かげのおり8
依頼の電話を1本取り、資格の勉強をして勅使河原さんに地味な邪魔をされ、事務所を出て豆腐御膳を食べにいき、そして高速で県外へと車を走らせた。
「勅使河原さん、先週下見行ったんですよね? どうでした?」
「うーん、なんか、普通だった」
「普通の怨霊だった?」
「早乙女さん、慣れちゃう気持ちはわかるけど怨霊は普通じゃないからね」
サービスエリアで日が沈んで残り火のような夕空を見つつコーヒー休憩をしながら尋ねると、勅使河原さんはコーヒーの上のアイスをつつきながら首を捻った。
「いわくがいわくだし、そこそこ怨霊いるかなと思ったんだけどね」
「元神社跡で、殺人事件があったんでしたっけ」
「そうそう。連続殺人。でもさ、全然いなかったんだよね。霊が。気配もないの」
それは変だな、と思ってしまうのは、この職場に慣れすぎだろうか。
勅使河原さんの視ている世界というのは、私が見ているものよりも随分と賑やからしい。街のいたるところに霊はいるそうだ。道端に立っていたり、ウロウロと移動していたり、マンションについて入っていったり。1日のうち一度も霊の近くを通らないなんて逆に難しい、というのが勅使河原さんの弁だ。それを聞いたとき、私は「霊ってけっこう無害なんだな」と思った。普通の人にとっては、毎日そばにいても気付かない程度の存在なのだ。
お墓や踏切などは「出やすい」けれど、特に心霊スポットと呼ばれるところは集まりやすい。まず、荒廃して汚れているところは悪い霊が居座りやすい。そして霊を見たい、何かが起こるかもしれない、と期待している人に憑いてきた霊が心霊スポットに留まるので、さらに霊が集まっていく。
心霊スポットは、いわくがある、事件があった、という経歴は関係ない。ただの空き地でも、心霊スポットだと思われ続けるだけで自然とそうなってしまうのだそうだ。
だから有名な場所ほど、怨霊もそうでない幽霊も多い。どっちもいない心霊スポットというのは、今回が初めてだ。
「浦上さんとか、他の霊能者の人があらかじめお祓いしたんでしょうか?」
「それにしてはそんなにキレイじゃなかったけどなあ」
ここでいう「キレイ」は、物理的なことじゃなく霊とか気配とかそういう意味である。
お祓いをすると、空間がキレイになるらしい。それは現実の物体とはあんまり関係ないので、もし勅使河原さんが「さっぱりキレイだった」と言っても埃だらけで虫だらけ、ということもあるので油断は禁物だ。
「あんなに何もなかったら、動画撮っても何も起こらないし何も映らないんじゃないかなあ」
「そうなったらどうするんでしょうね。ヤラセはないって言ってましたけど、やっぱりちょっと細工したりするんでしょうか?」
「でもヤラセは霊の気配がないから見たら1発でバレるよ?」
「霊の気配がわかる視聴者はそんなにいないと思います」
撮れ高を気にする勅使河原さんが再びハンドルを握り、とっぷり日が暮れた頃に現場に到着した。時間の少し前だったので車の中で待とうかと話していると、バッグの中のスマホが震える。
「あ、浦上さんから連絡来ました。あっちももう到着してるみたいです」
「なんで俺より早乙女さんに連絡するわけ?! 俺に電話したらいいのに!」
「電話はバッテリー消費するからじゃないですか」
「早乙女さんは俺の助手なのに!」
「早く行きましょう」
「あ、待って早乙女さん」
勅使河原さんがめんどくさいことを言い出したので車から出ようとすると、後部座席から取り出したものを渡された。
ペールピンクのTシャツである。正面の中央に大きく、ハンコで見るようなわかりにくい謎の文字が銀色のラメで印刷されていた。裏には紺の文字で「勅使河原事務所STAFF」と書かれている。
「Mサイズでいい? ゆったり着たいならLもあるよ! 色違いもあるから持って帰って部屋着にしてもいいよ!」
「何枚作ったんですか」
まごうことなきスタッフTシャツだ。
後ろになんか小さめのダンボールが載ってるなと思ったら、Tシャツだった。
「これとホラ! マスクでプライバシーは万全だよ!」
「いやこれマスクっていうか……何ですかこれ」
顔を隠すためのマスクは、私は普通の使い捨て不織布マスクを想定していた。
けれど勅使河原さんが渡してきたのは、狐面の下半分だけを切り取ったみたいなものだった。ちょっととんがった鼻先に、筆で描き込まれたヒゲ。口角には赤い縁取りがある。
「……いえ、マスク持ってきたので」
「これイヤ? 一応、般若のやつも持ってきたんですけど」
「どっちのマスクもむしろ目立ち過ぎると思います」
「でもほら普通のマスクだと普段使うからバレるかもしれないし! 仮面に目がいって他の印象薄れるだろうし」
「えぇ……」
「これの方がいいよ! ね! ほら龍も頷いてる!」
なぜか必死な勅使河原さんに説得されて、私は狐のマスクをすることになった。作りがしっかりしていて結構重い。文句を言おうとしたら、勅使河原さんがニッコニコで頷いていた。グッとサムズアップされる。
……これ、勅使河原さんのただの趣味なのでは。
ほぼ確定な疑惑を持ちつつ、私は車のドアを開けた。




