第二百五十二話 マグノリア、自分の立ち位置をようやく理解する。
上機嫌なままエルネストは続ける。
「皇天使からの報告を受けまして、陛下もお忙しい合間を縫ってあれこれとお調べになっておいででした。それで、どうも一部の天使共が地上界と連絡しているようだということが分かったのです」
「なぁ、悪い…けど、それってそんな問題なのか?アタシらにはどうも…よく分からないんだが」
天使が地上界と通じて何が悪いのだろうか。伝承でも、天地大戦の折に幾度か天使が地上界に降臨したという逸話が残っている。
マグノリアとセドリックが揃って首を傾げているのを見て、エルネストは不思議そうな顔になった。
「あの……もしかしてお二方は、ご自分らがどちらの陣営にいらっしゃるのか、ご理解いただけてなかったりします?」
「え、どっちの陣営って……アタシらは別に、魔界とか天界とかは完全ノータッチっていうか…」
陣営、とはいよいよもって話がキナ臭くなってきた。まるでもう戦争状態のようではないか。
「そんな日和見が許されるわけないでしょう?貴女はハルト殿下の教導役なのですよ?」
「え、いや、アタシは……そんな立派なもんじゃなくってあくまでもハルトが一人前の遊撃士になれるように色々と教えたり…」
魔界の王太子殿下の教導役と一介の遊撃士の師匠とでは、肩書が雲泥の差である。マグノリアとしても、自分はあくまで遊撃士ハルトの師匠なつもりなのだが。
そこでエルネストは大仰に溜息をついた。
「あのですねぇ……ご自覚が足りないようですが、貴女は魔王陛下にもご子息の師として認められている御方なのですよ?」
「それはそうかもしんないけど…………って、そうなのか!?」
確かに、魔王は自分に対し好意的でいてくれた。ハルトの師としても確かに…認めてくれているような物言いをしていた。
が、それとこれとは…
「別に、任命とかされたわけでもないし…」
「魔王陛下のご意志に、そんなものは必要ございません。あの御方が貴女を認められたことは事実で、魔界の民もそのことを理解しております。今後貴女が魔界にお越しになることがあれば、きっとお分かりいただけるでしょうね」
魔王サマの言うこと絶対従うマンだらけの魔界の常識は分からないマグノリアだが、しかし自分が向こうでどんな立ち位置にあるのか薄々ながら気付いてしまった。
「ちょい待ち。理解ってそれ……」
「無論、貴女が廉族であることに不満を持つ者もおりますが、しかしそれを表明することは赦されません。貴女は陛下がお認めになった時点で、陛下御自らがハルト殿下の教導役に任じられたことになるのです。陛下に認められるということの意味を、侮ってはいけませんよ。貴女は魔界では、私やレオニール殿に並ぶ扱いなのですから」
…って言われてもエルネストやレオニールの扱いが分からない。
「因みに私は殿下の側仕え、レオニール殿は護衛騎士です。官職としての地位はともかく、発言力は武王…将軍方に次ぎますね。どうですか光栄でしょう?」
「光栄よりむしろ怖いわ!!」
何ということだ。
マグノリアとしては自分に出来ることを一生懸命やってきただけなのに。具体的には、手のかかる世間知らずのバカ弟子に世間を教えたり常識を教えたりたまに遊撃士仕事のノウハウを教えたりしてただけなのに。
何がどうなって、魔界の要職みたいな感じになってしまってるのか。
「わぁ、流石は師匠ですね!」
しかも何も分かってないバカ弟子ははしゃいでるし。誰のおかげでそんなことになったと思ってるんだこのバカ弟子。
「まぁそんなわけで、貴女はれっきとしたこちら側の人間なのですが、お分かりいただけましたでしょうか」
「分かったっつーか、どうせ分かっても分からなくても状況は変わんないんだろ…」
結局のところマグノリアの自覚なんてものはどうでもよくて、周囲からどう認識されているかの問題なのだ。ここで自分は魔界サイドの人間じゃありませんと主張したところで全くの無意味。
それにまぁ、彼女がハルトの師匠なことには間違いないわけで。ハルトが魔王子であることを知っていて師匠を続けていたわけで。魔王からも息子をよろしく的なことを頼まれて了承してしまったわけで。
そう考えると、この状況は彼女の選択、彼女の行為の結果と言えるわけで。
