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第二百五十六話 他人に任せるって難しい。





 「陛下、よろしかったのですか?」

 観測装置“天の眼地の手ユニヴェリアヌス”から出てきた魔王に、すぐ傍らに控えていたルガイア=マウレが訊ねた。


 「へ?よろしかったって……何が?」

 霊脈のかなり深いところまで潜っていたためか、魔王はまだどこか完全に覚醒しきっていない。どことなく気だるげな口調は、魔界を統べ世界の管理を担う神の一柱というより何処にでもいる平凡な青少年のような無防備さを見せていた。



 ここは、魔界。かつて世界の掃き溜めと呼ばれていた場所。そして今もなお多くからそう呼ばれている場所。しかして実態は、創世神の消滅したこの世界に楔を打ち込む場所。



 「弟のことです。ギーヴレイ殿の代理をしていたエルネストを地上界に送ってしまって、大丈夫なのですか?」

 ルガイアは魔王を魂の芯から崇敬しきっているが、同時にその()()()()にも気付いている。魔族たちがみな魔王を完全無比の存在と誤認しその判断に全幅の信頼を置く中で彼と彼の弟が色眼鏡なしに魔王を認識できているのは、彼らがかつて魔王に敵対しそして今や最も近しい眷属となっているから…だろうか。

 

 「んーーー、大丈夫かどうかって聞かれれば、正直あんま大丈夫でもないんだけど…」

 魔王もまた、自分に連なるマウレ兄弟には他の臣下よりも気楽に素を晒すことができるようだ。

 「けど、適任者って思ったより少ないんだよなー。天界がごたついてる以上、ルクレティウスには魔界ここにいてもらわなきゃだし、イオニセスには向いてなさそうだし、事情を知ってて任せられるのってお前ら兄弟くらいだけど……」

 魔界には多くの魔族が住み、魔王には多くの臣下が仕えている。だが、ハルトを取り巻く状況を把握しハルトの立場を考慮し同じく地上界の状況や立場まで慮った上で逐一指示を出さなくても動けて…或いは逐一指示を出すのが容易で…一定以上の非常事態にも対応できる臣下となると、非常に限られてくるのだ。

 その代表格が、魔王の便利屋マウレ兄弟…なのだが。

 「だけどルガイアお前、ハルトに嫌われてるじゃん」

 「…………………」


 魔王復活の一件で、ハルトは一部の魔族に不信感を抱いてしまった。実を言うとその不信リストの()()()()に名前が載っているのは他でもない魔王本人だったりするのだが、自分のことを棚上げした指摘にルガイアは反論一つしない。それを口にするのは主君に対し不遜であるしそれを口にしたら主君が可哀そうだしそれを口にしても主君は多分変わらないだろうから、諸々を腹にしっかり落とし込んで分を弁えているルガイアは弟と違って魔王を追及して遊んだりはしないのだ。



 「しかしこれでは、陛下のご負担が増すばかりかと」

 ルガイアの懸念はそこだ。

 魔王はお世辞にも、キャパの大きい魔王ではない。いや、存在的に能力的には望むこと全てを即座に実現できるほどのキャパシティーを有しているはずなのだが、その精神性に些か不安が。

 世界に対する責任感は強い…というか世界に対し責任を持てるのは今はもう魔王だけなので()()に関しては任せるしかないのだが、下手に無理をした挙句に爆発されると非常に困る。


 「あー…うん、それはまぁ、うん、負担は……あるけど」

 最近の魔王は変に格好つけたり瘦せ我慢をしたりはせず自分に素直なのだが。

 「………本音を言うとグリードあたりに業務手伝ってもらいたい気持ちはある」

 「流石にそれは駄目でしょう」

 魔王業務を廉族れんぞく…しかも一応は敵対宗教となっているルーディア聖教の教皇に任せるとか、いくらなんでもナシである。

 

