第6話(第1話)
森の中で、少女は少年と出会った。
緑の髪と瞳の少年は、少女と目が合うと、ぎこちなく話しかけてきた。
「あっ……。あの……」
少年の声に、少女はビクッと肩を震わせた。
「なにもしないよ。こわがらないで」
優しい声だったが、少女はブルブルと首をふる。
「そう言ってみんな、私を殺そうとする。私がこんなだから。あなたも、私が怖いんでしょう?」
「……こわくないよ」
「うそよ……。だってあなたの手、震えてるもの」
少年は確かめるように手を見た。
「……ごめん」
少年は自分でも驚いていた。
「ぼく、何を考えているのかあんまりわからないって言われるんだ。母さん父さんも、ナギは『変わってる』って言う。自分でもそう思う。だからこんなふうに震えるの、はじめて」
ナギは不思議そうに自分の体を触った。
「きみみたいな、真っ黒な髪と瞳の人、見たことなくて。だから、少しこわくて……」
「ほら……、やっぱり」
「だけど、きみと話したいんだ。だってきみ、『魔王』でしょ?」
魔王とは、過去、世界を何度もめちゃくちゃにしてきた化物だ。それでも世界がまだ滅んでいないのは、魔王が現れる度に、誰かが魔王を倒しているからだ。
「過去の魔王も、全部私なの」
ナギは少女の言葉の意味がわからなかったようで、目をパチパチとさせた。
「きみ、いくつ? ぼく12だけど」
「10歳」
「……2つしか、かわらないのに?」
ナギは首をかしげた。
「私、何度も生まれ変わっているの。その度に魔王になる。ずっとずっと昔に、自分にそういう魔法をかけたの」
少女は持っていた黒い本をなでる。この本には、少女のこれまでのことが書かれている。魔法の本だ。
「私ね、早く死にたいの――」
そういうと、少女はナギにだけ、闇の中に閉まっている秘密を打ち明けた。
「だったらその魔法、自分でとけばいいんじゃない?」
「やってるけど、すごく時間がかかるの。今回も絶対に終わらない。終わる前に、私は死んでしまう」
少女は10歳と思えないほど大人びていて、時折ここではないどこか遠くをみているような目をした。
「私は今、死にたくても死ねないの。自動防衛機能っていうのがあって、それのせいで、私は自ら命を絶つことはできないの」
「だれかに殺してもらえば?」
「それも無理なの。誰も、私のそれを破れない」
「勇者は? これまで何人もの勇者が魔王を倒してる。タリスがよく話してるんだ。あ、タリスって、ぼくの友達なんだ。ぼく、一人でいることが多かったけど、近くの村に住むタリスだけは、おもしろいやつだって言って、仲良くしてくれてるんだ」
ナギは相変わらず無表情だったが、声のトーンが少し高くなった。
タリスという友達がいることが、とても誇らしいようだ。
「その……、がっかりする話になってしまうんだけど、勇者は……、勇者と呼ばれている人はね、実は、誰も自分の力では、私を倒していないの」
少女は勇者伝説の真実を語った。
「知らなかった。そんなこと……」
「誰も知らないわ。私だけ」
「そっか。本人だもんね。じゃあ、勇者でもダメなら、やぶる方法はないの?」
「ある。人を、殺すの――」
少女は声をひそめた。ナギの反応が気になって顔色をうかがったが、意味がわかっていないのか、相変わらず無表情だった。
「人を殺して、魂を奪うの。一人じゃだめ。大勢の人間を殺さなきゃいけない。そうすることで、破れるの」
「ふーん。もう、だれか殺したの?」
「ううん。今回はまだ。過去、数え切れないほどの人間を殺してきた。それが苦痛のときもあれば、楽しんでいる時もあった。今はまだ、人を殺したくないからしてない。だけど……」
少女は罪悪感から目をそらす。
こんな子どもになんて話をしているんだと、ほんの少し後悔していた。けれど、少女は誰かに聞いてほしかった。
「だけど、もたもたしていたら、私のなかの殺戮衝動が膨らんでしまう。歯止めが利かなくなる前に、ある程度の人を殺して、自動防衛機能を破らないといけない。そうしなければ、私はいつか、もっと多くの人間を殺してしまうから」
「それをやぶったら、きみは自分で自分を殺すの?」
「うん。そうしたい。人を殺しておいてこんなこと言うべきじゃないんだけど、できれば、誰にも見られないところで、ひっそりと終わりたい。今回は少し……疲れていて……」
少女は額をおさえる。薄くあけられた目は少し虚ろで、かなりの疲労がたまっているのがわかった。
「ぼく、手伝えないかな?」
予想外の言葉に、少女は重たい顔をあげた。
「手伝うって……、私が、人を殺すのをってこと?」
ナギは頷く。
「ぼく、きみの力になれる」
「ちょっ……ちょっと待って。どうして? 私の話、聞いてた? 人を殺さなきゃいけないんだよ? あなた、人を殺したことないでしょう?」
「ない。でも、ぼくがころすんじゃないでしょ?」
少女は唖然とした。
自分が殺すのではないなら、人が死んでも構わないということなのか。他人が他人を殺すことに、何も感じていないようだ。まだ子どもだから?
