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ダブル「Cace1失踪」

 物語には必ず『はじまり』があると僕はそう信じている。

 でも、一つの物語でも個人個人の『はじまり』はみんな違うんじゃないかって思う。

 そして、終わり方もみんな違うと思う。

 僕は明らかに違っていた。そして、今でも腑に落ちない。

 もしかしたら、『物語』と同じで世界というものは一人一人に存在しているのかもしれない。少なくとも『あいつ』はそう言っていた。

 これから話すのは僕の『はじまり』、それを覚えていて欲しい。


 僕の名前は春日涼[カスガリョウ]。僕が生まれた夏の日がやけに寒かったからそんな名前が付いたと聞かされている。

 僕は私立六道学園高等部に通う二年生で、クラスでは平凡に過ごしてきたと思う。髪は染めてないから黒で、身長は一七四センチ、自分ではどこにでもいるような男だと思っているけど、人から見たら僕はどう映るんだろう?

 そんな僕にも彼女がいる。同じクラスの椎名アスカ[シイナアスカ]。付き合いだしたのが中三の二学期だったから、付き合って二年になる。

 僕らはいつものように歩いて学校から帰宅していた。

「あのさ、また、誰かいなくなったんだって」

 横を歩くアスカを僕は不安な表情で見つめた。

「また、なんだ……怖いよね。わたしは涼がいなくなっちゃったらって考えると怖くて……」

 同じ気持ちだった。僕も彼女がいなくなるのが怖い。でも、それもありえる話だ。

 沈黙しながら曲がり角を曲がると、そこにはテレビカメラを構えた男とマイクを持った女の人が立っていた。

 事件の取材に来た報道陣だ。

「少し、お話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 マイクを向けられた僕はアスカの手を引っ張ってこの場から逃げた。学校から取材に答えるなと言われているけど、僕は事件のことを取材する報道陣が嫌だった。部外者に立ち入って欲しくない。

 僕らが逃げると報道陣は追っては来ない。そのくらいの道徳心はあるんだと思う。

 少し歩いたところでアスカが僕の顔を見つめた。

「あのね、昨日テレビ見てたら、うちのクラスの男子が事件のことしゃべってた」

「誰だよそいつ?」

「モザイクかかってて声も違ったけど、絶対あれは大崎くんだと思うんだ」

「ったく、あいつなに考えんだよ」

 行方不明だけじゃなくって、人が死んでるっていうのに……。目立ちたがり屋の大崎が取材に答える映像が頭に浮かぶ。でも、そう言えば今朝あいつ、先生に呼び出されていた。たぶん取材に答えた件で呼び出されたんだなと、今になって納得した。

 今、学校では謎の失踪事件が流行っている。流行ってるという言い方は正しくないかもしれないけど、とにかく多発していることは確かだった。そのため、僕ら学生は多くの行動を規制されてしまっている。

 最初のうちはただの家出だと思われ、いなくなる生徒の数が増えるに連れて、何か大きな事件に巻き込まれたのではないかという話になった。

 消えた生徒は女子が多くて、優等生と言われていた生徒や将来有望と言われていた生徒ばかりが消えた。

 僕が考え事をしていると、アスカが顔を覗き込んできた。

「大丈夫?」

「うん、ちょっと考え事」

「事件のこと?」

「帰って来ても亡くなってるから、みんな……」

 それが怖い。それこそがこの事件の恐怖を一層あおるものだった。

 ある日突然、消えた生徒たちが数日経って帰って来た。その人たちが今までどこで何をしていたのか、事件に関してのことだけは彼らに聞いても答えがあやふやでまともな答えが返ってこなかった。けれど、そんなことよりも消えた人たちが帰って来たという事実の方が大事で、失踪事件は表面上はただの家出として扱われてしまった。

 一時は生徒が帰って来たことによって平穏が訪れた――最初のうちは。

 帰って来た生徒たちは時間が経つにつれて精神異常をきたしていき、やがては普通の生活ができなくなり、そして、みんな異常な突然死や自殺をしてしまった。もう、家出事件ではなくなった。

 警察も動いているみたいだけど、捜査の方はあまり進んでいないらしい。まぁ、それも仕方ないとは思う。死亡した生徒たちはみんな証拠や証言から他殺された訳ではないっていう結論が出されている。

 それで、結局死んだ生徒たちは世間一般に公表している情報ではストレスがどうとかってことになって未だ事件は闇の中。けれど、そんなことを生徒たちが信じられるはずもなく、学校を休んでいる生徒たちが急増してしまった。

 最初はただの家出程度としか思っていなくて、自分とは無関係だと思っていた事件が、日を追うごとに大きくなっていき、最終的にはこんなにも大きな事件になってしまった。

 そして、生徒たちがまた消えはじめている。まだ事件は近くにある。

 不安な表情をしている僕に再びアスカが優しく声をあけてくれた。

「怖いのはわたしも同じだけど、近くに涼がいてくれれば大丈夫だよ。それに内緒の話なんだけど――」

 そう言ってアスカは急に小声で話しはじめた。

「あのね、〈クラブ・ダブルB〉って知ってる?」

「いや、知らないけど、なにそれ?」

「簡単に言うと悩み事を話し合って解決してくれるクラブかな。まだ、わたしは数回しか参加したことないけど、嘘みたいに悩み事が消えちゃって、中には願い事を叶えてもらった人もいるんだよ」

