第二百五十七話 悩みがあるときって他のこと全然手に付かない人とむしろ他の事ばっかり気に掛ける人、いるよね。
「本当に大丈夫なのかよ?」
「大丈夫…つーよりも、仕方ないって感じだ……納得はできてないけど」
案ずるセドリックに、溜息をつくマグノリア。
帰国の途につく使節団の隊列から、何故かマグノリアとハルトは外れていた。
帝国の感謝祭はまだ続く。だが使節団はそのために派遣されたわけではなく、その目的である調印と各種協議が終了した今、これ以上帝国に留まることはできない。
その出国の日が、今日である。
しかし、ハルトとマグノリア、アデリーンは帝国に残ることになった。それは別に彼女らの希望というわけではなく(ハルトはメルセデスのいるらしい帝国を出たがらなかったが)、教皇からそのような指示があったからだ。
「アタシらが残ったって、何が出来るってわけじゃないと思うんだけどな」
「まぁ…聖下には聖下のお考えがあるんだろ」
帰国日が近づいて、マグノリアは胸を撫で下ろしていた。
妙な企みが水面下で跋扈している帝国になんて長居したくない。魔獣襲撃も精霊襲撃も皇帝派と貴族派の対立も市民団体の活動も帝国の問題であり、自分たちには無関係なのだ。
だからやることやって帰る日が来たらはいサヨナラ後はヨロシク、と去るつもり満々だったのに。
教皇から、もう少し帝国に留まって様子を見るように、との指示が下されてしまった。
セドリックにもぼやいたとおり、帝国に残ったからといってマグノリアに出来ることなどない。
襲撃事件の犯人捜しは帝国の捜査機関の仕事だし、皇帝派と貴族派の悶着はそれこそ外部(のしかも平民)が口を出すことじゃない。市民団体だって反対してるのは帝国の魔王崇拝なんだからそっちで勝手にやってくれ、と言いたい。
実際、マグノリアたちに捜査権限なんて与えられていない。与えられたって困る。教皇もそして皇帝も彼女らにそんなことは期待していないだろう。
なら、彼女たちに求められている役回りとは何なのか。
……そんなの、いざというときの為の腕っぷし要員、に決まってる。
セドリックはサイーア公国から派遣された使節団の責任者なので、帝国に残るわけにはいかない。
遠ざかっていく隊列を見送りながら、マグノリアは誰かを羨むなんて一体どれだけぶりだろうかと鬱々していた。
そんな師匠の心弟子知らず。
「それで、師匠!今日はギルド行くんですよね!」
ハルトは意気込んでいる。今までのようにはしゃいでいるのとは少し違う。メルセデスに会いたいという気持ちは変わらないのだが、そこに「彼女を助けなきゃ」という思いが加わっているために無邪気にはしゃぐことはいくらハルトでもできないのだ。
尤も、メルセデスに助けが必要なのか彼女がそれをハルトに求めているかについては、限りなく疑わしい。
「今はまだ動くときじゃない。城で大人しくしてろ」
「……えーーーー」
マグノリアとしては、今も何もハルトを動かすつもりはない。相手の狙いがハルトであろうとなかろうと、ハルトが動いて状況が良くなる見込みなど皆無なのだ。それどころか、おそらく…否間違いなく悪化の一途を辿る。それも劇的に。
なので、帝国やエルネストやレオニールが何とか事態を収めてくれるまでは、ハルトを上手く誤魔化しつつ宥めすかしつつ時間を稼ぐ所存。
問題は、いつまで時間を稼げるか。
何しろ、
「今はって、それじゃどうするんですかメルを早く天使の魔の手から救い出さないといけないんですよ!!」
ハルトは憤慨している。天使の魔の手ってなんだそりゃ。
…にしても、ハルトは昨日の今日で忘れてしまったのだろうか。
「あのな、昨日も言っただろ。お前が下手に動いて天使たちに正体がバレたりしたら、メルセデスの身に危険が及ぶんだぞ。だから動くのはお前じゃなくて、エルネストとかレオニールだ。お前が動くのは最後の最後、それこそ最終決戦くらいな気持ちでいろ」
「……けど、メルはボクのことを待って…」
「待ってない待ってない」
「…………師匠ヒドイです」
そう言いつつも昨日の「破門」が怖かったのかハルトはそれ以上食い下がらなかった。大人しくマグノリアについて城に戻る。
「あれ、そういえばアデルさんは?」
