かげのおり21
勅使河原さんは、落ちた瓦礫を足場にして顔を覗かせ、こちらを見上げて手を振った。
「早乙女さん、大丈夫?」
「そのセリフもうちょっと早く聞きたかったです」
どんどんパッ、のノリにノッているリズムと共に最後まで歌いきった後に気遣いを見せられても、どう受け止めればいいかわからない。楽しそうで何よりだ。幸いなのは、勅使河原さんがエアギターをしながら口でギュイーンとか言っていたので、浦上さんに襲われたらしいものの無事だということがイヤというほど伝わってきたことくらいだろうか。
ちなみにどんどんパッは勅使河原さんの歌と共に終了した。私の脳内には歌がリピートされているけれど、静かになってよかった。
「いやー、思ってたより元気そうでよかった。とりあえずその辺の火は消してくれるかな」
「勅使河原さんも元気そうでよかったんですけど、どうやって消すんですか」
「聖水あるでしょ」
「あ」
すっかり忘れていたけれど、バッグの中には水が入っていた。取り出して、火がついている木材にかける。シュウと音を立てて煙が出た。床と一緒に崩落した部分は、いい具合に潰されて消えたようだ。
「消えました」
「聖水のおかげだね。お祓い3大セット持っててよかったでしょ?」
「普通の水でも同じだと思います」
そんなことないよと主張する勅使河原さんの後方、穴を挟んだ向こう側で浦上さんが動く。その手に持っている角材を見て、私は叫んだ。
「勅使河原さん、危ない!!」
黒ずんだ角材がゆらりと振り上げられ、見えている勅使河原さんの頭目掛けて振り下ろされる。思わず息を呑んだけれど、勅使河原さんはくるりと振り向くと身軽にそれを避け、逆に角材を掴んで浦上さんを引っ張った。バランスを崩した浦上さんが勅使河原さんの横へと落ちていく。覗き込むと、浦上さんの体に足を乗せるようにして、勅使河原さんが腕を捻りながら押さえ込んでいた。
ホッとしたと同時に、私は惨状を見つける。
「勅使河原さん大怪我してるじゃないですか!!」
「ん? ああ、うん。頭痛いわー」
「わーじゃないですよ!!」
「あ、早乙女さん気を付けないと鉄骨で怪我するよ」
慌てて降りようとした私に呑気なことを言っている勅使河原さんの、その後頭部が真っ赤に染まっていた。
コンクリートの断面が剥き出しになった床に座って下に降りようとすると、立ち上がった勅使河原さんが手を貸してくれる。人に手を貸している場合じゃない。
「勅使河原さん、ケガ! 動かないでください!」
「あ、大丈夫大丈夫。もうけっこう血止まってるから」
「いや止まってませんし!!」
「あれ?」
不安定なガレキの上は、動くスペースがほとんどない。頼んで後ろを向いてもらうと、もじゃっとした勅使河原さんの髪の毛がぐっしょりと濡れていた。ハンカチを取り出して押さえると、いててと勅使河原さんが肩をすくめる。
「痛いですか? 救急車呼ばないと。あの、あんまり動かない方がいいんじゃ」
「大丈夫大丈夫、ちょっと切れてタンコブできたくらいだから」
「どこも大丈夫じゃないんですけど」
「あと警察は呼んだからね」
「いや救急車は」
勅使河原さん、頭を怪我しているくせに落ち着きすぎじゃないだろうか。どれだけの怪我かわかっていないのかもしれない。でもパニックになると血圧が下がったりしてよくないというし、あんまり指摘するのもよくないのだろうか。
とりあえず勅使河原さんにハンカチを渡して自分で押さえてもらい、座れる場所へと移動することにする。
「勅使河原さん、私に掴まってください。出口の方に移動しましょう」
「わーい」
「浦上さんは……」
肩を貸しつつ振り向くと、浦上さんはうつ伏せのまま動いていなかった。後ろに回した両手首がいつの間にか結束バンドで結ばれている。透明がかった白の結束バンドは幅が広いものだった。ちょうど人を拘束するのに向いているようなサイズだ。
私は勅使河原さんを見た。
「いやたまたま持ってただけだから! 怪しい目的じゃなくて!」
「まだ何も言ってませんけど」
「万が一のために持ってただけであって!」
「あんまり興奮しないでください」
浦上さんは顔を横に向けてこちらを見ていたけれど、何も喋らなかった。にこにこしているけれど、どこか上の空のように見える。様子は心配だけれど、両手を縛っていれば危険なことはしないだろう。
私は勅使河原さんを連れて部屋を出て、玄関に近いリビングへと戻る。
「勅使河原さん、このソファに座ってください。汚れてますけど崩れないと思います」
「ありがとー」
「気分は悪くないですか?」
「全然」
勅使河原さんは、1階を探索中に後ろから殴られたらしい。その場で気絶してしまったけれど、ほどなく目を覚ましたらしかった。そこで警察に連絡して浦上さんを追いかけようとしたらロックのリズムが始まり、テンションが上がっていたら天井が崩落してきたらしい。カオスすぎる。
「殴られたって説明したなら、救急車も来てくれそうですね。私ちょっと外の様子見てこようかな」
「あ、ちょっと待って」
勅使河原さんが立ち上がったので、私はその視線の先を見た。
「……木田さん」
部屋の入り口には、木田さんが無言で立っている。
カメラのレンズが私たちへと向けられていた。




