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第二百四十話 お祭りを楽しむ人のほとんどは目的とか由来とか気にしてない。




 さて過保護師匠とボンボン弟子が弟子の恋路で悩んでいる真っ最中、そしてオタク魔導士もまた自らの恋路で悩んでいる真っ最中ではあるが…異論は出るだろうがまぁそう表現して差し支えないだろう…彼らの周囲だってそれなりに慌ただしかったのである。


 ハルトはすっかり自分の目的に没入してしまっているが、それは彼の個人的な目的に過ぎない。その他の面々からすれば(申し訳ないが)どうでもいい些末事。

 で、その他の面々はといえば本来の目的、帝国とサイーアとの国交正常化及びそれに伴う協定等々を詰める実務者会議に大忙し。

 ただでさえ余裕のなかった日程のところに、調印式の魔獣襲撃事件。その後の調査のために費やされた二日間のインターバル。

 一応は予備日というものも設けられてはいるものの、それを合わせても予定はミッチミチのぎゅうぎゅう詰め状態で、恋路に悩んでる余裕なんて当然のことながらありはしない。

 それでも流石は両国の高官、エリート役人たちである。連日連夜のハードスケジュールで、なんとか会期終了までには終わりの形が見えてくるようにはなっていた。



 「あー…なんか、お疲れのようだな、セドリック」

 部屋の長椅子の上で死んだようにぐでーっとなっている全権大使に声をかけたマグノリアがなんだか気まずそうなのも、自分(とハルトやアデリーン)がフラフラしてる間に彼が負わされていた激務がどれだけのものか多少の想像がついているからである。

 「………たりめーだろうがよぉ……ったくお前らは気楽そうで何よりだこの野郎」

 悪態を付く声にも力がない。


 サイーア公国の代表…特命全権大使を務めるセドリックは、今回の会議で帝国皇帝と並ぶ最高責任者である。要するに、一番大変な人。

 並行して開催されている各種会議・協議の概要は全て把握しておかなくてはならないし、彼自身も最重要とされる会議には必ず出席しないといけないし、何かトラブルが起これば対処しなくてはならないし、会議以外にもあちらこちらで開催される晩餐会だって無下にはできない。


 「ま…まぁ、けど大体は終わったんだろ?お疲れさん」

 「あぁ。なんとか肩の荷が下りたっつーか」

 そう言うセドリックは確かに、疲れてはいるが安堵の表情も浮かべていた。

 調印式は無事に終わっているし、個々の会議・協議に関しては公国側にとって全て都合のいい結果が出たとは言えないがそれなりの妥協点は見出せた…そもそも国家間の遣り取りにおいて自分たちだけが得をしようとするのは大局的に見れば寧ろ愚策である。

 公国側に非がある形でのトラブルも発生せず、帝国皇帝ともある程度の関係は築くことができた…ハルトの存在は関係なしに。

 セドリックにとってこれは初めての大掛かりな公務ではあったが、そう考えれば実に上出来だと評価して差し支えない。

 

 「あとは、最終日の晩餐会くらいだろ?」

 「細かい調整を除けば、な。あー…けど、その前に感謝祭のオープニングが挟まってやがるわ」

 「……感謝祭?」


 セドリックから初耳な単語が出てきて、マグノリアは首を傾げた。はてそんな予定はあっただろうかと脳内スケジュールを再確認してみるが、どうも該当語句が検出されない。

 

 「あれ、そんな予定あったっけ?」

 「急遽決まったんだよ。てめーらは全然こっちと合流しねぇから知らなかっただろうけど」

 「あ…あははは……悪かったな」

 チクリとやられても、事実なので反論はできない。

 ハルトの護衛に専念するという言い訳を盾に、マグノリアもついつい他の使節団員との交流を疎かにしてしまっていた。

 一応は弁えた振る舞いをしていた彼女ではあるが、それでもやっぱり遊撃士なのだ。堅苦しいのや小難しいのは苦手なのだ。お上品でお偉い面々には気後れしてしまうのだ。

 レナートとはちょいちょい言葉を交わす機会があったが、彼の方がカノッサ総長に付き合わされて忙しそうで、マグノリアはなんとなーく総長が苦手っぽいので遣り取りも最低限で済ませていたのだった。


 「…で、感謝祭って?」

 「帝国の祭だってよ。なんでも、冬を無事に乗り切ることができるのも魔王陛下の加護のおかげってことで、感謝を捧げる祭をするんだと。冬の始まりと終わりとで二つの祭が対になってて、今回のが冬を迎える始まりの感謝祭ってわけだ」

 季節に合わせた祭が行われるのは他国でも同じである。だが主流は春を迎えた喜びを表す復光祭や秋の収穫を祝う収穫祭、新年の祝賀そして創世祭など。

 冬の祭、というのがなんとも独特で帝国らしいともいえる。

 

