ブラックな職場(照明度的な意味で)2
案内をしてくれたのは、真留さんという女性だった。私と同じメイドっぽい感じの制服だけど、臙脂色ではなく紺色だ。顔色が悪く見えるのは、意図的にメイクでそう見せているらしい。
「ここが仕事場になる『血に染まる館』っていうアトラクションね。急に入ってもらったから、早乙女さんにはとりあえず案内係をお願いします。案内っていっても難しいものじゃなくて、入口すぐのところにある待機室って呼ばれてる部屋に行ってほしいの」
このアトラクションは歩いて探索しゴールを目指すタイプのお化け屋敷なので、他のお客様と近付きすぎないよう、前のグループが出発してしばらくしてから次のグループを案内することになっているらしい。
そのためにまず待機室と呼ばれるところへと案内し、説明などをして出発までの時間稼ぎをするのだそうだ。
いきなり説明なんて難しそうだ。私がそう思ったのに気が付いた真留さんは、微笑んで大丈夫だと励ましてくれた。メイクに生気が感じられない分、笑顔になると優しい印象が大きくなる。
「説明はのちのちは覚えてもらうかもしれないけど、今日は部屋の隅で立っておくだけの係だから安心して。説明係がこのドアの前に立つんだけど、この後ろの方でお客様の様子を確認してもらいたくて。かなり怯えてるお客様とか、逆に酔っ払ってるとか何かトラブル起こしそうだなーってお客様は注意しないといけないので、早乙女さんにはお客様にそういう方がいないか確認してもらいたいのね」
「わかりました」
「もしそういう方がいたら、どういう方が何人いたか、っていうのをご案内したあとに説明係に伝えて。そんなに詳しくなくていいから」
「はい」
かなり本格的らしいこのアトラクションでは、怖すぎて具合が悪くなったり動けなくなる人もたまにいるらしい。そういう人はスタッフが案内して出口まで誘導するし、暴れたり物を壊したりしそうな人には警備員を呼ぶこともあるそうだ。テーマパークもなかなか大変らしい。
「そしてこれは一番大事なんだけど、笑顔は見せないでね。『血に染まる館』は当主が錯乱して館の全員を殺したっていう設定で、いうなれば私たちは幽霊役みたいな感じだから、なるべく無表情とか暗い感じの雰囲気でお願い。もしお客様に何か聞かれたら、無言で説明係の方を指すだけでいいから。じゃあ、そろそろ行ってみようか」
「は、はい」
「中は暗いし、緊張して固くなってても大丈夫。他にも立っているスタッフがいると思うから、何か困ったことがあったら説明係かその子たちに聞いてみて」
「わかりました。よろしくお願いします」
「よろしくね」
こっちの扉だから、と教えられて、私はひとりでドアを開けた。ドアの向こうには黒い布があり、めくると小さい部屋があって照明がかなり暗くなっていた。事務所の明るい光が漏れないようにワンクッション置かれているようだ。
待機室に通じるドアの上にはランプがあって、今は赤色に点灯している。これが青になったら出入りしてもいいという合図だと真留さんが教えてくれた。
当然なんだけど、いきなりバイト本番が始まってしまうと思うとなんだか緊張してきた。日払いのバイトでイベントの受付もやったことがあるので接客は初めてではないけど、いつもとは全然違った雰囲気なだけに何かミスをしないかちょっと心配になる。でもこれがバイトで、時給も発生していると思うと自然と笑顔になった。待機室に入ってからうっかり笑ってしまわないように気を引き締める。
勅使河原さんは大丈夫かな。本物の幽霊見つけたかな。
そう思いながら、小さな部屋を見回してみる。薄暗い部屋は周囲を黒い布で覆っている以外には何もない。いつも通り幽霊も見えないので『血染めの館』に何かがいるのかはわからなかった。少しひんやりしているのは、おそらくアトラクションの演出だろう。肌寒いと人は不安を感じやすいと前に勅使河原さんが言っていたことを思い出した。
勅使河原さんは本物を相手にしてきたエキスパートなので、バイトというか演出として関わったらかなり迫力があるものが作れそうだ。本物を配置しそうでちょっとあれだけど。
しばらくしたら休憩時間が貰えるらしいので、そうしたら勅使河原さんとも会えるかもしれない。刑場なんたら、というアトラクションがどんな様子だったか後で聞いてみよう。
深呼吸したりスカートを整えたりしながら待っていると、ランプが青に変わる。
私はそっと音を立てないようにドアノブを捻った。




