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第二百四十四話 大人になったら退屈な催しも楽しめるようになるのかなーと子供の頃は思ってたけど実際に大人になってみるとやっぱり退屈なものは退屈だった。




 「…ハルト、ハルト……大丈夫か?」

 「………………(ぼへーーー)」


 マグノリアは自分自身けっこう忍耐力のある方だと思っている。必要であれば地道な作業も厭わないし、例えば魔獣討伐で数日に渡り獲物を待ち伏せしたことだってある。

 が、依頼に必要な地味な準備だとか自然の中で一人魔獣を待ち続けるのと、欠伸一つ許されないようなお偉方の真っただ中でお行儀よくひたすら座り続けるのとでは、精神の消耗具合の種類が違いすぎた。

 で、どちらがマグノリアにとって楽なのかといえば、当然のことながら前者なわけで。


 ハルトに師匠面してみたのはいいものの、自分もそろそろ限界に近づいてきていると感じていた。


 第一、この手の催しを本気で楽しめる人種がいること自体、ちょっと信じられない。お偉い貴族さまと平民とではこうも感性が違うのか。同じ人間じゃないのか。金に飽かして享楽に耽るってんならまだ分かる。縁はないけど庶民だってそういう夢なら案外具体的に妄想することもできる。

 しかしながら地位と金と権力が手に入ればそうじゃなかったときに退屈だったものが退屈じゃなくなる…なんてことはあり得るのか。

 

 それとも、お偉方も実は我慢してるだけ?本当はつまんないなー帰りたいなーうちに帰ってネッコをモフモフしたいなーとか思いつつも己の責任を果たすためにグッと耐えてる…的な?

 だとすれば、第二等級遊撃士にも勝る忍耐力だ。脱帽ものだ。


 或いは、信仰心のなせる業…とか。それだったらまぁ、分からなくもない…彼らの気持ちが分かるんじゃなくて彼らは自分には分からない理屈で動いてるんだなーということが分かる、という意味で。

 魔王サマに盲目的な信仰を向けてるから、それを称え感謝する催しは何でもかんでも素晴らしく見えてしまう…なんて信心マジックなら、ルーディア聖教会だって()()()()だったりする。


 とかとか、しばらくはそんな下らない考察を巡らせて何とか退屈を紛らわしていたマグノリアだったが、もうネタが尽きた。

 自分でさえこうなのだから、ハルトはどんな感じだろう…と横目で見てみたらば。


 見事に虚無な感じに仕上がってた。


 「おい…ハルトお前、大丈夫か?」

 「…………(ぼへへーーーー)」


 しかしながら、流石は魔界の王太子殿下と言おうか。彼をよく知るマグノリアが見ればこそその眼差しが脱力しきって全ての感情を失っていることに気付くが、傍から見れば微動だにせず目前の演技(今は何だか派手な道具を使った舞踊の真っ最中だ)に集中している熱心な賓客、である。

 彼の虚無は、この手の苦行をやり過ごすための…則ち王太子として生きる上で彼が身に着けた知恵であり術なわけだ。


 「…ある意味凄いなお前……」

 これは素直な感想。マグノリアは、ここまで無になってそれでも居眠りすることなく座り続けるなんて自分だったら絶対無理だと確信がある。

 同時に、お飾りの王太子を侮っていたことを反省。お飾りだって楽じゃないんだな。


 反対側の隣に座るセドリックの方も見てみた。

 で驚いたことに、彼もまたハルトと全く同じだった。虚無の瞳で微動だにせず眼下を見下ろしている。大真面目で厳粛な雰囲気に見えなくもない。

 どうやら、これはお飾りじゃなくても王族だったら必須のスキルらしい。


 ……やっぱ、住む世界が違うのかな。


 ちょっぴり寂しくなってしまったマグノリア。けど何となく、魔王サマだったら自分と同じ感覚なんじゃないかなーとここにはいない祭の主役に勝手な親近感を勝手に抱いていたりした。




◆◆◆◆◆◆◆◆




 開会式の最後の演目は、これもまた舞踊だった。

 先ほどのものよりもさらに大掛かりで、舞踊と演劇と歌劇がいっしょくたになった感じ。なんでも、創世紀の物語…らしい。っていいのか魔王サマその頃寝てたんじゃなかったっけ。


 そしてようやく、マグノリアも極度の退屈&ウンザリから解放されるときが来た。

 一際派手なエンディング。楽団の壮大なフィナーレに合わせ、最初の花火が打ち上がったのだ。


 それまでほとんど飛びそうな意識を保つことに必死になっていたものだから、突然起こった爆発音にビクッとしてしまったのはご愛敬。

 でもって一瞬敵襲かと勘違いして剣を抜きそうになってしまったのも、まぁ…ご愛敬ってことで。



 「うわー、師匠、師匠、すごいですね!!」

 一瞬のうちに虚無状態から覚醒したハルトが、すっかり暗くなった夜空を見上げながらはしゃいだ。つい先ほどまでは小声での遣り取りも躊躇われるほどだった会場の空気は、花火の打ち上げと共に全く真逆の方向へ舵を切り、観客らは皆興奮した面持ちで歓声を上げている。

