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憑かれた私と怪しい男  作者: 夏野 夜子
第3章 マヨイヨマイ

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ヨコセヨコセ5

 カラカラ……カラカラ……と遠くから聞こえる音は、軽い金属を引きずっているような音だった。それにゆっくりと近付いてくる足音と、鼻歌が混ざる。


「お〜にさ〜んど〜こだ、か〜くれて〜もむ〜だだ〜」


 なんか、物騒な言葉が聞こえてきた気がする。

 近付いてくる音に、姿の見えない鬼はあからさまに動揺していた。後退するように足音が響き、ガンと柱にぶつかっている。

 私は廊下の突き当たりから曲がってきたその人物に手を振った。


「勅使河原さーん」

「早乙女さんお待たせー。ごめんね遅れちゃってー」


 仕事で駅集合するときのようなノリでやってきたのは、勅使河原さんだった。いつものもじゃ髪にメガネ、着流しにチェーンのついた羽織、靴は脱いでいるので猫模様の5本指ソックスが見えている。

 そして右手に持った金属バットが、床を擦ってカラカラと音を立てていた。


 どこからどう見ても怪しいな。


 あらためて雇い主の怪しさを感じていると、勅使河原さんは近くまでやってきてバットを持ち上げた。バットで肩を叩いてトントンとリズムを取りつつ、にっこりと私の左斜め上を見上げる。


「ダメだなぁー、うちの助手連れてっちゃうとか」

「あ、やっぱりお知り合いのかたですか」

「うん。これね、例の鬼殺しで殺しそびれたのちに封印された鬼。あれ? もしかして見えてる?」

「いえ全然。足音は聞こえますけど」


 障子がガタガタ震えているので、鬼が怯えていることが察せられた。

 勅使河原さんの風体が怪しすぎるからといって、これは流石に怯えすぎだ。勅使河原さんは毎年来ているらしいので、何かしらトラウマができているのかもしれない。


「誰も攫わない代わりに遊びに来る約束だったけどー、忘れちゃった? 約束破ったならメッだぞー」


 勅使河原さんが「メッ」と共に金属バットをブンと振ったので、「メッ」ていうか「ッ」て感じの雰囲気になっていた。

 金属バットは、物理的な攻撃によって除霊をすることが多い勅使河原さんの文字通り相棒だ。いつの間にか車からなくなっていたと思ったら、ちゃっかり持ち歩いていたらしい。

 ごく普通のバットに見えるこれも、勅使河原さんによれば除霊用にカスタマイズされているようだ。鬼が怯えるのも無理はない。この金属バットで追い払えないのは、職務質問の警察官くらいだろう。


「えー? 勝手に入ってきたって何それー。ていうかそれ早乙女さんのスプレーじゃん。もぉ〜悪いことしたらメッって前々から言ってるしもうメッでいいかな?」

「勅使河原さん、それは私があげたやつなので見逃してあげてください」

「え? 早乙女さんが?」


 キョトンとした勅使河原さんが、私と鬼っぽい方を交互に見る。

 それから額に手をついて天を仰いだ。


「あー……あーあー!! なるほどね!!」

「あの、さっきまでここに男の子がいて、命より大事なものを渡すと帰してくれる的な流れで」

「ハイハイハイ、ていうか殺虫剤より命の方が大事でしょ早乙女さん! しっかりして!」

「でも場合によってはあれがないとむしろ死んだ方がいいくらいのときとかありますし……」

「うんごめんそうだった。じゃあ俺のやつ渡しとくね」


 勅使河原さんは懐に入れていたミニスプレー缶を私にくれた。優しい。


「ありがとうございます。来てくれるって信じてました」

「え、そう? そ、そりゃ俺は早乙女さんを助けるためなら何でもするから!」


 へへ、と勅使河原さんが照れたようにバットを振り回すと、何かがどぉんと転がっていった。今、当たったのでは。


「とにかく、早乙女さんが無事でよかった。全然気配掴めないし、電話通じたと思ったらなんか変なのに囲まれてるしで心配したんだよー」

「あ、あのときはありがとうございます。龍にお願いしたら大丈夫でした。屋根は大丈夫じゃなかったけど」

「屋根、また飛ばしたの?」

「すごく大きな日本家屋だったのに、べりっと」

「べりっとかぁ……うわぁ得意げな顔してる」


 空中を眺めた勅使河原さんが、半笑いになった。龍がドヤ顔をしながら揺れているようだ。


「とにかく、早乙女さんに何もなくてよかった。あ、座る? 色々あって疲れたでしょ」

「え、でも」

「あっちに座布団あるから。あ、そこ鬼倒れてるから気を付けて」


 俺も疲れたーと言いつつ、勅使河原さんは勝手知ったる様子で屋敷を進んでいく。私は指された場所を大きく跨いで、その後ろについていった。そうすると足音も後ろについてきた。

 勅使河原さんは迷いなく進み、部屋のひとつに入る。


 そこにあったのは座布団とちゃぶ台、そしてテレビとゲーム機だった。






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