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第二百四十一話 お祭りの翌日の寂寥感ってキライじゃない。




 「それでぇ、レオちゃんは感謝祭に参加することにしたんですのん?」

 「無論だ。殿下に害を及ぼすかもしれぬ輩共が動くのであれば、静観するわけにもいかん」


 ここは、VCRCの事務所ではない。帝都内に数多あるヴォーノの邸宅のうち一つだ。

 ハルトとの合流手段を持たないレオニールは(彼は使節団と違い不法入国者である)、こうしてヴォーノの厄介になっている。それはそれで腹立たしくてならないが、目的のためには辛抱も必要かと今は既にあきらめの境地に至っていた。

 決して、ヴォーノに気を許したわけではない…決して。


 この屋敷は比較的小さなもので(といっても零細貴族の屋敷よりも立派だ)、使用人も必要最低限…具体的には女中と下男と料理人の三人…だけしかおらず、ヴォーノがここを隠れ家として使用していることは間違いない。そしてそのおかげで、レオニールも人目を気にせずに過ごすことが出来ている。

 

 ウキウキと自らお茶の準備をするヴォーノを見遣るレオニール。相変わらず、鼻歌交じりのチョビ髭親父に怪しいところは見当たらな…いやいや怪しさで言えば常態的に怪しいわけだが、ハルトやレオニールを陥れよう或いは利用してやろうと考えている気配はない。

 だが、彼がわざわざレオニールをVCRCに連れてきたということは、何かレオニールにさせたいことがあるはずだ。


 「それで、貴様は何を企んでいる?」

 「え?あらん?企むだなんて人聞きの悪いこと仰いますのねん」

 そう言いつつも、否定はしないヴォーノ。

 「一体私に何をさせるつもりだ?言っておくが、ハルト様のご命令或いは御為でなければ、私が動くことはない」

 「分ーかってますわよん。前にも言いましたでしょおん?これはハルトちゃんのためなんですってばぁん」

 「…………」


 やはり、分からない。

 このヴォーノ=デルス=アスという男の行動原理。何故、廉族れんぞくでありながら魔王に忠誠を誓うのか、そして忠誠を誓ったのは魔王相手のはずなのにハルトに肩入れするのか。

 それがはっきりしない以上、完全に信用することは出来ない。


 「ならば、具体的に言え。貴様が私に何を求めているのか、ハルト様のために私はあの組織で何をすればいいのか」

 「うーん……そうですわねぇん……」

 ヴォーノは、勿体ぶるように体をクネらせた。もういい加減その程度ではウザさを感じなくなってしまっているレオニールだが、自分がヴォーノ(のウザさ)に馴染みつつあるという恐ろしい事実にはまだ気付いていない。


 そしてヴォーノは、手にしていたティーポットをテーブルに置いてパチン、と手のひらを打ち合わせた。

 「それじゃレオちゃん、まずは、おめかししましょっか」

 「……………は…?」


 ひどく嬉しそうなヴォーノの笑顔に、戦慄めいたものを感じたのは何故だろうか。




◆◆◆◆◆◆◆◆




 嬉しくて流す涙も悲しくて流す涙も、傍目には区別がつかないものだとハルトは思った。


 「このような……このような日が…うぅっ……わ、私の生きている内に訪れようとは……ひぐっ、ぎょ、玉座に付いたときは…想像…さえっグスッ、し、しておりませんでした……!」

 嗚咽と涙と鼻水で言葉も顔ももうよく分からないくらいぐちゃぐちゃになっているカール=ヨアン=ヴァシリュー陛下(グラン=ヴェル帝国当代皇帝)の姿は確かに、歓喜に咽び泣いているんだか絶望に打ちひしがれているんだかよく分からない醜態だった。


 彼が歓喜と感動のあまりそんな感じになってしまっているのは偏に、ハルトに打診した冬の感謝祭参加を了承してもらえたからだ。


 魔王へ感謝を捧げる祭。そこに、魔王の名代としてその後継者が降臨する。

 それは、言葉のとおりヴァシリュー皇帝がかつて想像だにしていなかった僥倖であった。




 

 「え…と、それで、ボクは何してればいいんですか?」

 「此度の祭は魔王陛下と王太子殿下のためのものにございます。どうかごゆるりと、楽しんでいただきたく存じます」

 ハルトが皇帝に祭のことを詳しく聞けたのは、皇帝がひとしきり泣いて喚いて(全て感激と歓喜によるものである)ようやく落ち着いた後のこと。


 「初日には、祭の始まりを祝うセレモニーが開かれます。帝国全土から名のある楽団・劇団が集結し、また臣民による集団演技も行われますので、ぜひそれはご覧いただきたく」

 「へー、劇とかもやるんですね」

 「夜には五万発の花火を打ち上げる予定です」

 「へー、ごまん……五万!?」

 これにはハルトもビックリ。彼は魔王代理として魔界で行事やら祭祀やらを取り仕切っていたので(実際に取り仕切っていたのは臣下だが)、その数字の凄さがよく分かる。

 

 横で聞いているマグノリアには、五万発の花火の何が凄いのかが分からない。彼女の生活圏では打ち上げ花火は珍しいもので、せいぜいリエルタの創世祭で狼煙みたいのがポンポン上がっているのを見たことがある程度。

 聖都ロゼ・マリスではもう少し派手に打ち上がるそうだが、聖都で開催される創世祭は選ばれた高位聖職者と王侯貴族と富裕層のためのものなので、彼女自身は噂に聞いたことしかない。

 なので、五万発と言われてもピンとこないのだ。


 

