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憑かれた私と怪しい男  作者: 夏野 夜子
第1章 憑かれてますよ

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青空が見えていた

「体が軽い!!」


 まるで元気一杯の小学生の頃のように体が軽い。

 重苦しかった肩も、圧迫されているような頭も、ギシギシ鳴る腰も、部位を意識しないと存在を忘れてしまいそうなほどに軽い。手足はぽかぽかと温まり、健康的な血流を感じる。


「勅使河原さん、肩に羽根が生えたように軽いです!」

「心霊スポットに似つかわしくない清々しいほどの満面の笑みですね早乙女さん」

「もしかして龍がいなくなったんですか?!」

「いえ龍は取り憑いたままです。でも今は早乙女さんを狙った怨霊にムカついたらしく、渾身の頭突きで悪いものをぶっ飛ばしている途中なので早乙女さんのところには尻尾しかいません」

「この隙にお祓いできませんか勅使河原さん」

「命が惜しいのでお断りします。ほら見てくださいあの穴。龍の怒りをまともに食らったら俺もああなるんですよ」


 勅使河原さんが指した天井の穴からは青空が見えていた。さっきまで薄曇りだったはずなのに綺麗に晴れたようだ。

 いくら廃墟の天井とはいえ、何もないのにピンポイントで穴が空いたというのは流石に不自然だ。私の体の軽さを考えると、非現実的だけれど、勅使河原さんの言う通りに龍というのがいて、さっきの眩しい光それだったという説は正しいのかもしれない。


「目に見えないのに、物理的なものに干渉できるんですね」

「怨霊もそうですよ。さっきドアを閉めて閉じ込められたりしていたでしょう。強い念があるものは、たとえ肉体がなくても強い力を持つものなんです」

「え? さっきドア閉めてくれたの勅使河原さんじゃないんですか?」

「違います。私が外から両開きのドアを閉めたなら、早乙女さんは私の姿を見てるはずですよね」


 思い返してみれば、確かにあのとき勅使河原さんの姿は見ていない。私は真正面に大きな白いアレを見ていたのだから、姿を隠してドアを閉めると片方しか閉められないはずだ。

 あのとき、両開きの扉は同じタイミング、同じ速さで閉じられた。例え勅使河原さんの姿が見えていたとしても、全開の状況から一気に閉めるには手の長さが足りない。

 つまりドアを閉めたのは、怨霊だか何だかだったのだ。


「私が虫を怖がってたから閉めてくれたのかな。怨霊っていっても優しいところもあったんですね」

「いやあれは呪い殺……まあ、早乙女さんのそういう謎にポジティブなところ、いいと思います」

「ここにいた霊も成仏するといいですね」

「たぶん強制的にそうなると思います。早乙女さんのおかげですね」


 ありがとうございますと勅使河原さんが私にお礼を言う。


「私は何もしてないんですけど」

「早乙女さんがいてくれたおかげで、ここの穢れもこの地に囚われていた怨霊も一気に引き剥がされました。俺のような人間ごときがやろうとすると、どうしてもチマチマ剥がすことになるし、そうなると怨霊もジワジワ苦しんだはずです」


 このホテルは広い。満員電車並みに霊がひしめいていたのであれば、勅使河原さんひとりだとさすがに大変だったのかもしれない。


「ここにいたものもかつて同じ人間だった相手なのですから、なるべく楽にしてあげたいですしね」

「その割には蹴ったりバットでフルスイングしてましたよね」

「怨霊は結構しつこいので。まあ、早乙女さんの調子もよくなったようでよかったです。あんな強いものが四六時中張り付いていたら大変だったでしょう」

「この状態が真の健康なんだなって実感してます」


 勅使河原さんによると、私に取り憑いた龍は四六時中私のそばにいるがために、その強い力がどんどん私の周りに停滞していたらしい。周囲に強い力が充満していると悪いものや人は寄ってこないけれど、強すぎたせいでその中心にいる私も息苦しくなっていたそうだ。

 その溜まっていた力が怨霊掃除に使われたので力が流動的に動き、そのせいで体の調子も一気に良くなったようだ。


「ほら見てください早乙女さん。龍の力が強すぎてこのホテル全体が震えるほどです」

「ほどっていうか、震えてませんか勅使河原さん」

「……震えてますね」

「なんか瓦礫落ちてきてるんですけど」


 ふたりで眺めた天井の穴、その周囲がパラパラと崩れてきている。

 物理的に干渉できるほどの強い力に、廃墟は耐え切れるのだろうか。

 ていうかなんかむき出しの柱がギイギイ音を立てている。


「……」

「……」


 私と勅使河原さんは顔を見合わせ、そして全速力で走り出した。

 走っても走っても体が軽く、私は多分短距離走の自己記録を更新した。






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