ブラックな職場(照明度的な意味で)3
待機室の中はさらに暗かった。直接室内を照らすのではなく、窓を模した装置の向こうや絵画の裏に置かれている間接照明でなんとか周囲がわかる程度の明るさになっている。
四方の壁は制服に合うような洋館風の壁紙や柱が描かれていて、血のついた斧や剣が飾られているところがそれっぽい。
私が入ってきたドアは目立たないように壁紙色に塗られていた。お客さんが進むであろうドアらしいドアの隣で、私と同じ服装の女性がトランシーバーのようなものに喋りかけていた。私と同年代か、もう少し若いかもしれないその人は、白いファンデーションで血色を隠し、そして額から頬にかけて赤い血がでているようなメイクをしていた。会話が終わるのを待っていると、彼女のほうが気付いて近付いてきた。
「あ、なんか急に来るって言ってた新人さん?」
「はい。早乙女です。よろしくお願いします」
「こういうバイト経験ある?」
「いえ」
「え、未経験で急に入れたの?! もーマネージャーどうなってんの」
その女性が残念そうというか、がっかりした様子かつ怒った感じになったのでちょっと申し訳なくなった。確かにいきなり入ってくると言われたら、経験者で強力な助っ人だと考えるかもしれない。
「じゃーあそこの角の方に立っててください。あとは何にもしないで。わかんないことあったら他の子に聞いて。そのうち来ると思うから」
「はい」
「もう次の客来るから早く行って」
「すみません」
早足で言われた部屋の隅へと移動する。その女性はまた何か会話したあと、機械をいじって準備をしていた。ズバズバした態度は、人手不足で忙しいからなのかもしれない。
今日はなるべく足を引っ張らないように、笑わずに立ってることだけを意識しよう。
そう考えながら部屋の隅へと移動して、ふと上を見上げる。天井の隅のところに蜘蛛の巣があることに気がついた。思わず体がギクッとなる。まさか、と思ったその瞬間に、肩にそっと何かが乗ってきてさらに心臓が飛び跳ねた。
「あの」
「!!!」
「あ、ごめんね……驚かせちゃって」
飛び退くように振り向くと、そこには女性が立っていた。さっきの人とは違う、少し背の高いその人も、私と同じ臙脂色のメイド風な制服姿だった。
よかった。人だ。
「いえ、すみません……虫がいたのかと思って」
「ごめんごめん。ていうか、こっちには驚かないんだね?」
こっち、とその人が指したのは、彼女自身の顔だった。ショートボブの女性の顔は、右半分が赤黒い。かなりグロテスクな感じになっていた。大怪我をしたように血が滲んでいたり、なんかテカテカした感じの部分や、青アザのようなところまである。
「すごくリアルですね」
「びっくりしないんだ……でも、嬉しい。これね、自分でやったの。私メイクの専門行ってるんだ。将来特殊メイクの仕事したくて」
「すごいですね」
その女性は、バイト先でもメイクの練習ができるという理由でここに応募したらしい。確かに、特殊メイクの腕を活かせるバイトというのはかなり限られているだろう。とてもリアルだと褒めたら、その女性はヤバそうな顔のままで嬉しそうに笑っていた。
「それも偽物だから安心して。蜘蛛の巣とかホコリとか、わざとそういうのを作ってそれっぽくしてるだけなの。毎日クリーニングの業者入ってるからさ」
「そうなんですか。よかったです」
「虫ダメなんだね。幽霊は怖くないの?」
「幽霊は見えないので」
私が答えると、その女性は顔を曇らせた。
「あの、新しい子……だよね? ここの噂、聞いてない?」
「噂ですか?」
「そう。ここ、出るんだよ」
両開きのドアが開き、明るい光と共にお客さんのグループが入ってくる。8人くらいの賑やかなグループで、私たちは並んで立ってその人たちの視線をやりすごした。
キャーキャーと騒いでいる声は、説明係が口を開くと静かになった。お客様の観察をしつつ黙っていると、隣からそっと耳打ちされる。
「通路を歩いてると、明らかにスタッフじゃない人影がウロウロしてるの。私も見たことある」
注意しないと聞き逃しそうな小さな囁き声だけれど、不安そうなことは伝わってきた。
「そういう人影はね、使われてない裏口の方に消えてくんだって。追いかけると連れていかれるらしいよ。だから、もし変なもの見ちゃったら、すぐ明るいとこに逃げたほうがいいよ」
そう言うと、彼女は耳打ちをやめてお客様の方を向いた。
随分具体的な噂だ。もしかしたら、本当に幽霊がいるのかもしれない。営業中は女性スタッフしか入れないらしいので、勅使河原さんが除霊をするとしたら営業後だろうか。そもそも弱い霊だったら龍に怯えて逃げたりするらしいので、私が中を歩くだけでも充分かも。
とりあえず、気さくに話しかけてくれる人がいてくれてよかった。慣れていそうな様子だったので、わからないことがあったら隣の彼女に訊こう。
アトラクションを説明する声を聞きながら、私は振り返ったお客様のために陰気そうな表情を作った。