 「また、祭の期間中は出店も多く、珍しいものも集まりますので、見物するだけでもお楽しみいただけるかと存じます」

 「出店?」

 「屋台があちこちに出るんだよ。食い物とかちょっとしたゲームとか、見世物小屋とか」

 しかし文化の違いか出店を理解できなかったハルトに、これはよく知っているマグノリアが補足説明。帝国の祭でいうところの出店が彼女の知るものと同じかどうか確証はなかったが、皇帝が口を挟まないのでどうやら似たようなものらしい。

 「普通のお店とは違うんですか?」

 「いや…違うかどうか言われたらそんな違わないんだろうけど……こう、普段よりもガチャガチャしてて賑やかしくて浮かれちまうような雰囲気なんだよ」

 言われてみれば、出店も普通の店も大差ない。寧ろ、普通だったらこの値段でこんなもの売れないだろ、というような品が平気な顔で売られてたりして、客も皆それが分かっているはずなのについつい財布の紐を緩めてしまう。

 だが、そういうことではないのだ。単純に、価格と品質の釣り合いだけではない付加価値がそれらにはあるのだ。

 その瞬間だけの、刹那の高揚。酩酊にも似た、平常心の麻痺とそれに伴う不思議な浮遊感。醒めてしまえばなんでこんなもの買ってしまったのだろうと後悔まじりの恥ずかしさも込みで、それが風情というものなのだ。

 「ふぅーん……それって、楽しそうですね」

 拙い説明でもハルトは何となく理解してくれたようだ。その目がキラキラしている。

 もしかしたらハルトが出店を知らないのは文化の違いなどではなく、王太子として綺麗に整えられたお上品な部分しか見ることが許されていなかっただけのことかもしれない。

 そんなハルトにはこの際だから騒がしくてくだらなくて馬鹿みたいなお祭り騒ぎを目一杯楽しませてやりたいと思うマグノリアはやっぱり、安定の師匠バカっぷりである。


 「それで、開会セレモニーの他の出席者なんですけど…」

 さてはて祭を楽しみにするのはいいが、留意事項は山ほどある。ハルトはそこのところ思い至らないようなので、ここは師匠の出番。


 セレモニーの後は自由に会場を回ってもいいとのことだが(なお帝都中が会場と化すらしい)、流石にセレモニーの真っ最中は観覧席に大人しく収まっていないといけない。

 そしてハルトに用意されるのは間違いなく、貴賓中の貴賓席なのだろう。その周囲に座ることになるのは皇帝や帝国の高位貴族、セドリック始め使節団の中でも特に高位の者たち。

 その中で誰に気を付けなければならないかといえば…皇帝とセドリック以外の全員、だ。

 魔獣襲撃事件の犯人或いはその黒幕がいるかもしれない。貴族派が、皇帝と親しいハルトを利用しようと近づくかもしれない。もしくは皇帝派がハルトを利用しようと…かも。或いは市民団体とやらの関係者で祭り期間中に何やら企んでいる者もいるかもしれない。そして無論、ハルトの正体を知られてはならない。


 表向きのハルトの立場を考えれば(祭に出席すること自体はさておき)、席次はセドリックに次ぐものであるはず。教皇も周囲の目がある中ではハルトへの態度をなんとか抑え込んでいる。

 …が、この祭だけは別…特別なのだ。皇帝としては、神と崇め奉る魔王に感謝を捧げる祭で、その後継者に対し最大限の崇敬をもって遇するより他に取るべき道はないだろう。


 とすれば、ハルトは否応なしに耳目を集めることになってしまう。そこに不審な点…あらゆる意味で…を嗅ぎ付ける者がいないとは誰にも言えない。


 それを警戒し確認したマグノリアに対し、皇帝の答えは彼女の予想どおりだった。

 貴賓席に座るのは、皇帝始め帝国の大臣たち。座るわけではないがその周囲には護衛騎士と護衛魔導士も大勢配置される。それから、公国側からはセドリックとサイーア公国の大臣数名。流石に聖教会の使節で出席する者はいない(ハルト除く)。

 なお、各ギルド代表や事務官らは貴賓扱いしてもらえないのでカウント外だ。



 「……あれ、ラーシュは参加しないんですか?」

 面子の中に皇弟ラーシュ=エーリクの名がなかったことにハルトは気付いた。せっかくの祭なのだから友人が一緒ならさぞ楽しいだろうと思っていたのに、少しばかりガッカリだ。

 「申し訳ございません。本来であれば皇族たるもの魔王陛下への感謝を捧げる祭祀に姿を見せないなどあってはならないことなのですが、あれは少しばかり自由が過ぎるところがありまして…」

 「………そうですかぁ。あ、けど考え方は人それぞれですからね。別にそれでいいとボクは思いますよ」

 「勿体ないお言葉にございます」


 ハルトの寛大なお言葉に平伏せんばかりの皇帝だが、彼の声色が途中で僅かに変化した理由には思い至らなかった。


 そう、ハルトは気付いてしまったのだ。ラーシュがセレモニーに参加しない理由。


 祭。花火。並ぶ出店。

 腹に一物抱えるお偉い連中の中で畏まって座っているより、それらに相応しいシチュエーションがあるではないか。


 ―――――ラーシュってばやるじゃん。絶対、アデルさん誘ってお祭りデートするつもりだな!


 愛する者と見上げる花火はどれほど美しいことだろう。

 そう考えると、祭までにメルセデスの誤解(というハルトの誤解)を解くことが出来なかったことに対するハルトの後悔はいや増すばかりだった。





 

そういえばここ数年花火大会行ってないです。尺玉見たいなー。

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