かげのおり22
カメラを構えているので、木田さんの表情は半分隠れている。しかし無表情なのだろうというのは、見えている部分だけでわかった。
最後まで普段通りの振る舞いに見えた浦上さんとは反対に、ぼんやりと動き、こちらに近付いてくる木田さんは、ただただカメラを回すことだけを考えているように見える。その様子に少しゾッとした。浦上さんよりも異様に感じる。
「さお……キツネちゃん、少し下がってて」
「いやキツネちゃん呼びはもういいですし。それより勅使河原さん、危ないですよ」
「大丈夫大丈夫」
立ち上がった勅使河原さんが押さえていた後頭部から手を外す。血まみれになったハンカチを袖に入れた後、無造作に木田さんへと近付いていった。
「はーい。もうカメラ切ってね。うちの助手撮っちゃダメ」
勅使河原さんが手を伸ばすと、途端に木田さんがさっと素早く動いた。カメラを取られないように逃げているようだ。機敏に下がりながらも、勅使河原さんのことを映している。何が彼をそこまで撮影に駆り立てるのか。
「もう、困るなあ……」
勅使河原さんが呟いたかと思うと、素早くしゃがみ込んだ。貧血で倒れたのかもと思ったけれど、次の瞬間に木田さんが倒れたのでそうじゃないとわかる。しゃがんだ状態から着物の裾を割って蹴りを繰り出し、木田さんを転ばせたようだ。木田さんが倒れると同時にガシャンとカメラが壊れたような音を立てた。
「はいはい大人しくしてねー」
胸元から結束バンドを取り出した勅使河原さんが、テキパキと木田さんの手足を拘束していく。それから落ちているカメラを持ち上げて首を傾げていた。
「まだ動いてる。最近の家電って頑丈だねー」
バイバイと手を振ってから電源を切ると、木田さんが抵抗するように体を捻っていた。血走った目が勅使河原さんの手にあるカメラに向いている。
「勅使河原さん大丈夫ですか」
「うん。平気平気」
「いえ平気ではないですよね。車戻りましょう。救急セットあるし」
「肩貸してくれるなら行こうかなー」
にこにこしている勅使河原さんは、後頭部にケガがあるとは思えないほど普通だった。肩を貸して車まで戻り、ガーゼで傷口を押さえてもらう。道の遠くの方に赤い光が見えたので、パトカーや救急車がすぐそこまで来ているようだ。
「……よく無事でしたね」
「日頃の行いだねー」
「浦上さんが勅使河原さんのことを殴ったって言ってたので心配しました」
私が言うと、勅使河原さんは微笑んだ。
「俺はむしろ、早乙女さんの方が心配だったけど。……怖かったでしょ」
「はい。心臓飛び出るかと思いました」
「なるべく安全なように動いたつもりだけど、ひとりきりにしてごめんね」
勅使河原さんの手が、私の手に重なった。温かい手は夏の夜にはちょっと暑いけれど、ぎゅっと握る手の感覚は心地いい。
「大丈夫です。意外と冷静に対処できましたから」
「早乙女さんはすごいなあ。でも無理しないでいいからね。イヤな思い出になったと思うし……つらいときは俺に頼って」
「はい。流石にあれは今思い出すだけでもゾッとします。あの脚の感じとか、なんかフサフサした表面とか」
「そうフサフサが……フサフサ?」
「あの足を素早く動かして逃げる動作がもう気持ち悪くて思い出すだけで死にそうです」
「ちょっと待って。早乙女さんと俺の思い浮かべてることがなんか違う気がする」
「うーこわい気持ち悪い。殺虫剤全部使い切りたいくらい。益虫って虫の時点で益ほぼないですよ」
「えー怖かったのそこ? そこなの?」
「だから廃墟ってほんと無理。世界中の廃墟なくなってほしい」
「おーい早乙女さーん」
それからパトカーがやってくるまでしばらくの間、勅使河原さんはゾワゾワしてきて腕をこする私を慰めてくれていた。ちょっと癒された。