釈然としない思いは引き摺りながらも、マグノリアはこの件に関しては吹っ切ることにした。
どのみち、今更ハルトを見捨てるつもりはないのだ。一度は魔界に喧嘩売る覚悟さえしたのだから、もうこの際天界だって来れるもんなら来てみやがれてなもんである。
…ってのは少しフカしすぎだが、それでも彼女の立場・立ち位置はハルトの師匠であり、天界が怖いからとそこから逃げ出す気はさらさらない。他人に譲る気も毛頭ない。
なので、ハルトの師匠でいることが魔界側に立つことに繋がるのなら、それも受け入れるしかないと腹を括った。
「…まぁいいや。話を戻すぞ。それで、一部の天使が地上界と連絡を取ったって言ってたけど、その相手ってのは分かってるのか?」
自分が魔界側なのは諦めるとして、それとは別の話で天界が地上界に干渉しているからといってそれが即座に魔界への敵対行為となるかは分からない。もしかしたら、本当に個人的な理由かもしれない…例えば惚れ込んだ相手に勝手に妄想を膨らませて地上界まで追いかけてきたとか…どこかのバカ弟子みたいに。
或いは、他の平和的な理由だって考えられる。天界と魔界は不干渉を貫いているが(といってもどうやらトップ同士の意思疎通はありそう)、天界と地上界との間にそういう取り決めはない…はず。
それだったら物騒なことにはならないんだろうなーと期待を持ちつつ、しかしそれなりに魔界では高位にいるらしいエルネストがわざわざ来ていることといい何やら確信ありげな様子といい、何だか嫌な予感。
「相手が何処の誰かまではまだ憶測の域を出ないのですが、けどさっきの炎霊、天使の仕業ですよ?」
「…………は?」
さっきの炎霊……とはあれか、花火の最後にいきなり襲い掛かってきた火の鳥のことか。
「…って、本当か?なんでそんなこと分かるんだよ」
「理由は二つあります。一つは、精霊召喚は彼らの十八番だということ。廉族があのレベルの精霊を召喚するのは不可能です。あれより低位であっても、相当大掛かりな儀式を長時間に渡って行う必要があるでしょうね」
一瞬、クウちゃんやシエルの風獅子のことが頭によぎったマグノリアは、自分がどれだけ規格外に囲まれていたかを自覚した。
「あと一つはもっと単純で直接的です。一人の天使が、街外れで召喚陣を描いてましたから」
「………へ?」
エルネストはしれっと言うのだが、マグノリアは唖然としてしまった。セドリックも同じく。
「え、描いて…ってあんたそれ…」
「見てましたから、私」
『見てたのかよ!』
思わず二人でツッコんでしまった。いやいや見てたんなら止めろよ、と勿論そう言いたいのである。
「いえ、ちょうどそこにレオニール殿もいましたから、後はお任せしちゃおうかなーと思ってこっち来たんですけどね。召喚に成功したってことは、ヘマしてしまったんでしょうかね、彼」
「え……大丈夫なのかよ、レオの奴…」
レオニールが帝国にいるということは今初めて聞いて初めて知ったマグノリアだが、それについてはもう驚きはない。筋金入りのハルトストーカーのことだから、どうせ今回もそんなことだろうと思ってた。
そんなことより。
ヘマ、というのがちょっぴりドジっちゃった程度のものであればいいのだが、天使の精霊召喚を止めようとして失敗したということは……
「まぁ、大丈夫なんじゃないですか?あの程度の天使相手、普通に対処すればレオニール殿が負けることはないと思いますよ。……ただ」
そのときふと、エルネストの瞳が昏く光った…ようにマグノリアには見えた。
「彼の方は私に気付いてないみたいだったのでそのままこっち来ちゃいましたけど、こんな失敗を晒すのでしたら顔を出して檄を飛ばしておくべきでしたねぇ」
顔は笑ってるのだが目は笑ってない。ヘマこいた後輩をどうしてくれようかと思案している厳しめ先輩の風貌だ。
「えっと……レオもきっと頑張ったんだと思う…多分……から、あんまり叱らないでやってくれよ?」
「承知しておりますとも。なんでも頭ごなしに叱るのが最適とは限りませんからね」
そうは言いつつ瞳のギラギラが収まる様子のないエルネストに、ここにはいないレオニールに同情してしまうマグノリアだった。
マグノリアだけじゃなくて多分ヴォーノも魔界の重役みたいに思われてます。あっちの方がキャリア長いし。




