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第二百四十七話 天敵と憎悪




 ()()後ろ姿を目にした瞬間、レオニールの深い部分で経験したことのない感覚が爆発した。

 それは無理やり形容するならば、極限まで煮詰めた不協和音のよう。理由の不明な不快感と嫌悪。

 これもまた理由が分からないままに、レオニールは()()を敵と認識した。理由など必要ない。これほどまでに魂の奥底に訴えかける本能に抗うことなど、如何に理性をフル活動させても出来そうになかった。

 


 その場所は、いくつか物流倉庫らしき建物が点在するだけのうら寂しい空間だった。辿り着いたときにレオニールの目に真っ先に映ったのはフードを被った人物の後ろ姿と、その足元に描かれた魔法陣。


 さてここで。

 敵(と認識している相手)が何やら魔法陣を描いていたらどうするか。

 その答えは明白だ。レオニールもほとんど反射的にその結論に至った。


 無言でその背中に斬りかかる。

 胸に燃え盛る嫌悪感と憎悪に嗾けられるかのように、手加減も躊躇も一切なかった。


 しかし確実に殺せたと思った一閃は虚しく空を切った。完全な不意打ちだったはずなのに、それはまるでレオニールの接近に最初から気付いていたと言わんばかりに慌てることなく身を翻し攻撃を躱したのだ。


 空振りに終わったレオニールだったが、不思議なことに焦りはなかった。胸の底を流れる冷たい憎悪と殺意は寧ろ心地よくさえ感じられ、特に戦闘狂というわけでもないレオニールでも相手を殺せるこの機会に高揚を隠せなかった。


 「……面妖な…」

 レオニールに向き直ったフードの人物…声からすると男だ…が呟いた。こちらにも焦りはない。そして少し離れたところに、メルセデスと少年が立っていた。二人にも焦りや動揺が見られないことから、どうやらレオニールの拙い尾行は既に気付かれていたらしい。


 「貴様は何者だ。このような場所で何を企んでいる?」

 いきなり斬りかかっておいてその後で何者だと尋ねるのも随分と乱暴な話だが、レオニールは目の前の男に対し礼節を重んじるつもりなどなかった。

 そして彼のそこまでの嫌悪感は、次の瞬間に理由を明らかにする。


 男が、フードと身に纏う外套を脱いだ。それもまたレオニールに対し礼儀を示したというわけではなく、彼に畏怖を与え牽制する意図があったのだろう。


 露わになった男の表情は、露骨に嫌悪と侮蔑を見せていた。

 淡い空色の髪と同色の瞳。そして……その背に生えるは、これまた空色を仄かに帯びる、一対の翼。

 

 この世界において、有翼人種はたった一つしか存在しない。


 「……貴様、天使族か」


 創世神の愛し児にして秩序の守護者、そして魔族の天敵。天界の民、天使族。

 本来であれば地上界にいないはずの(それは魔族も同じなのだが)高位体が、レオニールを怪訝そうに見据えていた。



 レオニールは、天地大戦を知らない世代だ。ゆえに、天使族との交戦経験はなくそれどころか遭遇するのもこれが初めてである。

 に拘わらずの憎悪は、やはり彼が魔族であるという証だ。


 魔族は、本能的に天使族を嫌悪する。

 それは創世期に見捨てられた自分たちと優遇された天使族との立場の差からくる嫉妬といってもいい感情だ。激しく濃密な嫉妬と憎悪。

 現実に天使族と遭遇する魔族など稀で、そして遭遇しなければ彼らがその感情に気付くことはない。ゆえに、魔界と天界の相互不干渉が結ばれた際に反対する声は、意外なほどに少なかった。

 だが、直接相まみえれば別だ。

 レオニール自身、自分の中にこんな感情があることに今まで気付いていなかった。両界の相互不干渉は未だに続いているはずだが、それについて深く考えたこともない。それは魔王の判断・勅意であったし、彼や彼の身近な者が天使族に害を与えられたこともなかったからだ。

 気に食わないが、遠い世界に住む縁のない連中。それが、今までのレオニールの中の天使族に対する印象。


 それが今や、まるで親の仇に対しているかのような燃え盛る激情(ちなみに彼の両親は健在である)と、己が存在を否定しうる宿敵に対する冷徹な殺意が彼の中を巡っていた。

 

 理由も理屈も、関係ない。

 ただ彼は、目の前の天使が憎かったし何としてでも排除したかった。排除しなくてはならなかった。

 それは、その天使が主君に害為す存在だから、というだけのことではない。例えそうではなかったとしても、彼はその天使を殺すことを自らへの絶対の義務として課していただろう。


 そしてそれは、天使族の方もまた同じだった。

 魔族が天使を嫌悪するのと同じように、天使も魔族を嫌悪する。嫉妬めいた感情の代わりに彼らが魔族に抱くのは侮蔑。世界の澱の底深くに捨てられ忘れ去られた、価値のない存在。秩序の尊さを理解できない愚物。徒に混乱を引き起こす世界の敵。



 「なぜ天使族がこのような場所にいる?何が目的だ」

 「こちらも同じ質問をさせてもらおう。なぜ、汚らわしき魔族がここにいるのか」


 天使は、既にレオニールの正体を看破している。斬りかかった際の魔力の質と量とで察知したのだ。

 だが…それ以上のことは気付いていまい。レオニールが、魔界の王太子付の護衛騎士であるということも、今この国にその王太子が滞在しているということも。


 何故ならば、気付いていればこの天使がここまで悠長に構えているはずはないからだ。魔王子の護衛騎士という高位魔族であれば、彼が天界でどれほどの位階にいたとしても容易く勝てる相手ではないと簡単に想像できる。さらに魔王の後継者などという彼らにとって最大の敵候補がいると知っているなら、すぐにでもその首級を獲りに向かおうとするはず。


 だからこそレオニールは、この天使がハルトの存在に勘付く前にケリをつけなければならなかった。




この時点でメルセデスはハルト=魔王子だとは知りません。彼のことはただ魔王の依り代に選ばれてしまった不運な少年扱い。ついでに魔王=剣帝ということも知りません。これを知ってるのは魔界の上層部とグリードとマグノリア一行くらい。あ、あと一部の天使(グリューファスとかそのあたり)。シエルはなんとなく気付いてるっぽいけど。

なのでメルがここでレオニールに気付いたとして、だから魔王子もここにいる!って結論にはならないのですが、それよりなによりそうならないのはレオさんが着ぐるみだからです。

まぁ実はメルセデス、人の顔を覚えるのがめっちゃ苦手なので、多分レオさんのこと忘れてます。


着ぐるみ相手に大真面目に対してくれるこの天使さんはけっこう付き合いのいい人っぽい。


あと、魔族たちの中でも天使族に対する感情はけっこう人それぞれです。会ったことないけどめちゃくちゃ毛嫌いしてるのもいれば、会ったことないから別にどうでもいいってスタンスの人も。

レオさんくらいのが多数派…かな。

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