「あいつはまだ寝てるよ。帝国居残り組だって聞いた途端、部屋に引き籠りやがった」
結局、昨日の祭も部屋に籠っていて参加していなかったらしい。てっきりアデリーンはラーシュとお祭りデートをしていたかと(なぜか)期待していたハルトはそれを聞かされて肩を落としていた。他人の恋路に興味持ってる場合か。
「それじゃ師匠、ボクはここで何してればいいんですか?」
「あーーーーー…そうだなぁ……」
問われて困るマグノリア。本音を言えば、アデリーンのように何もせずに部屋に引き籠っていてほしい。ハルトにウロチョロされても邪魔なだけだ。
…が、それをそのまま告げるのも憚られる。
憚られる……のだが。
「いや、お前はしばらく部屋で大人しくしてろ。他の連中の邪魔はすんなよ」
「………師匠ボクのことなんだと思ってます?」
それ以外に言いようのないマグノリアだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆
帝国の冬の始まりを告げる感謝祭は、まだ一週間ほど続く。それに合わせて皇城でも夜会や舞踏会や晩餐会が連日のように開かれることになっていて、皇帝は当然かのようにハルトに出席を求めた。
のだが、ハルトはそれらを軒並み断ってしまった。
「良かったのか、ハルト?皇帝陛下、しょげてたぞ」
傍から見てもハルトに断られて凹む皇帝の姿は哀れそのものだった。
「別にいいですよ。なんでボクが皇帝さんを喜ばせなくちゃいけないんですか」
「お…おう、そうだな……」
たまに冷たいハルトである。
「だってパーティーなんて出たって知らない人ばっかりですもん。それよりボク、お祭りに行きたいんです」
「え…祭って……城下に?」
「はい!」
元気よく頷くハルトに、マグノリアは戸惑った。
祭に乗じてメルセデス捜しをしてやろうと考えている…わけではなさそうだ。今のハルトから漂ってきているのは「お祭り楽しみ♪」なオーラのみ。
あれだけ惚れた相手(ハルト曰く運命の絆)のことを心配してたくせに、関係ないところで楽しむ余裕はあるわけか。
「ってお前、メルセデスのことが心配じゃないのかよ」
「そりゃ心配ですよ。けど、師匠が大人しくしとけって言ったんじゃないですか」
だから思わずそんな意地悪を言ってしまったのだが、ハルトはサラリと返してきた。
ハルトにとってメルセデスが重要な存在であることは、間違いない。たとえそれが勘違いの暴走から始まった感情だとしても、ハルトはメルセデスに会いたい一心で多くの試練を乗り越えてきたのだ。その想いが中途半端なものではないことくらい、傍らで見ていたマグノリアにも分かる。
分からないのが、このハルトの割り切りっぷり。
以前から、普段は情に厚いくせに時折冷淡な一面を覗かせることがあると思っていたが、この二面性はやはり魔王の後継ゆえの特性とかそういう感じなのだろうか。
「まぁ…そりゃ言ったけど………城下かぁ……」
「……ダメですか?」
久々の上目遣いウルルン攻撃に、グラリときてしまうマグノリア。最近、これ分かっててやってるんだろうなーと思わなくもない。
「うーん……いや、少しくらいなら……」
自分から危険に突っ込んでいくのでなければ、城にいても城下にいてもそこまで変わらないだろう。
寧ろ、不特定多数の人の群れに紛れてしまった方がいいかもしれない。
マグノリアは、敵の狙いがハルトの暗殺とかそういうものではないと思っている。もしそうであれば、今まで何もなかったことはおかしい。
なので気を付けるべきは、敵と帝国上層部とのゴタゴタに巻き込まれないようにすること。
「行ってもいいですか!?」
「んー、まぁ、羽目を外しすぎなきゃ、な。あと、アタシから離れるんじゃねーぞ」
それと、ハルトが迷子にならないように、という点である。
「はい、分かりました!」
はしゃぐハルトを見ていると、本当に今の事態が分かってるのか不安でならない。
自分は悩み事があると他のこと全然手に付かなくなるタイプです。考え込んでても何の意味もないし解決にもならないのに、悶々と考えちゃう。その間は食欲もなくなるしストレスフルだし趣味にも没頭できないし遊びに行く気力も湧かないし、自分のそういうところ直したいんですけどねー。けど睡眠だけはばっちり取れてる不思議。




