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「じゃ、もし、修ができる事だったら、
僕が望む事を、修しかできないって言ったら、助けてくれる?」
真っ直ぐに目をみつめると、一瞬身を引いて、思い直したように力強く頷く。
「あ、あのさ、でも、僕ができる事だったら、だよ?」
「うん、わかってる」
真面目すぎるよ。
傷だらけになったって最後まで友人を見捨てたりしないだろうに。
口先だけの約束にしてしまう事を恐れて、いつだって過小評価しかしない。
愛おしさと、目の奥がじんと痛くなったのを悟られないように、
空になったコーヒーのカップをキッチンへ運ぶ名目で、
その場を一旦離れる事にした。
「僕の方こそ、修の事、もっと知りたいけどね」
顔が見えない位置に移動して、カップに水を張る。
「この前、彼女とか作る気ないって言ってたでしょ。
何か訳でもあるの? 勉強の邪魔、とか?」
「まさか」
普通のトーンを装って聞くと、軽く笑いながら答える。
ゆっくりと元の席へ戻った。
修は少し微笑むように、何かを考えているようだった。
「僕は、子供は作らない。だから、結婚もしない。
結婚したら、子供を作らなきゃいけないってわけじゃないけど。
今、彼女とか好きな人ができたとしても、
まだ高校生だし、十五歳だし、すぐ結婚を意識するわけじゃない。
でも、もしかしたらお互いずっと、一生好きなままかもっていうのと、
終わりが来ることがわかっているのとは違うと思う。
いつか、僕の勝手で終わる事がわかっていて、
僕自身、誰かの特別になろうとか、思うわけにはいかない」
子供?
修の話は正論に聞こえるけれど、
結婚とか子供とか、僕にとってはまだまだ全く現実味がないくらい遠い話だ。
それに、子供は作「れ」ないではなく、作「ら」ないといった。
「それこそ、なにか訳でもあるの?」
「それは、ごめん」
軽く笑ってちょこっと頭を下げる。
ここはきっと、修の本当に隠している部分に近い。
修の、ごっそり欠落している部分。
誰かを求めるとか、自分を大事にするとか、対等に接するとか、
心の底から信頼する、とか。
もちろん、誰だってそれが素直にできたら苦労はしないし、
その部分が強すぎるやつはうざい。
けれど、修はそんな、誰かの心と繋がる、っていうのかな、
そういう部分が、ない。
少ないとか弱いとかいうんじゃなく、無い。
信頼や繋がりがあるようにみえているのは、フェイクだ。
何を隠している? 何に怯えている?
なんで、誰の事も信用しようとしない?
なんでそこまで、徹底的に孤独になろうとする?
「この前、土星を見せてくれた時、
いつか宇宙が終わる時が来て、何もかも消えちゃう、って言っていたよね。
人類とか、地球って星があった事も、全部」
「うん」
「そういうのさ、正直、どうでもいいと思う」
修が驚いたように顔をあげて僕を見る。
「いつか来るかどうかもわからない先の事、どうでもいい。
僕がここにいて、感じたり考えたりしている事を、
誰か、ずっと未来の知らないやつに知って欲しいとも思わない。
いつかなくなるから意味がないとも思わない。
今、僕にとってすごく必要で大事だったら、それだけで充分意味がある。
存在の意味なんて、今、この瞬間だけでいい。
人類の、それどころか、誰か一人の未来に何かを残すだけだって、
大変な事だよ。
修、それだけじゃだめなの?」