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パルフェ学園 軽音学部 結成秘話  作者: 潮騒めもそ


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第十話 春疾風

リディ視点になります。

 週明けの放課後。

 この日も部室には先輩たちの姿はなかったので思う存分練習できそうだった。

 練習を始めようとした時、端末が震えた。

 差出人——『ヴェルデ』。

 この瞬間をボクはどれほど待ちわびただろう。

 たった二日だけなのにとても長く感じた。

 すぐに添付ファイルを開く。

 中にはパートごとにそれぞれ分かれた丁寧な仕事の譜面。

「……っ」

 声が出なかった。

 ギター、ベース、ドラム、そしてキーボード。

 それぞれに丁寧に音が書き込まれている。

 依頼したのはオリジナル曲の提供だけだと思っていたのに。

 しかもまだキーボード担当なんていないのに作ってあるなんて。

 これが「ヴェルテ」の本心だと勘違いしたくなってしまうじゃないか。

 本当はキミもバンドをやりたいんじゃないか、って。


 高揚しながら添付の音源ファイルを再生する。

 最初の一音で、息が止まった。

 軽やかなピアノのイントロ。

 春の風が吹き抜けるみたいに、音が駆け抜けていく。

 疾走感があるのに、どこか柔らかい。

 そしてサビへ向かうにつれて——

 ぞくっとした。

 ロックのエッジが滲み出てくる。

 隠されていたものが、一気に解き放たれるみたいに。

 春の優しさと、激しさが、同時に鳴っている。

「すごい……」

 思わず呟いた。

 もう一度、再生する。

 今度は目を閉じて、音だけを追う。

 ——この曲は、疾風だ。

 春の風は、穏やかなだけじゃない。

 時に激しく、雨風が大地を洗い、花を散らしてゆく。

 春の嵐を乗り越えた花。

 胸の奥から、何かが溢れてくる。

 気づけばボクは、カバンから詩集を引っ張り出していた。

 今まで書き溜めた言葉たちを綴った、薄汚れたノート。

 誰にも見せられない、ボクだけの言葉の墓場。

 またの名を黒歴史。

 ページをめくり、音源を流したまま、音に合う言葉を拾っていく。


 使いたかったこのフレーズはサビの旋律にあてよう。


 ペンを想いのままに走らせる手が止まらない。

 音が言葉を引き出して、言葉が音を求めるような。

 頭の中で旋律と歌詞が絡み合って、どんどん形になっていく。

 書いて、消して、また書く。

 試しに歌ってみるととてもしっくりきた!

 ボクの曲の方向性とぴったりじゃん。

 時間の感覚が、なくなっていく。

「リディ、すごい集中してる……」

 クレアの声が、遠くに聞こえた。

「邪魔しない方がいいよ」

 プリスが小声で言う気配。

 微かに聞こえた彼女達の言葉。

 ボクにはもったいないくらいの仲間が集まってくれた。

 ふと彼女達に視線を向けると

 いつの間にかクレアはドラムの譜面を広げて、練習を始めていた。

 シャルムはベースを肩にかけて、低く弦を鳴らしながら指の動きを確かめている。

 プリスはギターを抱えて、イントロのフレーズを小さく口ずさんでいた。

 みんな、もうそれぞれの音と向き合っている。

 ——ボクも、負けていられない。

 ペンを握り直す。

 歌い出しの言葉が、するりと出てきた。

 これが当然かのように。

 ずっと側にあった大事なものに、やっと気づけたみたいに。


 ——できた!!

 最後の一行を書き終えて、顔を上げる。

 窓の外はもう、夕暮れに染まっていた。

「リディ、どう?」

 クレアが覗き込む。

「書けた!」

 ボクはノートをみんなに向けた。

 プリスとシャルムが手を止めて、集まってくる。

「読んでいい?」

 プリスが目を輝かせる。

「あとでね! まずは——」

 ボクはカバンを掴んで立ち上がった。

「ヴェルテのところに行ってくる!」

「え、今から?」

 クレアが目を丸くする。

「今すぐじゃないとダメな気がするんだ!」

 そうしなきゃいけない。

 この気持ちが冷めないうちに、この曲がどれだけすごいのか、ボクの言葉をいかに引き出してくれたかを伝えたかった。

「行ってらっしゃい」

 シャルムが小さく手を振った。

「気をつけてね!」

「怪我しないでね!」

 プリスとクレアの声を背中に受けながら、ボクは部室を飛び出した。

 * * *

 廊下を走る。

 向かうは第三音楽室。

 ヴェルテはいつも放課後、そこにいる。

 扉の前で立ち止まる。

 荒い息を整えてノックする。

 コンコンコン。

「……はい」

 柔らかい声。

 扉を開ける。

 ヴェルテが振り返る。

 ピアノの前に座ったまま、少し驚いた顔をしている。

「リディさん?」

「聴いたよ、『春疾風』」

 ヴェルテが、静かにこちらを見る。

「……やはり、知っていたのですね」

「うん! すっごくいーじゃん!!」

 それだけじゃ言葉が全然足りないけど。

「あの曲を聴いたら——歌詞が溢れてきたんだ」

 ノートをヴェルテに差し出す。

「聴いてほしい」

 ヴェルテはしばらく、ボクの顔を見ていた。

 それから、そっとノートを受け取る。

 ヴェルテの目が、ページの上をゆっくりと動く。

 ボクは、深呼吸して音源とともに歌う。

 短時間だけど一度聴いたら覚えてしまうほど「春疾風」の虜になっていた。

 ヴェルテは静かに聴き入っていた。

 夕陽が差し込んで、ピアノの鍵盤をオレンジ色に染めている。

 ボクが歌い終わるとヴェルテが、顔を上げた。

「……リディさん」

「うん」

「この歌詞、曲にとても合っています」

 その声は、静かでありながら——どこか、確かな熱を帯びていた。

「本当に?」

「はい。特にここ」

 ヴェルテが、ページの一行を指差す。

「この部分、私がこの旋律に込めたかったものと、同じだと思って」

 胸が、どくんと鳴った。

「ヴェルテが込めたかったもの、って?」

 ヴェルテは少し迷ってから、答えた。

「……春は、優しいだけじゃないということ」

 静かな声だった。

「風が吹いて、雨風にさらされて、季節が進んでいく。そういう曲にしたかったんです」

 その言葉に前のめりになる。

「ボクも、そう感じたよ!」

 ヴェルテが、少しだけ目を見開く。

「だから、歌詞が書けたんだ!」

 窓の外で、風が散りかけた桜の花を揺らす音がした。花びらがひらりと窓から入ってくる。

 ヴェルテはノートを静かに閉じて、ボクに返した。

 その手が、少し躊躇うように止まる。

「……うまく、演奏できそうですか」

 それは、初めてヴェルテから聞いてきた言葉だった。

「練習中だよ。みんな本気でやってる」

 ボクは笑った。

「でもキミがいないと完成しない。そうでしょ?」


 ヴェルテはおもむろに口を開いた。

「一度お断りしたのに……良いんですか?」

お読みくださってありがとうございます!

誤字、脱字、感想などお気軽にお寄せいただければ本当にありがたく、励みになります。

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