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第二百五十三話 憶測だけで物を言う人ってなんでか自信満々で断言するよね。




 話が脱線しがちである。

 問題が問題なので致し方ない部分もあるのだが、そろそろ先へ進んだ方がいいだろう。


 何せ、ハルトが何だか眠そうな感じになっている。



 「それで、さっきアタシらを襲ってきた精霊が天使の仕業ってことは、やっぱり…ハルトが狙いなのか?」

 天使といえば魔族の敵。魔王の息子であるハルトが天使から目の敵にされていたって驚くことはない。

 …とマグノリアは思ったのだが。


 「さぁ…それはどうなんでしょう?」

 エルネストは、懐疑的だ。

 「仮に連中が殿下のことを察知していたとしたら、あんなものじゃ済まないでしょうし」

 「あんなものって…十分に物騒だったじゃねーか」

 と口を挟んだのはセドリック。防護障壁がなくそしてエルネストが来なければ、巻き添えでエライことになっていたかもしれないのだ。


 「あれが物騒、ですか?」

 認識の違いが面白かったのか、エルネストはくすっと笑った。

 「連中は、かつて魔王陛下が懇意にしておられる者たちを害するためだけに一つの都市を壊滅させたんですよ」

 その言葉に、セドリックとマグノリアは絶句した。改めて自分たちがどういう状況に巻き込まれているのか恐ろしくなったのだ。

 「まぁ天界の総意からは外れている者たちですのでそこまで大きく動くことも難しいのでしょうが、ハルト殿下を害するためというにはしょぼすぎましたよね、あれ」

 ()()をしょぼいと表現され、また別の意味で絶句する二人。

 

 「まぁそれはそれで、だったら何の目的だったのかという問題が上がるんですけど、流石にそこまでは。レオニール殿が聞き出してくれていればと思うんですけど……精霊召喚を見逃してしまったということは、そこのあたりもあまり期待しない方がよさそうですね」

 なんだかレオニールにはやけに手厳しいエルネストである。


 「少なくとも今分かっているのは、一部の天使が魔界との不干渉条約を反故にして地上界で何やらを企んでいるということ。そしてこの帝国に彼らに協力する廉族れんぞくがいるということ、です」

 「……………」

 黙りこくったマグノリアの僅かな表情の揺らぎを、エルネストは見逃さなかった。

 「その廉族れんぞくに、何か心当たりでも?」

 「ん?いや……別に、心当たりっていうほどじゃない……根拠どころか気のせいかもしれないし…」

 マグノリアが言い淀んだのは、憶測で物を言うことを好まないからというだけではない。これを深く追及すると、彼女のバカ弟子にとって非情な事態になりかねないからだ。


 「気のせいでもいいので情報をいただけますか?何しろ私、ここに来たばかりですので。どんな些細なことでもいいので手掛かりがあれば助かります」

 「……………えっと…」

 しかしエルネストは容赦してくれそうになかった。


 マグノリアはしばし迷った。

 ここで頑なに自分の憶測を話すまいとすることは…おそらくだが不可能ではない。これまた根拠もない話だが、彼女が明白に魔界に敵対する姿勢を取らなければ、エルネストが彼女を害することはないだろう。

 しかし、ここで黙していても事態の解決には繋がらないのも確か。

 それならば…


 「言っとくが、本当にただの憶測だからな。気のせいかもしれないんだからな」

 「はいはい、分かりましたよ。気のせいでもいいので何を思ったのか教えてください」

 慎重なマグノリアに、エルネストは苦笑した。彼には慎重にならざるを得ない廉族れんぞくの気持ちなんて分からないに違いない。


 「アタシは……その天使が繋がってる廉族れんぞくってのは、この国の魔王崇拝に反対してる奴ら…だと思ってる」

 「………ふむ」

 マグノリアの言葉に、エルネストは僅かに眉をひそめた。魔王崇拝に反対する…則ち魔王を否定する者たちの存在は、魔族からすれば気に食わないということだろうか。

 「根拠はないと仰いましたが、何故そう考えたのかはお聞きしても?」

 「えっと……実は帝国に来てすぐのときにも、同じようなことがあったんだ」


 マグノリアは説明した。

 調印式での魔獣襲撃事件のこと。皇帝派と貴族派の諍いのこと。ハルトに接触を図った「市民団体」のこと。

 メルセデスの名前だけは伏せておいたが、彼女のことを知らないエルネストはそこには気づかないだろう。


 「なるほど。皇城へ侵入してまで殿下への謁見を求めた…と。確かに並みの覚悟ではありませんねぇ。それで貴女は、その市民団体とやらが天使と通じていると考えているわけですね?」

