これは私の除霊道具です
この大広間には窓がない。
扉が閉まっている今は、崩れて穴が空いたらしい奥の天井近くの壁からかすかに光が差し込むだけだった。
それなのに、ひんやりした風が吹き抜けたような気がして私は振り向く。
暗くてよく見えないせいだろうか。
床の黒いシミから、何かが浮かび上がっているような気がする。
……まさか大量の小型野生動物じゃないよね。
後退りすると、急に背後にあったドアノブがガチャガチャと激しくなった。
「ひっ」
流石にびっくりして飛び退くと、視界の端にやっぱり黒いものがいる気がする。それも、人間のような形をしたものが。
もしかして、本当に幽霊とか悪霊とか怨霊とかそういうやつがいるんだろうか。
ギシ……
「ひっ」
上の方からきしむような音が聞こえて、私は視線を上にあげた。
ぼろぼろになった天井のあたりから、ギイギイと低くきしむ音が複数、一定間隔で聞こえてくる。上の階を誰かが歩いている音だとか、金属が曲がるような音とはまた違ったような音だ。
そういえば、と余計なことを思い出してしまった。
このホテルでは、複数の首吊りが……
「早乙女さん!!」
「ヒャアアアア!!!」
突然勢いよくドアが開く。
入ってきたのはメガネを外した勅使河原さん、そして彼の手が持つ金属バット、それからその背後離れた場所にいる形容したくない野生の小型野生動物。
「て、勅使河原さ」
入ってきた勢いで中央近くまで走った勅使河原さんが、ぐっと止まって踏ん張る。それから叫び声を上げながら金属バットを両手で構え、思いっきり振り抜いた。
「悪霊、退散ッ!!!」
「えぇ……」
廊下から入り込んできた薄明かりの中で、勅使河原さんがバットに力を込める。するとまるで本当にバットに大きなものが当たったように暗闇が動いた気がした。その瞬間、この世のものとは思えない叫び声のようなものがあたりに響き渡った。
突然の断末魔にぞっと寒気が走ったはずが、私の体はふわりと温かく軽くなる。
「ん?!」
なんか私の体、発光してるんですけど。
スーツの胸元、ジャケットの合わせ目あたりのブラウスが眩しく輝いている。そしてその光が広間の中央、やや上の方へと伸びていった。ちょうど勅使河原さんがホームランした軌道を追いかけるように光の柱が伸びていく。暗いものに光が到達すると、より激しくなった断末魔は遠くに移動し、そして轟音と共に天井を突き破り、そしてその上にある天井も突き破り、さらに屋根も突き破った。3回の轟音がわんわんと広間に響く。
「何あれ……」
「あれが龍の力ですよ、早乙女さん」
「勅使河原さん!」
バットを持った勅使河原さんが、私に近付いてきて言った。
「1番の元凶な場所に近付いていくからどうなることかと思ったけど、さすが龍ですね。ほら、この地の悪いものが全部龍の勢いに巻き込まれて吸い上げられていく」
「いや、ちょっとよくわかんないんですけど……なんで金属バット持ってるんですか?」
「これは私の除霊道具です。素手で殴るより効きます」
「物理的に?」
「霊的にもです」
除霊は金属バットのようなもので殴打することで完遂できるようだ。相手は生きてないとはいえ物騒すぎやしないだろうか。
「ほら、見てください。綺麗に浄化されましたよ」
「……そうですか?」
勅使河原さんに促されて周囲を見回す。
ホテル内は大広間も廊下も相変わらず埃だらけだし小型の野生動物の気配らしきものはするし汚れもいっぱいあるけれど、差し込んでくる光はなんだか眩しくなった気がした。
そして何より、私にもわかるほどの大きな変化があった。




