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第二百五十五話 正義って口に出すと途端に胡散臭くなるのなんでだろう。





 そこは、何の変哲もない民家に見えた。

 帝都ヴァシリーサの平民街の中でもごくごく平均的な階級の人々が多く住まう地区。表通りは整然としているが一歩裏へ入れば雑多な生活臭が充満する街。

 その一角に建つ一件の民家は、登記上は細工物の商いを営んでいる夫婦ものの所有だ。しかし、実際にここには細工物の商いを営む夫婦など住んでいない。

 

 外から見れば普通の民家なのだが、その家の塀に囲まれた庭の裏手にある小さな物置小屋には地下に繋がる階段が隠されている。

 その地下室に、暗闇の中帰ってきた二人がいた。


 既に陽は完全に暮れている。少し前まで夜空を明るく染めていた花火も、もう終わった。今は祭の喧騒の名残が遠くから風に乗って届くくらいで、住宅街はすっかり静寂を取り戻している。

 

 暗闇の中で階段を降り、地下室に入って扉を閉めてから初めて、彼女は明かりを点けた。

 

 「追っては…きていないようですね」

 少年が、ほっと胸をなでおろしながら溜息と共に漏らした。その顔色が悪いのは暗い照明のせいだけではない。

 「あの妙な着ぐるみ……ゼイラル様は魔族と仰ってましたが、本当なんでしょうか…?」

 「それは間違いないと思いますよー。そうじゃなければ、天使様を負かすだなんて考えられませんし」


 這う這うの体で逃げてきたテオ=アルトゥリオとメルセデス=ラファティは、つい先ほどまで目の当たりにしていた光景に首を傾げた。


 「しかし、何故あのような恰好を…?」

 「さぁ?趣味なんじゃないでしょうか」


 ここに、レオニールの体面を守ってくれる者はいない。


 「恰好は間抜けでしたけど、きっとかなりの高位魔族でしょう。これほどに魔界の侵略を許してしまってるだなんて……」

 テオは拳を握りしめて憤った。

 魔族が入り込んでいるということは、彼らも予想していたことではあった。しかし神の御遣いである天使を殺せるほどの高位体だとは想定外だった。

 「おそらく、皇帝は完全に奴らの傀儡と成り果てている…」

 「そりゃあ、魔王が復活した以上はそうでしょうねー。もともとここの皇帝は魔王崇拝者なんですし」

 自分もその場にいたくせに物凄く他人事のように話すメルセデスではあるが、

 「…やはり、復活を阻止できなかったのが痛かったです。或いは、あそこで魔王を滅することができていればこんなことにもならなかったでしょうし」

 それなりに、責任は感じているようだった…その割に声も表情もぽややんとしているが。

 

 「それで、結局はどうなったんでしょうねぇ?連中の()()は阻止できたんでしょうか」

 メルセデスはそう言った直後、表情を全く変えずにいきなり剣を抜き放った。

 急なことに驚くテオには目もくれず、扉の方を見つめている。

 

 「それについては心配いらないよ。僕がこの目できちんと確認しておいたから」

 返答は、扉の向こう側から聞こえてきた。その声を聞いた途端、メルセデスは扉へ向けていた剣を下ろす。

 「あの…半端に気配を断って近づかないでもらえますか、ラス?」

 

 メルセデスが剣を鞘に収めるのと同時に開いた扉から入ってきたのは、彼らの頼もしい仲間であるラス=クーリェだった。

 メルセデスも大概ぽややんとした表情を変えないが、ラスもまた爽やかなイケメンスマイルをほとんど崩さない。今も、暗い室内が真昼並みに明るくなるかのような爽やかさで登場だ。



 「彼らが祭の陰で行おうとしていた儀式は、炎霊のおかげで無事に阻止できた。ただ、その代償なのか炎霊も消滅してしまったのだけれど……ところで、ゼイラル様は?」

 それほど広くない地下室の中をキョロキョロ見回しながら、ラスは問う。テオと目が合うと、

 「……ゼイラル様は…お亡くなりになりました。悪しき魔族の妨害を受けながら、それでも目的を果たさんとご自分の命を犠牲にして…精霊の召喚を……」

 悲痛な表情で俯くテオを見て、ラスもまた痛ましげな顔でテオの肩に手を置いた。

 「そうか……崇高な使命のためにご自分を捧げられたんだね、ゼイラル様は。きっとあの方は創世神の御許へ還られたんだろう」

 それから顔を上げると、テオとメルセデスの二人を交互に見遣って無理矢理に笑顔をつくってみせる。

 「こんなことを言ってはいけないかもしれないけど……君たちだけでも無事でいてくれて、本当に良かった」


 その言葉に、とうとうテオの涙腺が決壊した。

 声を上げることはなく、肩を震わせ嗚咽を漏らさんと歯を食いしばるテオを、ラスは強く抱き締めた。

 さらにメルセデスにも手を伸ばそうとして…全く目も潤んでいなければ唇も震えていないし何だったら男泣きするテオに冷めた眼差しさえ向けている彼女を見て、その手を引っ込めた。



 テオ少年の嗚咽が止まるのを待って、二人はラスに事の顛末を報告した。

 魔族の妨害があったこと。その魔族は、珍妙な恰好(着ぐるみ)をしていたこと。その間抜けな姿に似合わず恐ろしいまでの強さだったこと。自分たちも殺されそうになったがゼイラルの捨て身により逃げるチャンスを得られたこと。


 ラスは二人の報告を聞いている間、ずっと無言だった。

 そして報告が終わると、力強く頷いた。

 「二人とも、本当にご苦労さま。大変な役目を負わせてしまって申し訳なかった。だけどこれで、皇帝の悪事は一つ潰えた。ゼイラル様はいなくなってしまったけど、これはあの方が与えてくれた僕たちの勝利だ」

 その笑顔に力づけられて、テオ少年の涙は完全に止まった。


 「ゼイラル様は、何か仰っていなかっただろうか。あの方の他に僕たちにお力添えいただけるような方のことは?」

 尋ねるラスに、テオは首を横に振る。

 「いえ、それについては何も…」

 「でも、どなたかはいらっしゃるんじゃないですか?魔王の傀儡を排除するためなんですから、私たちの味方がゼイラル様だけということはないと思いますー」

 メルセデスは淡々と話すのだが、テオはその言葉を聞いて再び目を潤ませた。

 「そう…ですよね。きっと、ゼイラル様のご遺志を継いでくださる方が私たちをお導きくださるに違いありません」

 このまま放っておくとまた大決壊しそうなテオなので、ラスはその肩をポンポンと軽く叩いて空気を和ませた。

 「そのとおりさ!大丈夫、光は僕たちと共にある。正しい道さえ見失わなければ、僕たちの未来は必ず開かれる。この先の道はまだ険しいけど、一つ一つ乗り越えていこう。そうすれば、勝利するのは僕たち正義だ」



 揺らがない眼差しと声で宣言するラスの姿は、崇高な信仰を抱く殉教者にも、確固たる信念の下で立ち上がる革命者にも、そしてそれらを演じる道化のようにも見えた。







ラスがいよいよ怪しげです。

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