 「すげーな……花火ってこんなに沢山の色があるのかよ」

 セドリックも、感心したように見上げている。どうやら、少なくとも花火技術は帝国に軍配が上がるようだ。

 「はい、ボクもまか…実家の方で何度か花火は見てますけど、こんなに綺麗なのは初めてです!!」

 感動のあまり口を滑らせそうになるハルト。頼むからそれだけは勘弁してくれ。


 マグノリアは楽しげな空気に引っ張られかけた自分を叱咤し、気を引き締めた。彼女だって花火を楽しみたいのが本音だが、彼女の仕事はこの場を楽しむことではない。

 

 今この瞬間が、最も危険なのだとマグノリアは考えている。


 次々と打ち上がる花火。打ち上げの際に轟く爆発音は、()()()()()()()もかき消してしまうだろう。

 人々の歓声はざわめきとなり、今や喧騒と化している。誰もが浮かれ興奮し上空を見上げている今の状況ならば、人込みをすり抜け動き回る怪しい人物がいても気にする者はいない。

 そしてこんな状況では警戒すべきことが多すぎて、警備兵の目も全てを把握することなど不可能。


 騒がしい場所と興奮した人々、上空へと逸らされる意識。間隙を縫うのに、それほどの技術も要しない。


 「うわぁーー、見ました、師匠?今の花火、途中で色が変わりましたよ!!」

 師匠の緊迫になんてまるで気付かず、弟子は大はしゃぎ。マグノリアからの返事がないことにも気付いていない。


 花火が一つ開く度に上がる歓声。そしてその度に高まるマグノリアの緊張。それを幾度となく繰り返し、そろそろフィナーレかと思われる黄金色の連発花火が夜空を明るく照らす中、マグノリアの緊張はほんの少しだけ緩んだ。

 

 どうやら、開会式では何も起こらなさそうだ。魔獣襲撃犯(か市民団体か貴族派か知らんけど)は、最も警備の堅い開会セレモニーで事を起こすのは非効率的と判断したか。

 であれば明日以降もまだ油断はできないが、それでも一番厄介な場所厄介なタイミングで騒ぎが起こらなかったことに、小さく安堵するマグノリア。


 やがてフィナーレ最後の花が大きく開いた。一際巨大で、華やかな黄金の花弁が空を舞う。


 「すごい……あんな大きな花火、どうやって上げてるんだろう?…って、うわぁーー…」

 興奮して独り言ちるハルトが、さらに感嘆の声を上げた。

 「師匠、師匠、すっごくキレイですよあれ!どんな仕組みなんでしょう?」

 ぐいぐいとマグノリアの裾を引いて空を指さす。他の観客たちからも漏れた感動の声と溜息が会場を埋め尽くした。


 「どんな仕組みって何がだ……って、ありゃスゴイな」

 思わずハルトの指す方へ視線を遣り、マグノリアも一緒になって驚嘆した。

 何故ならば、舞い散った黄金の花びらが一つに集まり、姿を黄金の鳥へ変えて大空を悠然と舞っていたからだ。


 夜空の漆黒に軌跡を描く黄金の光。長い尾から零れる炎は煌めきを残して消えていき、さながら一筋の彗星のよう。

 確か、伝説に出てくる不死鳥ってのはこんな感じじゃなかったかと、マグノリアは思った。


 花火は楽しめなかったが、最後にこれを見られただけでも十分満足だ。というか、一生に一度でもこんなのを見られれば、死ぬまで自慢できることだろう。


 「確かにあれ、どうなってんだろうな。めちゃくちゃ自由に動いてるように見えるぞ」

 「ですよね、ですよね!本当に生きてる鳥みたいです!!」

 「……生きてる…?」


 ハルトの言葉に、マグノリアの興奮はピタリと止まった。そこに冷静な思考がさっと割り込んでくる。

 

 マグノリアは、花火の仕組みには詳しくない…というか全然知らない。彼女の認識は、爆弾に色を付けたようなものだ、という程度のもの。

 そして彼女は職業柄、爆発物のことならそれなりに詳しい。

 魔導ならまだしも普通の花火で、爆発してから一定以上の時間、炎が飛び回るなんてこと…あり得るだろうか。

 答えは…否、である。

 

 それが可能だとすれば、ただ火薬を空高く打ち上げて爆発させただけではない、他の手順が働いているということで。


 マグノリアがそこまで考えたところで、黄金の鳥は方向を変えた。その顔は、まっすぐにこちらを見据えているように見える…彼女らの、真正面から。そしてその瞳に浮かぶ、明確な害意。