「あなた……、大切な人はいないの?」
少女は慎重に尋ねる。
「いるよ。タリス」
「その人がもし私に殺されたら、嫌でしょう?」
「あー、タリスは……。うん。いやだ。タリスは殺さないでほしい。他の人ならいいよ」
「他の人って?」
「タリス以外のひと」
「それは……」
少女はその続きを言えなかった。
親や村の人たちは死んでもいいの?
ナギは冗談を言っているようにはみえない。
「大丈夫。ぼく、魔法の練習してるんだ。筋がいいってほめられた。いつかきっと、きみの力になれるよ」
「……どうやって?」
少女は疑いの目を向ける。
「たとえばさ、ぼくが村とか町に連れて行くから、そこの人たちを殺すのはどう?」
「どうやって行くの? 私、この見た目だから、すぐに魔王だってバレるの」
少女は少し苛立ちながら黒い髪を触る。しょせんは子どもの浅知恵だ。うまくいく作戦など、たてられるわけがない。
「転送魔法を使えるようになるよ。それなら、いっしゅんで目的地まで移動できる」
「そんなの余計に怪しまれる。突然黒目黒髪の化物が現れるのよ? 大騒ぎだわ」
「ぼく、魔力感知が得意なんだ。きみはできる?」
「……私、昔からそういうのは苦手なの」
「じゃあぼくが怪しいひととか、強いひととかがいない場所をみつけるから。たとえば、お年寄りばっかりの村とか。そこなら、抵抗されないし、安心して殺せるんじゃない?」
この少年は、いったいなんなんだ。なぜこれほどまでに冷静に人を殺す作戦を考えられるんだ。こんな非人道的な行いを、なぜ一切の戸惑いもなく実行しようとしているのか。
ナギは少女に手を差し出した。
「大丈夫だよ。ぼくがついてる」
少女は、魔王は、その手を掴むことを躊躇った。
魔王としていくつもの時代を生きてきた少女だったが、ナギはあきらかに異常者だ。
そして同時に悟った。自分もゆくゆくはこうなってしまうと。人の死に対して感情が動かなくなるときがくる。この少年は、未来の自分に似ている。
少女は目を閉じ、自分のすべきことを考える。この機会を逃しては、手遅れになるだろう。
「一つ聞かせて。なぜあなたは、私に協力してくれるの?」
そう。まだ、理由を聞いていない。いったいどんな事情があれば、魔王に手をかそうと考えるのか。
怪しむ少女の視線をものともせず、ナギはうれしそうに答えた。
「きみがいれば、タリスは『勇者』になれるから」
4年後――。
旅立ちの年。
「私が死んだら、あなたはどうするの?」
「きみ、言ってたよね。ひっそりと死にたいって。たぶんだけど、きみがひっそりと死んでしまったら、世間は魔王が死んだことにいつまでも気が付かない。だから、僕が『魔王』になりすまして、きみのかわりに殺されようと思うんだ」
「……正気?」
だが聞くまでもなかった。ナギは、いつだって正気だ。
「そうすれば、誰もきみが魔王だったなんて気づかない。きみはただの可哀想な女の子として眠れる」
「本当にいいの? あなた、死ぬのよ?」
「いいんだ」
ナギは、なんとも晴れやかな表情だった。これから始まる旅が、待ちきれないといった感じすらある。
「僕は16になった。まもなく、タリスと旅にでる。魔王を倒す旅だ。その旅のなかで、きみの生贄となる村や町を探す。見つけたらきみを転送するから、そこで魂を奪うんだ」
「……わかってる」
「これをあげる。姿を変える魔道具。変えると言っても本当に変わるわけじゃなくて、幻覚をみせる、みたいな感じだけど」
ナギはポケットから魔道具を取り出した。
「僕、きみが死んだってわからないかもしれないから、これを持っていて。それがあれば、僕はきみを見つけられる」
そう言って、ナギは少女に魔道具を渡した。
「きみが死んだあと、僕はこの魔道具で『魔王』の姿となって、タリスに殺してもらうよ。これを持ったまま死ねば、死んだ後も魔王の姿のままでいられるはずだから、僕だとはバレない」
それは、少し歪んだ、花の形をしたペンダントだった。
「さあ、行こう。勇者タリスの物語の始まりだ」
勇者の物語には、誰も知らない真実がある。知っているのは、魔王だけ。
後世に語り継がれるのは、輝かしい勇者タリスの物語だけである。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
結末から始まる物語なので、読みにくい部分もあったかもしれませんが、少しでも楽しんでもらえていたら、嬉しいです。
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読んでいただき、本当にありがとうございました。
(勇者アルトや勇者カーラは、別作品『勇者になれば』『老いたる勇者の魔王の倒し方』に登場しています。この雰囲気が好きかもと思ってくださった方は、ぜひそちらも覗いてみていただけると、嬉しいです)




