誘してきて、くたびれていても変わらないお婆さんだと思った。


 アイリッシュさんの話を聞いて始めて知ったのだが、奴隷商の担当職員は国の文官だった。一応、法的処理が専門であるため商業ギルドに出向という形で働いているらしい。

 彼らの主な仕事は、奴隷商人への販売許可証の発行をすること。売買された奴隷の名前を登録し、正規の奴隷と違法奴隷の識別をする専門機関なのだ。

 元々商業ギルドはドワーフ国が大本であるため、奴隷の売買をすることはない。王国のように奴隷制度がある国に関しては、国から文官が出向する形で対応をしているのだそうだ。


 この部署を通しての登録がない奴隷は違法奴隷であるため、奴隷商人との癒着があったと知った後だとその辺りも怪しいのではと呟いたところ、案の定怪しい案件がゴロゴロと出て来たのだとアイリッシュさん頭を抱えていた。



「それから、アンタを買った奴隷商人からの証言で、アンタが預けていたお金は奴隷になった際の債務の返済には使っていないので、奴隷商人の方は無関係だったそうだよ」


「そうですか……。私の推測ではありますけど、私の元実家が関わっているんじゃないかと……」


「実家?」


「バザルト王国の王都では宝石商をしていたんですけど、フレータ家ってご存知ですか?」


「止せばいいのに貴族の政権争いに加わって潰れた比較的大きな宝石商だったかね?」



 実家がそこそこどころか、アイリッシュさんも知っているような大きな商家だった。身もふたもないような辛辣な評価だったが、同意を求めるように私に当時のことを聞いてきたので素直に頷いた。



「奴隷契約をするときに父親の正妻に売られた時に、回収されたんじゃないのかなって……」


「そのあたりは分からないが、懇意にしていたギルド職員が関与した可能性もある。どれだけの職員や関係者が関わっていたか分かるまで、アンタのお金は返せないんだ。すまないね」


「たぶんそうなるだろうなと思っていたので大丈夫です。それに、今は余り不自由していませんから」


「そうだろうよ、結構な頻度で商業ギルドから利益を引き出してるんだから。子憎たらしい小娘だよ、まったく!」



 アルバイト程度ではあるが、今のところは仕事もしているし趣味はお金稼ぎなので本当にお金には不自由をしていない。アイリッシュさんにそう言ってみると、しょっちゅう勧誘を断っているせいか悪態をつかれた。

 アイリッシュさんの本心だろうけど言っていることと表情が違っているので、してやられるのが少し悔しいくらいだろうか。 

 これで話は終わりだろうと思い、出されたお茶を飲み干しお暇しようと思ったのだが、アイリッシュさんが少しだけ待ってくれと私を引き留めた。




「なんでしょうか?」


「アンタに会いたいって言う人が来ていてね、少し待っとくれ」


「誰ですか? 勇者関係者だったらお断りなんですけど」


「そっちじゃないから、安心しな」



 入っておいでとアイリッシュさんが言うと、職員さんが一人の女の人を連れて入ってきた。

 高そうな毛皮のコートを脱いだその人は、長い黒髪の美女だった。

 見覚え? もちろんありまくりですよ、私の実母である。

 なんでこんなところに居るのだろうと呆然としている私を見るなり、母は『サラ』と私の名前を呼び泣き出してしまった。



「なんでここに……」


「なんでって、あなたを探していたのに決まっているじゃない!」


「……帰ってよ」



 ぐずぐずと泣きながら叫ぶように私を睨みつけてきた。何故私がそんな風に言われなきゃいけないんだろうか、父に私を売ったのはこの人なのに。

 そう思い直すと思っていた以上に冷たい声が私の口から飛び出した。

 今更のこのこと私の目の前に出てくることができたものだと、ふつふつと湧き上がってくる感情のまま罵ってやろうと口を開こうとしたのだが、アイリッシュさんに制されて口をつぐんだ。



「サラ少しでいいから、この人の話を聞いてやってはくれないかい?」


「なんで今更! アイリッシュさんは関係ないじゃないですか!」


「関係ならあるよ? アタシだって母親だもの、この人の感情くらいは理解ができる。少しばかりおせっかいを焼きたい婆の気持ちも考えておくれな」


「ありがとうございます、アイリッシュさん……」



 母はお礼を言ってアイリッシュさんに頭を下げた。

 アイリッシュさんは突っ立ったままの母をソファに座るように促し、私に余計なことを言うんじゃないと釘をさすようば視線を向けた。多分、話だけは聞いてやれということなのだろう。