「それってさあ、新興宗教みたいじゃない? なんかそういうのって信用できないし、アスカには関わって欲しくないないな」

「大丈夫だよ、放課後生徒で集まって集会みたいのしてるだけだし」

 生徒の集まりと聞いて少しは安心した気もしたが、やっぱり怪しげでアスカがそれに参加していると思うと不安でたまらない。

「ねぇ涼、明日の放課後わたしと一緒に行かない?」

「その〈クラブ・ダブルB〉に?」

「うん、放課後学校のある教室で集会があるの。それでね、明日わたし、やっと正式な会員にしてもらえるんだ」

「会員?」

「そう、〈クラブ・ダブルB〉の正式会員は〈ミラーズ〉っていうんだよ。〈ミラーズ〉になると、願い事を叶えてもらえるようになるの、ねっ、すごいでしょ?」

「あ、うん」

 嬉しそうに話すアスカに何も言えなかった。

 やがて、アスカの住むマンションが見えてきて、僕らは別れることになった。

「じゃあね涼! また、明日。放課後空けといてね」

「うん、わかった」

 笑顔で手を振るアスカに僕も笑顔で返した。だが、この時はまだ、僕自身が事件の渦中に投げ込まれるなんて思ってもみなかった。

 この時すでに物語ははじまっていた。そう、これが僕の『はじまり』だった。


 その日、僕はひとりで学校に登校した。アスカがいつもの待ち合わせの場所にいなかったからだ。

 しばらく待ち合わせの場所で待ったのちに、ケータイで電話をしたがアスカに繋がらなかった。風邪でもひいたのだろうと、その時は思って、僕はそのまま学校に登校することにした。だが、まさか学校であんな話を聞かされるなんて思って見なかった。

「昨晩、うちのクラスの椎名アスカさんが突然姿を消してしまいました。心当たりのある人は私に連絡するように」

 担任はそう言って黙り込んだ。

 教師も生徒も神経質になっていて、できればこれ以上事件に巻き込まれたくない。しかし、たかが一日とは言え、姿を消した生徒を放って置くことでどんな事件が起こるのか、考えただけでも頭が痛くなる。

 僕にとってアスカが姿を消したという事実は受け入れがたいものだった。

 今日、放課後空けておいて言われたのに。そんな言葉を残したアスカがいなくなるはずがない。

 昨日まで一緒に過ごしてきた人が消えるということに、最初は実感がわかなかったけど、考えれば考えるほど僕の心は押しつぶされそうになる。

 僕の心で渦巻くものはアスカを消えたという悲しみではなく、アスカが消えたという恐怖だった。

 一日中アスカのことを考えていた僕は学校での出来事を覚えていない。授業で何をやったのか全く覚えていないし、誰と会ったり話したりしたかも覚えてない。唯一、覚えていることは報道陣に何を聞かれても話しをしてはいけないということだけ。

 アスカは何処へ行ってしまったんだろう?

 やっぱり今、学校で起きている失踪事件と関係があるんだろうか?

 生きているのか?

 死んでいるのか?

 考えれば考えるほど、不安を募る一方で、何がなんだかわからなくなってくる。

 そして、気づいたら僕は夕暮れの中をひとりで歩いていた。

 いつの間にか学校は終わってしまっていたらしい。

 いつもはアスカと一緒に帰ることが多い、この道。時にはひとりで帰ることもあったけど、それと今日は違う。

 そういえば、最近はひとりで帰ることが多かったような気がする。もしかしたら、あの〈クラブ・ダブルB〉とかいうのにアスカが参加していたせいかもしれない。

 重い足はいつに動かなくなり、僕はその場に立ち尽くしてしまった。

 もう、歩くことさえも嫌になった。

 頭が重く、クラクラと眩暈がする。気づけば辺りには知らない風景が広がっている。

 薔薇の香りが僕の鼻を衝く。そう思った瞬間、視界が霞み、ひと気のない道路に人影が突然現れた。

 道路の真ん中に『謎』って言葉が当てはまりすぎる人物がぽつんと立っている。その人物は黒いインバネスのような物を羽織り、腰よりも長い漆黒の髪を風に靡かせ、顔には白い仮面を付けていた。

 僕は浮世離れし過ぎた相手の格好を見て戸惑いを覚え、変質者かなにかだと最初は思った。

 けれど、そいつの髪が風に遊ばれるたびに、薔薇の香が辺りに振りまかれた。その香を嗅いでいるうちに、目の前に立っている奴がどんな奴だろうと、どうでもよくなってしまった。

 仮面の奥から声が響いた。

「私の名前はファントム・ローズ」

 ファントム・ローズの声は男か女わからない声をしていた。

 僕が口を開くことを忘れているとファントム・ローズは話を続けた。

「君の彼女である椎名アスカを一刻も早く見つけたまえ、さもなくば大変なことになる」

「あ、あ、あの……」

 言葉が浮かばなかった。聞きたいことは山ほどあるはずなのに、それが頭に浮かばない。

 わけもわからず僕はファントム・ローズを見つめるが、ファントム・ローズは何も語らなかった。

 そして、ファントム・ローズは一瞬にして姿を消した。それはまさに消失だった。

 ファントム・ローズが消えた場所から薔薇の花びらが風に舞いながら空に上がっていった。

 間の抜けた表情をして手を伸ばす格好をする僕はそのまま動けなかった。目の前で起きた出来事が理解できない。人が目の前で消失してしまうなんて信じられない。

「何だったんだ今の?」

 ようやく前に突き出した腕を下げた僕は息をついた。

 見上げた空は朱色に染まっている。

 僕が見た光景は幻影だったのか、――いや、本当に幻だったのかもしれない。

 薔薇の匂いが微かに残っている。

 椎名アスカを探すこと、それが今の僕にできること。手を拱いて不安に駆られるのは嫌だ。

 何が何でもアスカを僕の手で見つけなくていけない、そういう気がした。

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