初めての一人旅
「今日はこれくらいにしておこう」
「まだやれるよ?」
今日の稽古は物足りない。
「昼には出発するのだろ?」
ロヒの言う通り、昼にはゼノ様へ会うために出発しなければならなかった。
「準備は終わったのか?」
そう言いながら、ロヒの視線が俺の斜め後ろへと移る。
その視線の方へ俺も目を向けると、ティタが立っていた。
腰に剣を携えている。剣士の真似事だろうか。
「朝の鍛錬かい?」
「うん。ロヒ、久し振りに手合わせしてよ」
「……アルク、ティタと手合わせしてみたらどうだ? たまには私以外とやるのも良い鍛錬になる」
クラニ村に剣を使う女はいない。男もあまりいない。魔法を主な武器としているためか剣を持って戦うということをあまりやらない。
だからだろうか、単に旅の護身用として持っているだけで、俺の相手になるなんて思いもしていなかった。
「なに? その目。私が弱いとでも思っている?」
意識した訳ではないが、嫌そうな目をしていたのだろう。
「そんな事、思ってないよ」
「そう、それじゃやりましょ」
ティタはロヒから木刀を受け取ると、斜め下へと下段に構える。
真似をしているのだろうか? ロヒと同じ構えだ。
女と剣の手合わせをするということに、なんとなく嫌悪を感じていた俺は、早く終わらせようとこちらから打ち込んでいった。
上段から振り降ろした木刀を下段の構えから軽く跳ね返され、次の瞬間にはティタの木刀は俺の首元へと置かれていた。
その身の熟しまでもロヒと同じだった。
「なめてる?」
ティタの言葉は当たっていた。なめていた。本気で打ち込んだとしても敵わなかっただろう。
「……俺、準備があるから。今日はこれでやめる……」
恥ずかしさと悔しさで、その場を逃げるように立ち去った。
ティタと顔を合わせたくなかったので、昼になる前には出発することにした。
ロヒが魔獣の森の入口まで見送りに来たので、ティタまでがついて来ている。
「この先の森に魔獣がいるの? 私、見たことがないから見てみたい」
その言葉を無視して森への道を歩きながらロヒへと話す。
「ここまででいいよ。それじゃ、行ってくるから」
「ああ、気を付けて」
「いってらっしゃーい」
俺が森へ入ると、ティタがロヒへ尋ねる声が聞こえてきた。
「あの子、どこへ行くの?」
「仕事だよ」
「どんな?」
もう会話は聞こえない。ロヒがどんな答えをしたのかは判らないが、魔王へ会いに行くなどということは言わないだろう。
ティタは、俺が魔王と会いに行くのだと知ったらどう思うのだろう?
ゼノ様の城へは、魔獣の森を北西へ進み海岸まで抜け、そこから海岸に沿って歩く。
森の中は魔獣だらけだが、海岸近くの魔素はあまり変質していない為、魔獣は少なかった。
ゼノ様の城へは二週間程の道程だ。
村の代表二人にはゼノ様から魔導具を与えられていて、それを使うと風魔法で空を飛ぶ事ができ、二日も掛からずに辿り着く事ができるらしい。
人の背丈より少し高いあたりを飛ぶので鳥のようにとはいかないが、地形や雪の深さなど関係無くなるおかげで、歩く速度の何十倍も早い。
村の皆に魔導具を配って欲しいが、きっと高価すぎて簡単には作れないのだろう。
初めて一人でゼノ様の城へと旅をする事に、少し緊張していた。
魔獣退治は、もう一人でも問題ないと思っているが、それでも一人で二週間もの間を過ごすのは初めてだ。
緊張もするが、自由になれた気がして、高揚感もあった。