かげのおり9
「早乙女さん、勅使河原さん、おはようございます」
「おはようございます」
夜なのに朝の挨拶をした浦上さんは、現場となる敷地の手前で既に準備を始めていた。マネージャーである横瀬さんが照明のスタンドを組み立てていて、もうひとりの男性はミニバンの後ろから荷物を取り出している。
夏の夜だというのに、浦上さんは涼しげな顔だ。服装も涼しさよりもオシャレを重視しているように見える。
「道わかりました?」
「ええ勿論。カーナビもあるので」
勅使河原さんが一歩進んで浦上さんと話をする。私は助手席に座っていただけなので道路事情について特に話すことはないため、横瀬さんたちに挨拶しておくことにした。
「今日はよろしくお願いします。何か手伝えることはありますか?」
「あ、大丈夫っす! えーと、もしよかったら音声マイク付けてもらえますか?」
「勅使河原さんたちに付けたらいいんですか?」
「いえ、助手さんも」
「私、別に喋らないと思うんですけど」
「一応で! 特に何もなかったら編集で丸ごとカットしますし!」
音声を拾いやすくするために、ビデオカメラ以外にマイクでも録音しているようだ。夜の撮影だからか照明も複数あるようだし、なかなかお金がかかっている。
横瀬さんに拝まれたのでマイクを付け、勅使河原さんたちにも渡す。小さなクリップで襟元にマイクを留め、小さな機械はジーンズのポケットへ。間のコードはシャツの下を通して隠すらしい。
「早乙女さんもマイクもらったんだ。スタッフTシャツと相まってなんかレポーターっぽいよ! ナイス助手感だよ!」
「褒めてるんですかそれ」
「ホントだ。早乙女さんピンク似合うんですね。Tシャツのデザインもいいな」
同じくマイクをつけた浦上さんがスタッフTシャツを褒めると、勅使河原さんがちょっと得意げな顔になった。横瀬さんともうひとりの人が着ているのは「ヤヒトチャンネル」のTシャツらしい。これは浦上さんの動画のページで視聴者も購入できるものなのだそうだ。他にもイベントがあるとグッズとしてデザインTシャツを作るという浦上さんを、勅使河原さんがしきりに羨ましそうにしていた。スタッフTシャツ作りが楽しかったらしい。
「じゃあそろそろ始めますー。改めて勅使河原さんとその助手さんにご挨拶しますねー。浦上と私横瀬、あとこっちは照明とか撮影補助の木田です」
「よろしくお願いします」
どちらかというとちょっとチャラい感じの浦上さんと横瀬さんに対し、木田さんは少し大人しい感じの雰囲気をした男性だった。中肉中背で、ヤヒトチャンネルのロゴが入った黒いTシャツに半袖チェックの前開きシャツを重ね着している。伊達じゃないメガネをした木田さんは、ちょっと猫背な姿勢で私たちに目礼した。
「まずこっち背景で後日配信分のオープニングトーク撮って、それから生配信の撮影しながら中入る感じで。中は廊下あるんで、そこまで入ってからそれぞれに分かれて探索って流れでいこうと思います。生配信はヤヒトのカメラで再集合のとこまでで。とりあえずそこまでで何か質問ありますか?」
「ないでーす」
「じゃあヤヒトそこ立って、勅使河原さんたちは紹介されたら入ってく感じで」
淡々と準備が進められ、浦上さんがまずひとりで廃墟となった住宅を背景に立つ。
淡々としすぎていて、誰一人私が着けている狐の鼻マスクをスルーしているほどだ。動画を配信してる人は、こんなことは日常茶飯事なのだろうか。
ホッとしたような逆にちょっと恥ずかしいような。私は微妙な気持ちでカメラを持つ横瀬さんの後ろに下がり、勅使河原さんと並んで撮影開始を見守った。
いきまーす、という気軽な声の数秒後、ライトに照らされた浦上さんが笑顔で喋り始めた。