 「謁見て。…まぁ、可能性で言や貴族派連中の仕業もなくはないんだけど、つか魔獣襲撃のときはそっちの方が怪しいんじゃないかって思ってたんだけどさ」

 調印式で襲ってきたのは、帝国の人造魔獣計画により生み出された合成獣だった。それは帝国内でも限られた者しか知らない存在であり、だからこそ貴族派を擁する旧来の大貴族辺りが犯人の最有力候補だった。 

 おそらく皇帝もそう考えて捜査を進めていたのだろう。しかし、現在もなお犯人は特定できていない。


 「ただ、貴族派が天使と繋がってるってのは…なんつーか、こう…なんか違う感じがするんだよな」

 調印式を妨害するにしても、帝国上層部しか知らない合成獣を使ったりなんかしてまるで自分たちが犯人ですと言ってるようなもの。はたして、権謀術数渦巻く貴族社会を生き抜いてきた海千山千の連中が、そんなお粗末をするだろうか。

 …というだけのことではなく。

 「貴族派ってのは、改革者じゃないだろ?連中の狙いは、皇帝の力を削いで自分たちに都合のいい社会を作ることだし」


 皇帝派・貴族派といった派閥やそれらの争いといったものは、大抵そのために勃発する。

 どちらが主導権を握るかの戦いであり、両者の目的は社会の変革ではなくより多くの権力・権益を獲得すること。

 社会基盤そのものが変わってしまえば、せっかく手にした権力も失われる可能性が高い。

 「となると、信仰にまでは手を付けないんじゃないかって思う」

 信仰を否定することは価値観を根底からひっくり返すことと同義で、そうなったら混乱は必至だ。そんな中で貴族優遇の階級社会だけは安泰だなんて確証はない。

 「権力を握るのに便利な要素はそのままにしておく方が賢いよな。となると、皇帝派を失脚させるために天使と手を結ぶってのは、考えにくい」

 争いといっても彼ら貴族派が望むのは戦争や内乱ではない。それは国の力を大きく削いでしまう。国力が削がれてしまえば自分たちの懐に入るものも少なくなってしまう。


 とここで、おそらくそういうことはマグノリアより遥かに見地のあるセドリックが言葉を挟んだ。

 「確かに、普通は国王派と貴族派の争いっつったら、政略結婚で自分たちの勢力を強めたり相手の家を傀儡にしようとしたり、政敵を嵌めて無実の罪を着せたり社会的評判を貶めたり…って感じのドロドロの政争だよな」

 彼の祖国サイーアは比較的王室と他貴族の関係は良好である。が、そういったことが全くないというわけでもない。

 いつの世も、厄介なのは外の敵より内の敵だったりするものだ。

 「よっぽどのことがあって関係修復は絶対無理!ってなったらクーデターの一つでも起こるんだろうけどよ、俺様が見てきた感じだと流石にそこまではいってねーな」

 全権大使として大忙しだった中で帝国内の勢力関係にも目を光らせていたセドリックである。それを察して、ハルトとフラフラしてばかりだった(いや別に好きでフラフラしてたわけじゃないけど)マグノリアはちょっぴり罪悪感。

 

 「けど天使の手を借りて国に喧嘩売るっていうなら、それはもう全面戦争上等!ってことだろ?」

 「ああ。だからアタシはその線は薄いと思ってる。……まぁ、アタシらが全然知らないどっかの組織が実は犯人でしたーとかいうことだってあるかもしれないし、それだったらもうお手上げなんだけど」

 マグノリアたちが知る「怪しい連中」が帝国の不穏分子の全てではない。いくら絶対王権の独裁国家といっても敵対組織が二つ三つしかないなんてことは考えられない。

 だから自分たちの掴んでいる事実が全てではない以上、自分たちが全く知覚できていない敵の可能性もありうるのだと、とことん慎重なマグノリアだったが。


 彼女の「気のせい」は気のせいではなかったということはすぐに判明することになった…彼女が最も避けたかった形で。




 

 

サン・エイルヴ壊滅に関して、後世には正確なことは伝えられてません。聖戦の際に滅んだ、とだけ。グリードの情報操作のせいで、地上界の人々は天使のことを未だに清く正しい神の使いだと思ってます。

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