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第二百四十二話 パーティーで最初の挨拶だけしたらまだ仕事があるからってさっさと帰っちゃう来賓の人って別に来る必要なくない?




 グラン=ヴェル帝国・サイーア公国の国交正常化は実現した。

 調印式の後に開催された各種会議・協議。帝国皇帝とサイーア公王の連名で出された宣言。不可侵条約、通商条約を始めとした様々な取り決め。

 流石に両国間で有事の協力体制までは構築されなかったが、不戦条約が結ばれたので一応は戦争の危険は避けられるだろう。品目は限定的だが徐々に貿易も開始される…自由貿易に至るには関税の問題が大きかったのだ。

 各種職能ギルドは提携が結ばれることとなった。勿論、遊撃士ギルドも。これにより、帝国遊撃士ギルドは国際ギルド連盟の傘下には入らないものの、情報の共有やそれぞれのギルド加盟者に対する依頼の斡旋は可能になる。

 一度の会議にしてはあまりに大きな成果だった。その裏舞台を知る者は少なく、それゆえにこの平穏はそう長く続かないのだろうと危惧する者も少なくなかったのだが、ひとまずは任務完遂ということで使節団員たちの間にも安堵の空気が濃かった。


 そんな中で提案された帝国感謝祭へのお誘いであるので、開放感からか当初の予想よりも多くの団員たちが応じた。

 …といっても開会セレモニーに参加するのはたったの五名であるのだが、それでも信仰の違いを考えれば多いと言える。また、貴賓席に招待されなかった団員たちも…寧ろ気楽な立場の彼らの方が祭そのものを楽しみにしている節が見えた。



◆◆◆◆◆◆◆◆



 

 「師匠、師匠、ボクたちっていつまでここに座ってなきゃいけないんですか?」

 ハルトがこっそり隣席のマグノリアに尋ねる。声を潜ませる程度には気を使えるようにまで成長したのは喜ばしいことだ。


 ここは、皇城前の大広場に設けられたセレモニー会場である。

 かつて魔王降臨の現場となり数多の屍が積み上げられた場所ではあるが、それが嘘のように煌びやかで華やかな空間となっていた。

 で、ハルトが声を潜めているのは、現在進行形でセレモニーの真っ最中だからだ。


 今は、オープニングのマスゲームが眼下で繰り広げられている。楽団の演奏に合わせ、この日のために練習を重ねた臣民代表総勢800名が、一糸乱れぬシンクロ率で舞踊を披露していた。

 なおこれは、演目としては一番最初である。則ち、まだ開会してから数刻も経っていない。


 「いつまでって……多分だけどこれまだ相当かかるぞ」

 にも拘わらず既に飽きが来ている様子の弟子に呆れを隠せない師匠。魔界で祭祀は慣れっこのようだったので油断していたが、魔王名代として玉座に座っているときと貴賓の一人として座っている(しかも隣は気心の知れた師匠だ)ときとでは緊張感が違ったようだ。今にも大欠伸をかましそうなハルトにヒヤヒヤしつつ、マグノリアは残酷な事実を提示する。

 「演目次第プログラムからすると、半日はかかるんじゃないか?」

 「………え…」

 絶望の表情で言葉を失うハルト。()()()()()()()()もそこに混じっている。

 「え、ってお前、んなもん最初から分かってたろ。つか、分かってて了承したんじゃないのか」

 「いえ、ボクはこういうんじゃなくって…」

 ああなるほど。って何となく分かってはいたが、ハルトはお堅くて窮屈な貴賓席じゃなくて出店と人で賑やかな城下に出たいわけだ。セレモニーなんて最初の数分だけ形式的に参加して、後は自由に遊びまくりたかったわけだ。

 …そういうわけにもいくまい。今の彼は貴賓として(皇帝的には主賓と思っていることだろう)ここに座っているのだ。一生懸命演技してくれてる人々の前で、「それじゃボク遊んできまーす」とか言えるはずなかろう。

 

 彼がこんな悲しい勘違いをしてしまうのも分からなくはない。

 ハルトが今まで経験してきた祭祀では彼の自由が認められることはなかった…のだろうよく知らんけど。

 しかしこの場にいる彼は魔王子ではない。サクラーヴァ公爵家のハルト公子なのだ。魔界の王太子よりも気楽な立場で参加しているのだから、気楽に楽しめると思ってしまったわけだ。


 …が、いかんせん比較対象が悪い。そりゃ魔王の後継者に比べれば公爵家嫡男の方が多少は気楽な立場だったりするのだろう。あくまで、()()()

 ハルトの誤算は、ロゼ・マリスから代表として派遣された公爵家次期当主(聖戦の英雄の息子)は決して私人ではない、という点。

 立場・地位が高いだの低いだのは関係ない。国(と宗教)を背負って帝国入りしているのだから、そこは当然受け入れなければならないことなのだ。


 とはいえ、ハルトの勘違いの責任の一端はマグノリアにもある。他の使節団員たちが会議協議に大忙しの中、恋人(になってくれたらいいなーという相手)探しという超個人的な目的で自由に帝都を歩き回ることを許してしまったのだから。

 

 なので罪悪感がなくもないマグノリア、あまりハルトを強く説教するのも気が引ける。が、勿論ここで中座を認めるわけにもいかない。

 なにしろここって皇帝のすぐ隣の席。舞台の真正面かつ一番舞台が見えやすい位置…舞台からも一番見えやすい位置。要するに、一番目立つ席。

 席を立ったらめちゃくちゃ目立つ。演目途中で来賓が立つって普通ないことだから、何か緊急の案件かと思われる。唯一のチャンスは演目の合間の休憩時間だが、次の演目が始まったときに皇帝の隣の席が空っぽになってたらどういう噂が飛び交うことか分かったものじゃない。


 …と、いうわけで。


 「諦めろ、ハルト。今日一日はここで我慢大会だ」

 「そんなぁ……ボク、花火楽しみにしてたのに…」

 「安心しろ花火はこっからでも見えるから」

 「そんなぁ……」


 たまには心を鬼にすることにしたマグノリアである。




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