「大きくなったね、サラ……。本当に私にそっくり」


「……」


「あなたは私を恨んでいるでしょうけど、父親に引き取ってもらったのは事情があったからなのよ、決してあなたを売ったからではないわ」



 事情なんて今更聞きたくもなかった。

 目の前に居る人は毅然とした態度で私に語りかけてきている。

 でも何の事情があったのだとしても、この人に抱きしめてくれた記憶は私にはないんだもの、そんな言い訳を信じることなんてできなかった。

 警戒をするように睨みつけている私を見て、アイリッシュさんがため息をついた。



「サラ。アンタは知らないかも知れないが、娼婦が産んだ子供は娼婦にしかなれないんだよ。娼婦は雇用主の所有物だ、そういった環境で生まれてきた子供はどうなると思う? 大抵の場合は孕んだ時点で堕胎されるだろう、死ぬより苦しい目に合うことになる。ただ、この人は娼婦の中でも地位を持っていたからそんなことにはならなかった」


「……」


「身分の上では奴隷ではないけれどね、娼婦になる人は大体が借金の形に売られた子供だ。債務奴隷としての契約がないから場合によっては債務奴隷よりも劣悪な環境と言ってもいい。……この人はアンタをそんな場所にはさせたくなくて父親に預けたんだ」


「うそ……。だって、抱きしめられた記憶すらないもん、そんなこと今更言われたって信じられない……」


「アイリッシュさんが言っていることは本当よ。あなたを手放さなくてはいけなくなったときは、もっと状況が悪かったの……」



 私は勇者の近くにいたから耳年増だけども、娼婦の事情なんて知らなかった。だからアイリッシュさんの話すことはある意味衝撃的だった。母が何の手段も取らなければ、私も娼婦として暮らしていたかも知れないとは想像することすらなかったのだから。

 それよりも、母が語る事情(・・)というものが衝撃的だった。

 母は娼館で高級と名が付くようなのすごい娼婦で、私が生まれる前は盗賊ギルドの幹部の愛人だったらしい。その幹部が何か仕事をヘマしたとかで、娼館から足が遠のいたところで私の実父が母の元に通いだすようになり、偶然が重なり私を身ごもったのだそう。

 まぁ、孕んでしまったものは仕方ないし、娼婦としてはトップクラスだった母は娼館では特に大切にされていたため、薬を使って堕胎させて稼がせるよりも生ませてしまった方が良いだろうとの判断で私は生まれた。運良く母親似の女の子が生まれれば、娼館的には良いだろうとのことだったようだ。


 そんな感じで生まれてきた私は、目が開くようになって魔眼を持っていると分かった。

 これには母も娼館の人も大層驚いたそうで、娼館的には待望の女の子が生まれたのは良いけども、まさかの魔眼持ちの子供が生まれてしまったために娼婦としてしつけるには勿体無さすぎると判断され、私の娼婦ルートは見送られた。

 その後、私が生まれてから数年が経って盗賊ギルドの幹部がまた母の元に舞い戻ってきた。そして、魔眼持ちの子供を目ざとく見つけた。私の魔眼が鑑定眼であることと知った幹部は、私を引き取りたいと言い出した。母的には犯罪者の元に渡すなんて冗談ではないと必死で私を守ろうとしたのだが、組織的な犯罪者の前には一介の娼婦が太刀打ちすることはできず、実父につなぎを付けて無理やり私を引き取ってもらったというのが話の顛末だった。


 そこまで聞かされても、私には嘘か本当かを聞き分けるスキルが無いので真実がどうなのか分からないが、アイリッシュさんが聞いてやってほしいといっていたのでおそらく本当のことなのだろうと判断した。



「それで、私を父に預けたんですか……」


「そうよ、鑑定眼持ちなら商人だったあなたの父親に預けるのが一番大事にされると思っていたのに……、私の可愛い娘を奴隷になんかしやがって……」


「?!」



 私が態度を軟化させたのが分かったのだろう、母はにっこりとほほ笑んでくれた。ただ、その背後に黒いオーラがなんとなく見えた。

 なんというか、私って容姿だけでなく性格も母そっくりだったらしい。


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