 「ハルト、警戒しろ!多分あれは、そういうものじゃない!!」

 「……師匠?」


 鋭く注意喚起するマグノリアの意図が分からずにポカンとするハルトは、不死鳥が突如速度を上げて向かってきてもなお状況を勘違いしていた。


 「わあ!近づいてきてますよ、サービス精神旺盛ですねぇ」

 「阿呆、相手をよく見て物を言え!!」


 マグノリアはハルトを阿呆呼ばわりしたが、それは彼に限ったことではなかった。

 炎の鳥の円舞を余興だと思っていた他の人々も、まだ自分たちの誤解に気付かない。


 「すごい、こんな目の前に…て、え、なんか近すぎ…」

 「ハルト!」


 比喩抜きで目の前に炎鳥が迫ってようやく違和感に気付いたハルトだったが、遅きに失した。彼が反応するよりも早く、炎鳥は猛然と突っ込んでくる。


 激しい雷撃のような音がした。貴賓席の前に張られた防護障壁に炎鳥が体当たりしたのだ。

 衝撃で光と炎が明滅する。この状態になって初めて、人々は異常に気付いた。


 離れたところにいる観客たちは、まだ事態が呑み込めていない。何かおかしいけどこれも余興かもしれないと、逃げるでもなくソワソワと光を見つめている。

 だが、炎鳥の標的となった形の貴賓席は別だ。自分たちの身を守るための障壁に激しく身を打ち付けるそれが、余興なはずがない。

 それまでの感動の興奮が恐怖の狂騒へと置き換わり、悲鳴と混乱の中で貴賓たちは我先にその場から逃げ出す。代わりに警備兵たちが炎鳥の前へ立ち塞がった。この混乱に浮足立っていないのは流石だ。


 マグノリアは、ハルトの傍らにいた。彼女の守るべきは皇帝でも他の貴賓連中でもなく、ハルトただ一人…セドリックもついでに入れてやってもいいが。

 

 相手の正体は分からないが属性が炎であることは間違いない。マグノリアは、防護障壁が時間を稼いでくれている間に自分の剣に氷雪属性の魔導石を組み込んだ。

 とはいえ、皇帝他高位貴族たちを守るために張られた防護障壁は当然のことながらかなりの高レベルのはず。少なくとも中位術式相当…もしかすると上位相当かも。

 そんな障壁がもし破られたとしたら、正直言って自分や警備兵たちにどうにか出来るとは思えない。


 どうにか出来るとしたら、彼女の護衛対象であるところの可愛いバカ弟子くらいなのだが…これを嗾けた何者かの目があるかもしれない状況で、これ以上ハルトの()を披露するのは極力避けた方がいい。


 「ハルト、この場は逃げるぞ!」

 「え、でも……あれ、どうにかしなきゃいけないんじゃないですか?」


 戦略的撤退を選択したマグノリアは、ハルトの腕を引いて促す。ハルトはここで自分が戦う気満々だが、それは彼の仕事ではない。


 「どうにかするのはここの警備兵の仕事!つか、どのみちこんなところじゃ戦いようがないだろ!」

 とりあえず注目浴びまくりのこの場から離れるのが先決だ。炎鳥の狙いが皇帝なのかハルトなのか別の者なのか分からないが、少なくとも警備兵じゃないことは確かだ。皇帝も他の貴賓もあらかた避難した状態でハルトもここを離れれば、きっと炎鳥もここから離れ……って、


 「殿下、ここは危険にございます!さあ、私と共に、早く!」


 ……皇帝、逃げてなかった。


 「って、おい皇帝陛下!何やってんすかそんなところでグズグズと!!」

 マグノリアが無礼な感じになっちゃってるのも致し方なし。しかもここでハルトを殿下呼びとか。


 「尊き御身を差し置いて私一人が逃げることなどあってはならな」

 「いいから一人で逃げてくださいよマジで!!」


 対外的には皇帝の方がよっぽど「尊き御身」なのだ。こういう非常事態に本性が出るのは仕方ないが、そういうのはこう、もっと利己的に出してほしい。


 そんな不毛な遣り取りの途中で、とうとう障壁が限界を迎えた。

 不可視の壁が軋み、亀裂の走る音がしたかと思った瞬間…それは粉々に砕け散った。


 障害物を排除した炎鳥が、大きく羽ばたいた。再び勢いをつけるために、一旦高く舞い上がる。

 そして頭上高くから、眼下めがけて猛烈な勢いで下降を始めた。


 守ってくれる壁を失ったマグノリアたちを貴賓席ごと燃やし尽くそうと炎鳥の体が膨れ上がり、一帯を覆い尽くそうとしたその瞬間だった。


 「はいはい、少し前を失礼いたしますよ」


 場違いなほど穏やかな声が届いた。それと同時に、禍々しい黒霧が一瞬で炎鳥を包み込んだ。




 

 

 

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