05話 いざ、上層へ
どの都市においても上層、中層、下層と地区が分かれている。
上層が富裕層、次いで一般地区、貧困街という感じだ。
都市によってそれぞれの名称は異なるが、どの町においてもこの構造が基本となる。場所もそうだが金の流れが変わらないから、始めていく場所でも商売がやりやすいのが利点だな。
俺は専ら中層相手に商売することが多いが、今回は額が額だ。蛇口を見せびらかすだけじゃ芸がないから蛇口から出た水を持って、ルビィと共に上層に向かう。
石畳は中層より綺麗に整えられ、道行く人間の服も無駄に白い。……相変わらず落ち着かない場所だ。
それより問題は別にある。
49個の魔鉱石を感知し続けるの、普通にキツい。
頭痛というより、船酔いに近い感覚だった。急ぎだから無理やり続けたが、これ常用していい能力じゃない気がする。もしかしてあんまり実行するのは体に良くないのか?
「着いたっす!」
考えが纏まらないまま、上層にルビィの声が轟く。あの後改良版をルビィで試した。美味いって絶賛してた。上層民が使うような小奇麗な見た目じゃないが、中身は絶品だ。
「せんぱいっ!この水うまいっす!はじめてお水飲んだみたいっす!お水美味しいいっ!」
そんな感想を言ってた。
………だいじょうぶか??
「止まれ。商談の予定は?」
やっぱりか。上層は金払いはいいが、その分面倒臭い。
「飛び込みだ。水を売りに来た」
門番の視線が、俺の荷車と服をゆっくり往復する。
「……中層市場なら別区画だ」
だろうな。だが需要はここにしかないだろうしなー。どうやって巻こう。
「上層向きの商品だ。一口飲んでみてくれ」
「断る」
「一口だけでいい」
「断る」
「じゃあ、匂いだけでも」
「帰れ」
「……だよな」
予想してたが、だめだったか。身なり、商品、身分証しっかり揃えていかないと上層の壁を取り払うのは難しい。
「でもこれマジで美味いっすよ!?せんぱい昨日ほとんど寝ずに作ってたっす!」
「おい」
「わたし三杯飲んだっす!」
「黙れ」
「五杯目が特にうまかったっす!」
「ちょ」
やばい、ルビィが止まらない。久々の上層商売で興奮してるのか?張り切ってるのはいいが
「このお水を飲めば羽が生えて空が飛べるっすよ!」
うん、嘘は言わないでね?
まずい、周りが注目し始めた。これ以上騒ぎが大きくなると今日も、今後もやりづらい。上層連中に目を付けられたくないし、残念だけど今回はこの場を後にしよう。
「ルビィ!」
「……あら、水?」
帰ると思い立ったと同時に、門番の後ろから若い女が顔を出した。
恰幅の良い主人と思しき中年の男が傍に立っている。白い外套。見栄えのする大きな魔法石の指輪。
男の方はともかく、女のほうも使用人じゃないな。夫婦か?
「珍しい。上層で行商か?」
「魔鉱蛇口の販売さ。珍しいだろ」
「ふっ、確かに」
女が面白がるように荷車を覗き込む。
「それ、美味しいの?」
「金は取る」
「あら、商人らしいわね」
物見遊山のつもりか。どうやら騒ぎが功を奏した。大きな獲物がかかったか?
「タダでとは言わないが、まずは一杯どうだ?味はこいつのお墨付きだ。」
ルビィの方を指さして言う。決まり顔でマッスルポーズをとるルビィ。やめてくれ。
「たまにはこういう趣向も悪くない。お前も、ほら頂こう」
「えぇ」
俺は二人に用意していた水を渡す。警備の方を横目で見ると観念したのか諦めたのかこちらの成り行きを見守っている。
正直、不安だ。
俺自身は魔素を吸収する関係で水が本当に美味しいかわからない。頼りはルビィだけだが、あんな感じだ。今日は一段と元気がいい。水の効果か?
「…え?」
「……なんだこれ」
男の眉が寄る。
「冷たい」
「そりゃ水だからな」
「違う」
もう一口飲む。
「喉に残らない……?」
男がゆっくりコップを見る。
女も驚いた表情を拭えないまま、水面を見つめていた。
「…ありえん。お前、これをどこで?」
「商売道具の仕入れ先は秘密だ」
「この喉越し……ただの浄化石じゃないな。高純度の魔鉱が組み込まれている」
「さすがにお目が高い。中層、ましてや下層で販売している魔鉱蛇口よりもずっと純度の高い魔鉱石を使用している。本来なら俺みたいな商人が上層に露天なんて見世物もいいとこなんだが、こんなにすごいのを中層以下にくれてやるなんて勿体ないだろう?」
「たかが水といってはなんだがここまで感動を覚えたのは初めてだ…」
「でもこれだけ純度の高い浄化石を組み込んでいるならお値段もさぞやいい塩梅なのでしょう…?」
「察しがいい」
軽く肩をすくめる。
「中層向けの蛇口とは使ってる魔鉱石の純度が違う。……まぁ、本来なら上層向けの品だ」
「では何故こんな場所で?」
「こんなのを中層で売る方が勿体ないと思ってな」
一呼吸置く。強気で行け。
「相場よりも高くはなるが、銀貨5枚でどうだ?」
あっけらかんとした表情。あれ、ダメか?欲張っちまったか?
「そんな金額でいいなら大歓迎だ!有難く買わせてもらうとしよう」
「いい買い物ができましたわね」
え、まじいいの?
「ちなみにいくら持ってきたんだ?」
「……え、あぁ。この荷車に全部で50個だ」
「じゃあ、全部もらおうか」
「「え!?」」
「これほどの品、私の知人たちも知っておくべきだ。日常の潤いに革命が起こるぞ!」
「まぁ、あなたってばお優しいのね」
今度は俺があっけにとられたまま、盛り上がる二人をよそにある程度の商品説明を行ったのち支払いを受け取る。
占めて金貨25枚。いいのか、これはいいのか!?
「……せんぱい」
「ん?」
こちらも放心状態のルビィ。ただ、目の奥には隠し切れない輝きを秘めている。
災い転じてなんとやら。ともあれ、こいつのおかげだな。
右手を挙げてルビィとハイタッチ。少しイレギュラーだったが、やっぱり商談が成功するってのは格別だ。
「そういえば」
「??」
「君、どこの商人だ?」
いっけね、伝え忘れた。いや、伝え忘れてんのによく買ってくれたな。さすが上層民。
「モルセラ商会会長、モルガ・セラントだ。今後も御贔屓に!」
【和冬のどうでもいい商人知識】
商人は商品より先に顔と名前を覚えてもらうのが大事らしいです。
なお、主人公の名前はモルガ・セラントです。
やっと出ました。