 「ほら、例の魔獣襲撃の件で日程が延びたろ?で、祭の初日と会期がかぶることになったんで、どうせだったら俺ら使節団員もぜひご出席を…とかいうことになってよ」

 「あー、そういうことね」

 帝国としても本来であれば、面倒な会議を終わらせて清々しく祭を開催したいところだったのだろう。だが、他国の使節が訪れている最中に国を挙げての大規模祭祀が行われるとなれば、形だけでも誘わないわけにはいかない。

 そして国家間のあれやこれやを鑑みると、形だけでも参加しないわけにはいかない使節団員たちである。


 「けど、大丈夫なのか?その……祭って魔王さんに感謝するってコンセプトなんだろ?」

 当然、使節団員たちは皆ルーディア聖教徒だ。信仰の強弱はあれど、少なくとも創世神を崇め魔王を悪と認識している点は共通している。

 マグノリアはもともと信仰心が強いとはいえなかった上、今や魔王は自分の弟子の父親だ。直接言葉を交わしたりなんかして、もう個人的な知り合いだと表現しても大げさではなかろう。

 セドリックにしても、魔王との直接の遣り取りはないはずだし彼の実家は敬虔かつ厳格な聖教徒…なにしろ教皇の出身家門だ…ではあるのだが、肝心の彼の伯父(すなわち教皇)は魔王と懇意にしているし、何より一連の教義解釈の裏舞台を見てしまっている。今更、魔王に対し嫌悪や憎悪を抱くことの方が難しい。内心複雑な思いがないわけではないが、さりとて「自分は魔王なんて絶対認めません!」と帝国に食ってかかるほどでもない。


 問題は、他の使節団員たちである。

 彼らは、舞台裏を知らない。彼らにとって、魔王は未だ世界を二回も滅ぼそうとした悪の権化なのである。

 だからこそ、今回の会議でも宗教に関してはノータッチが貫かれた。あくまでもグラン=ヴェル・サイーア両国の国益のために結ばれた国交であり、つつくと蛇どころかドラゴン…いやいや冗談抜きで魔王が飛び出してきかねない藪は見て見ぬふりをするが吉、そこは互いの自由を認めましょうというのが暗黙の了解なのだ。

 敢えて触れないようにしたからこそ、団員たちも自分たちには理解しがたい帝国の信仰にも目を瞑ることができたのだ。そこはそれ、流石に国の代表として選ばれるエリートたちである。きちんと弁えることを知っているのである。

 

 しかし、魔王に感謝を捧げる祭ともなると…


 「帝国の方も、そこんとこは分かってるみたいだぜ。誘われたのは宗教色の強くない開催式のセレモニーだし、そのあとは個々人の判断で自由にしても構わねぇってよ」

 「おー…流石に……懐がデカいっつか、余裕だな皇帝さんも…」

 皇帝の余裕は、魔王の存在によるところが大きいのだろう。実際に復活し、一度は帝国に降臨した自分たちの神が健在であるのだから、それを信仰しない他国の民には寧ろ憐憫の目を向けることすらできるのだ。

 「で、お前は出席するのか?」

 「そりゃ、皇帝陛下から直々にお誘いを受けちまったしな。教皇聖下と公王陛下にも許可は取ってある。俺様が出席しとけば、とりあえず他の連中がバックレても帝国の面子を潰すことにはならねーだろ」

 「そこまで考えてんのか。流石だな、王子サマ」

 無論、公国側の最高責任者であるセドリックが異端の神を祀る催しに参加する点に関しては異論も噴出するだろう。が、彼はあくまでも俗人代表。ルーディア聖教徒ではあるが聖教会の代表ではない。国益と民の安寧が優先されるとのお墨付きを他の誰でもない教皇に戴けているのであれば、そして宗教に関しては不問不干渉の立場を貫くのであれば、口うるさい面々もそれ以上は何も言えない。


 「お褒めにあずかりどーも。つか、ハルトはどうすんだよ。あっちのが問題だろ」

 そう、王子サマは王子サマでも責任も責任感も皆無なあっちの王子サマは、歴とした聖教会代表である。その出自のこともあり(本当のじゃなくて表向きの)、本来ならば最も帝国と対立していておかしくない立場なのだが…

 「うーん…けど、あいつのことだからお祭りがあるなんつったら絶対参加したがると思う……それに、皇帝さんがハルトを誘わないはずがない」

 「……だよなーーーー」

 マグノリアとセドリックは揃って頭を抱える。

 しばらく悩んだのち出てきたのは…

 「…ま、けど………文句言う奴そんなにいないんじゃないか?だってハルトあいつ…」

 「ああ…お飾りだって、バレ気味だもんな、最近……」


 という、案外に日和見な結論だった。




 

 

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