は(ファンタジー)
今回は少し長めです。
晴れわたる青い空に、澄み切った空気。
そんな日は必ず心地よい眠気に襲われる。
今日はいったい、どんな夢を見せてくれるのだろう。
僕は西国の魔法使い。これから東国に宣戦布告をしに行くのだ。
戦争開始の宣言があれば、もう誰だろうと関係ない。男も女も大人も子供も美人も貴族もみんな同じように殺しあう。
殺人鬼。
それしか存在しなくなってしまうのだ。
学士も流浪人も一人の人間としての価値は、どこをとっても最終的には同等でしかない。誰を殺したって、一人は一人。生きていたときの存在価値など関係ないのだ。主権力者以外は。
国王の首というのは、その国そのものの価値をなす。首をとったものこそがその国の支配者となりうるのだ。
だからこそ、僕は東国にいかなければならない。魔法使いとして、敵の脳内にインプットされなければならないのだ。
殺しても無価値であると、そう教えにいかなくてはならないのだ。
この戦いで殺されないために。
さて、準備は整った。あとは王を連れて東国の城門をくぐるだけだ。なに、心配などいらないさ、うちの王様は国一番の剣士にほかならない。東国の城内で戦闘になろうとも王が負けるはずがないのさ。
この、豪勢な扉のその奥に、我らが王が鎮座している。ノックの前にひと呼吸。着衣の乱れを正して、背筋を伸ばし、扉を軽く二度叩く。本来ならば、こんなに気を使う必要などない温和な人なのだが、これから戦を始めようというときに、万が一にも王の機嫌を損ねるわけにはいかない。
意を決して重い扉を開けると、正面に眉間にシワを寄せた王の姿が目に入った。彼の容姿は一見20代前半にもみえるが、40代後半にも見えるの。若々しい風貌を持ってはいるものの、どこか年老いて見えるのはきっと、彼がこれまでに経験してきた幾つもの困難が原因だろう。
「王様。ご出発の用意が整いました」
僕の声は静かな部屋に凛と響く。
「あぁ。……もうそんな時間か。すぐに馬車へ向かおう」
王は重い腰をゆっくりあげると、僕の存在などには目もくれず馬車の止めてある場所へ足を運んでしまった。
あぁ、早く後を追わなくては。
王の半歩後ろを僕は邪魔にならないように細心の注意をはらってついて行っているのだが、はてさてこの行動は正しいのだろうか。
そんな疑問を抱いたまま、僕らは馬車に辿り着いてしまった。立ち止まった王も、口を開く気配はないしあれは非礼にはあたらなかったようだ。一安心。
「では、東国に宣戦布告をしに参る。馬車を出せっ!」
王の言葉を合図に、パカッパカッっと、リズミカルに地を駆け出す白馬たち。彼らは皆、国一番の美形揃いだ。もちろん足は速いし、体力なんて有り余るほどに。その上頭も良いのだから、馬にしておくには惜しい存在だ。無能な雑踏と、トレードはできないものか。
「王よ。東国に到着し、かの国の王に宣戦布告をしましたら、どうするおつもりなのですか?」
さほど広くもない馬車の中で、僕は目の前に座る彼にそう尋ねた。
「先ずはその場から退き我が国に帰還する。その後、東国の様子をみて攻撃をしかけてくるようなら、そこに応戦するまでだ」
まぁ、それが妥当な策だろう。ただ、心配事がただ一つ。
「ではもし、このことが既に東国に知られていて、向こうに先手を打たれていたらどうなさるおつもりで?」
「そんな事か。それについてはお前がよくわかっているだろう?情報があるからといって、私が弱くなるわけではない。どんな敵が来ようとも、負けてやるつもりは毛頭ないのだからな」
さすが、我が王だ。
最強という名は伊達でない。何事をも力でねじ伏せるおつもりのようだ。
だがしかし、それでは政治は成り立ちませんよ。取り引きやら賭け事には必ず手持ちの駒が必要なのですから。
「さて、それは王としての正しい行為なのですか?そうだとすれば貴方は西国を滅ぼしかねません。王として、一国の主として、節度を守り、何事をも冷静に受け止め、必ず国民のために動かなければならない。そう、約束をしましたよね?」
僕はこの王と、少し前にそう"約束"したのだった。
「では君主よ、なぜ私めにこの大役をお任せなさったのですか?私が国一番の剣豪であったからではないのですか!」
ほら、ボロがでた。
王が他人のことを君主などと言ってはいけないというのに。ましてや敬語など、部下に対して使うことは許されない。
「王よ、私に敬語は不要です。それと、感情的になった際に我を忘れて素に戻ってしまわれるのも、いただけませんね」
咎めるような声色になってしまうのも、仕方ないと思って欲しい。こうでもしなければ彼は治らない。まだ王の自覚が足りないのだ。
「だが王よ、ここは馬車の中。このふざけた三文芝居もここでは無しにいたしましょう」
「ふざけてなどいませんよ。私は努めて真剣です。"王は殺されてはならない"。だからこそ、こうして居るのではありませんか。"価値の無い人間である"そう、思わせるためだけに」
そう、"王は殺されてはならない"のだ。だからこそ僕はここに魔法使いとして同行をしている。
察しのいい君達にはもうばれてしまっているんだろう?
僕が何者かってことは。
さて、東国についたみたいだ。
これから始まる争いの開始の合図は、どんなものにしてあげようか。
ふっと息をはきながらうっすら目を開けてみる。目の前の空はひどく澄んでいた。
曇り陰りのない空だ。
どこか高揚するこの心は、何に向かって放つべきだろう。
読んでくださりありがとうございまーす!