 ルガイアにビシリと言われて肩を落とす魔王。この人何でも自分で抱え込む系のくせに変なとこ他力本願だよな、とルガイアは思ったが口には出さない。


 「だよなぁ。となると、エルネストに行ってもらうのが一番かなーって」

 魔王はそう言ってから、ハッとしたように動きを止めた。

 「……陛下?」

 「そっか………寧ろ、エルネストにこっち残ってもらって()()地上界行くって手もあったんじゃ!?」

 「…………………」

 口には出さなかったが、溜息は漏れた。



◆◆◆◆




 「それはさておき。グリューファスから何か追加で連絡あったか?」

 「経過報告はございましたが、目新しい情報はございませんでした」


 理の修復だけでも大仕事だが、宰相も宰相代理も不在ならば誰かがそっちの仕事もこなさなければならない。この場合、それは当然のことながら魔王の仕事である。

 ので、執務室へ向かいながらルガイアは報告を行う。


 「奴らの動きは、皇天使でさえも掴みきれていないようです。もしかすると、地上界を中心に動いている可能性も考慮した方がよろしいかと」

 「地上界、ねぇ。天使が地上界に来たがるものかな」

 基本的に天使族は天界から出たがらない。天地大戦の最中でさえ戦況が悪化しない限りは精霊や幻獣、そして駒扱いの廉族れんぞくを尖兵としていた。

 「陛下がお目覚めになられ、皇天使が魔界われらと敵対する姿勢を見せないのであれば、下らぬ自尊心に拘る余裕はありますまい」

 「背に腹は…ってやつか。“蜘蛛”からは何か?」

 “戸裏の蜘蛛アラクニール”は魔王直属の隠密集団であり、ルガイアはそこに属している。

 「先日、イルシュ王国で妙な騒ぎがあったそうです」

 「妙な騒ぎ?」

 イルシュ王国とは、タレイラのあるサイーア公国、ルーディア聖教総本山ルシア・デ・アルシェのある神聖皇国ロゼ・マリスと国境を接する小国だ。

 「一部の住民が、天使を見たと教会に殺到したということです」

 「……イルシュに?グラン=ヴェルじゃなくて?」

 魔王は首を傾げる。その騒ぎ…天使の目撃証言が真実だったとして、決して大国とは言えないイルシュに何故天使が降りたのか。

 「確かあそこにはアルブラが…けど今さら聖骸地っつっても意味ないし……それともイルシュを傀儡にでもして足がかりに…とか…?」

 「ルーディア聖教の教皇も、同じ情報を伝えてきました。信憑性は高いかと」

 魔王が“天の眼地の手ユニヴェリアヌス”に籠っている間、表向きの執務は文官トップの大臣たちか武官トップの武王らが担っている。が、“戸裏の蜘蛛アラクニール”と地上界から上がってくる情報を管轄するのはルガイアだ。


 「そうか。グリードも同じこと言ってるなら、間違いなさそうだな」

 魔王の眼がスッと細められた。それだけで、ルガイアの全身に緊張が走る。魔王がこういう支配者の顔を見せるとき、魔族たちはみな畏怖の感情に支配される。

 「ルガイア、イルシュに“蜘蛛”を向かわせろ。どんな些細な情報でも構わない、緊急性によっては俺が“天の眼地の手ユニヴェリアヌス”に籠ってるときでもいいからすぐに呼び戻せ。それと、同じ情報をグリードにも回しておけ。あいつからの指示があるようなら従うように」

 「……承知いたしました」


 だから、こうして普段は軽佻浮薄気味な主君がリーダーシップを発揮してテキパキと命令を下してくれるのは嬉しい限りなのだが、同時に廉族れんぞくの教皇でしかないグリード=ハイデマンに全幅の信頼を寄せているのを見せられると、何とも複雑な気持ちになるのだった。





 

 

久々の魔王サン。普段はアレですけどきちんと仕事はしてるんです。普段はアレですけど。

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