かげのおり10
「ってことで大人気の、っていったらアレだけど、殺人現場検証シリーズ! 今回のとこはね、前々からずっとやりたかったところで、ようやく来れたかって感じです」
無言で見ている私たちを気にせず、カメラのレンズに向かって明るく喋り続ける浦上さんは、素人の私から見てもなかなかすごかった。普通なら気まずさに視線を逸らしてみたり、話題探しに言葉が詰まったり、誰か他の人に相槌を求めたりしてしまいそうだ。浦上さんはまったくそんなそぶりもなく笑顔でトークをしていて、身振り手振りしているけれど落ち着きのない印象は与えず、言葉も抑揚がはっきりしていて聞き取りやすい。
人気MeTuberだと勅使河原さんが言っていたのも納得だ。
「で、今回は首都圏某所にある、連続殺人の現場になった住宅にお邪魔してます。この事件は10年くらいかな? けっこう前に起こったけど、かなり有名になったんで……」
具体的な地名などは伏せつつも、ここで実際に起こったという連続殺人事件について浦上さんが軽く説明をしていく。私は照明に虫が集まっているのが気になったので、今のうちに虫除けの重ね付けをしておくことにした。
シートタイプの虫除けは高いけれど、音も出なくてとても便利だ。そっと取り出して勅使河原さんに1枚渡しつつ、首の後ろや手などを重点的に拭いていく。夏の対策で何より重要なのは蚊除けだ。こまめに虫除けスプレーも使いつつ、刺されたあとは素早く処置をするほどかゆくないので薬も忘れてはいけない。斜めがけしているバッグには携帯用の小さいものしか入れていないけれど、バッグには大きいサイズのものと、蚊以外の虫刺されにも効くもの、ハチのような危ない虫に刺されたときに毒を吸い出すキットも救急セットに入っている。
浦上さんが説明を続ける中で、私はもう一度持ち物の確認をした。
「で、連続殺人犯は捕まった犯人だけじゃなくて、共犯者が捕まっていないっていう噂もかなり有名で。今回撮影するにあたってその噂について調べてみて、当時の裁判記録なんかも見てみたら……」
今日の現場は、見ているだけで気配が伝わってくるほどだ。
目の前にそびえ立つ廃墟の住宅は、案の定いい感じにボロボロ。崩れそうにはないけれど、ガラスに穴が空いていろんなものが入り放題になっていて、おまけに敷地には雑草だらけ。蚊だけでなく色んな虫が潜んでいそうなそうとう厳しい現場であることが見て取れる。
郊外で周囲にも緑が多いところは、大物が潜んでいる可能性も高い。十分用心していこう。
気を引き締めていると、虫除けシートで顔をペタペタ拭いていた勅使河原さんがそっと話しかけてきた。
「早乙女さん、大丈夫? 緊張してる?」
「いえ、大丈夫です。準備は万全です」
「うわぁ……今日はいっぱい持ってきたね」
「勅使河原さんも1本持っていってください。何が起こるかわかりません」
「早乙女さんって、見えないモノはどんなのでも怖がらないのに見えるものは5センチでも見逃さないよね……」
「5センチは大物の域ですよ勅使河原さん」
素早く手を伸ばせる斜めがけのバッグには、騒音防止にカバーをつけた殺虫スプレーの缶が6本ほど入っている。3種類を2本ずつ、車に置いているバッグにも予備があるので勅使河原さんと二手に分かれても十分だ。
勅使河原さんには小型のスプレーを渡していると、横瀬さんが私たちを見てそろそろだと合図した。
「だからここに肝試しに行くと帰ってこないっていう噂もあながち間違いじゃないかも……というわけで、今回は心霊だけじゃなく、人怖的なスポットなので、なるべく! なるべく最強のメンバーで行きたいということで、心強いゲストに来て頂きました!」
横瀬さんに頷かれた勅使河原さんが、息を吸ってカメラの前に躍り出る。
「どうもこんにちはー! 勅使河原事務所の勅使河原です!」
「すんごい元気に出てきてくれましたけども、お祓い関係ではこの人! っていう、もうかなり有名な勅使河原さんに来ていただきましたよろしくお願いします!」
わーいと言わんばかりの元気さで勅使河原さんが自己紹介をしたので、浦上さんも横瀬さんも笑い声をあげていた。
勅使河原さん、めちゃくちゃ楽しそうでよかった。
傍観していたら横瀬さんに早くと急かされ、私も勅使河原さんの横に並ぶことになってしまった。
「そしてこちらが! うちの有能な助手の! さ……キツネちゃんです!!」
「キツネちゃん! ほんとだキツネちゃんだ!」
いっそ下半分だけでなく、フルフェイスで顔を隠してくれる狐面がよかった気がする。
羞恥心を抑えつつ「こんにちは」と挨拶をした私は、眩しい照明のなかで色々と後悔した。




