来訪者
魔獣退治の初日が終わり、家へ帰り着く頃にはすっかり夜になっていた。
魔獣退治の日はロヒも出る為、夕飯はセウラさん家のおばさんが作ってくれる。
このおばさんは隣村からセウラさんへ嫁いで来たということだったが、それはこの村では珍しくもないことだ。だけど、別の村から嫁いて来るという事には色々と問題もあった。
嫁いで家に入るまでは左腕の事は秘密なので、一族の秘密を知った時に騒動が起きたり、子供が生まれ、その不憫さからまた騒動になったり、ということがあるらしい。
俺はまだその騒動を見た事はないが、村の大人からはよく「嫁さんを決める時は、そこの所をよく考えて決めることだ。一番いいのはクラニ村から見つけることだがな」と言われていた。
俺はまだそんな事を考えることは無く、今は早く独り立ちすることだけしか頭の中には無い。
春の魔獣退治は二ヶ月近くの期間を使って、近くの村を回る。
今日の村で春の魔獣退治は終了となる。
「明日、ゼノ様の所へ行くよ」
最後の村での退治が終わり、クラニ村への帰り道で、ロヒへとそう告げる。
「……そうか。秋までに行けば良かったんじゃないのか?」
「どうせ行くなら早めに済ませておきたいから」
「うん。判った。セウラさんにも言っておきなよ」
「判ってるよ」
ゼノ様への面会は、左腕の力を受け継いだ者、皆が二年に一度は行う事になっている。
子供の頃は親に連れられて行くことになる。俺は、一昨年はセウラさん一家と一緒に行ったが、今年からは一人で行くと宣言した。
もちろんロヒもセウラさんも反対したが、魔獣退治でそれなりの実力を見せているので、渋々ではあったがなんとか許可してもらえた。
ゼノ様は世間一般的な、クラニ村以外で呼ばれている名前は「魔王」として知られている魔族だ。
つまり一族の祖先の左腕を再生した奴だ。
そんな事件が起きたのは、俺が生まれる何百年以上も前の話なので、俺自身がその事にどうこう思う所はないが、よくよく考えれば、俺やクラニ村の皆がこの地に縛られている原因を作った奴なので恨んでも良いのかもしれない。
実際、恨んでいる人も何人か居る事を知っている。
今の所は、俺の中にゼノ様を恨むという感情は無かった。
ゼノ様の姿を見た者はクラニ村の人間以外ではいないだろう。
昔、ゼノ様の城へ人間の女が竜に乗って嫁いで来たが、二年もすると愛想を尽かして出て行ってしまったという話が村には伝わっている。
本当か嘘かは、誰もゼノ様に確認したがらないが、普通の人間が変質した魔素の中で二年も生きていられる訳がないので、眉唾物だろう。
普通の人間が竜を従えているという時点で、あまりにも現実的じゃない。
ただ、クラニ村の人々がゼノ様へ面会に行くのは、その人間の女が来てから続いていることらしい。
なので、完全に嘘だとも言えない。誰かゼノ様に訊いてみて欲しいところだ。
魔獣退治から家へ帰ると明かりが灯っていた。
「セウラさん家のおばさんかな?」
そう言ってロヒを見ると、いつもの笑顔ではないことに気付く。どちらかと言えば困ったような顔だ。
盗賊でも居るというのだろうか。
「どうしたの? 盗賊でも入っているの?」
「……いや。大丈夫だよ」
そう言って家の扉を開く。
「ロヒー」
家の奥から大声でそう叫びながらこちらへ誰かが走って来る気配がするが、ロヒに隠れて見る事はできない。声は女の、それも若い声だった。
その誰かは、ロヒへ飛び付いたらしく、ロヒは少し後ろへ仰け反る。
「やっと会えたー」
「私を捜してこんな所まで来たのですか?」
「そうだよ。すごく捜したんだからー」
ロヒの知り合いらしいが、そろそろ中に入れて欲しい。
俺は腹が減っているのだ。
その女の名前はティタと言った。
俺より四、五歳上だろうか?
黒い髪に浅黒い肌、様々な色の糸で刺繍がされた黒い服を着ている。
この辺りの村ではあまり見ない顔付きと服装だった。
クラニ村の人々も周囲の村人とは少し顔付きが違う。
遠い先祖が、この大陸とは違う所から来たという話があるが真偽はよく判らない。
どちらにしても見掛けない顔付きだ。
「でね。皇都で訊くと南へ行ったとか、白竜に会いに行ったとか、色々と言われて、二ヶ月も無駄に過ごしたんだよ」
ティタと名乗った女はよく喋った。
顔の表情がころころと変わり、それを聞いているロヒも楽しそうにしている。
なんでも、南の国のさらに南にある村から、ロヒを捜すために、様々の場所を回ってここまでやって来たらしい。
その日、魔獣退治で疲れていた俺はすぐに寝てしまったが、二人は夜遅くまで話をしていたようだった。




