第二百三十八話 どうでもいいことは上手くいくくせに肝心なことは思ったようにならないってありがち。
しょぼぼーんと通りを歩くハルト。
これでまたフリダシに戻ってしまった。せっかくメルセデスの行方の手がかりが掴めたかと思ったのに、テオ少年からは何も分からなかった。
どうしてだろう。何故か、メルセデス絡みのこととなるとまるで自分の望みが、意志が、上手く通らない気がする。
魔王子であるハルトにとって、人生とはそう難しいものではなかった。というか、ほぼイージーモードで過ごしてきた。
魔王復活の一件では一部怪しいところもあったが、それでも最終的に事態はハルトに都合よく決着した…と思う。
自分は魔王の依り代として犠牲になることはなかったし、大切な人たちも死ななかった。それどころか、この一件を通して改めて他者との絆に気付くこともできた。
危険を顧みず自分を見捨てなかった師匠たちや、協力してくれた人たち。叛逆の罪を着せられるのも厭わず自分に寄り添ってくれたレオニール。
きっと、ぬるま湯の毎日の中では手に入らなかったもの。
だからあの事件は、自分にとって決して悪いものではなかったと思う…今となっては。
そう考えると、やっぱり運命の輪は自分に都合よく回ってくれているのではなかろうか。
ただ一つ…メルセデスのことを除いて。
どうしてだか、本気で分からない。
あんなに運命的な出逢いをしたのに、その後の糸が完全に断ち切られてしまっているかのようだ。
ようやく再会できた彼女は、いったい誰に操られているのか騙されているのか、ハルトのことを完全に敵視している。
誤解(或いは洗脳?)を解こうと思っても、会えないのではどうしようもない。
これも二人の想いに課された試練のようなものなのだと思いたいが、しかしメルセデスがハルトを敵だと考えている状況は放置するわけにいかない。
早々に手を打たなければ、彼女との運命の絆が危うくなってしまう。
「……ししょぉ…」
ハルトは、隣を歩くマグノリアを見上げた。強くてかっこよくて頼りになる師匠なら、きっといいアイディアを思いついてくれるに違いない、そう思って。
しかし。
「……師匠?」
マグノリアの表情が驚くほどに無になっていることに気付き、ハルトは思わず足を止めた。
「……ん?どうした、ハルト」
そんなハルトに気付いた瞬間に、マグノリアの表情は復活した。いつもどおりの、野性味のある精悍な、それでいて温かい笑みが。
「……えと、その……なんでもな……じゃなくて、メルのこと、どうしたらいいんでしょう…?」
思わず、濁してしまうところだった。そのくらい、マグノリアの無表情はハルトにとって驚きだった。
マグノリア=フォールズという遊撃士は、確かに有能ではあるし感情的な人物ではない。が、決して冷淡ではない…というか寧ろ情に厚いところがあり、必要がない限り表情を消すような真似はしない。
それなのに、先ほどの彼女の顔からは完全に感情が消え去っていた。
…否、消え去っていたのではなく、彼女がそれを抑え込んでいただけだ。
「んー……そうだなぁ…唯一の手掛かりが空振りに終わったからなー、どうしたものか。とりあえず、今日は城に戻るか」
「えー……遊撃士ギルドなら何か掴めるって、師匠が言ったんじゃないですかぁ」
「そうむくれるなって。アタシだってなんでも見通せるわけじゃないんだからな?とにかく戻って作戦の練り直しだ」
「……むぅ……分かりました」
渋々だがマグノリアに頼る以外に術を持たないハルトは頷いた。
そんな風に師匠を全面的に信頼しきっている弟子であるがゆえに、彼は気付かなかった。
マグノリアが、ハルトに嘘をついたということに。
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分かっていたことだが素直さだけは人一倍なハルトは疑うことなく頷いた。そのことに安堵し、マグノリアは以降どうでもいいような世間話で時間を持たせつつハルトを連れて城へと戻った。
彼女は、ハルトに嘘をついた。
テオ少年は、唯一の手掛かりなどではない。彼のパーティーメンバーもまた、メルセデスと共に行動した実績を持っている。
それに、彼らの他にもメルセデスと共にヒュドラ退治をしたパーティーがあるのだ。そちらからも何らかの情報は得られるだろう。
さらに言うと…テオ少年の態度にも気になることは多々ある。
単細胞なハルトは、そのことに気付いていない。マグノリアも、敢えて伝えることはしなかった。
その理由については、伝えたとしてもハルトは納得しないだろう。メルセデス絡みとなると途端に物わかりの悪い頑固者に変貌する彼女の弟子は、何をどう表現しても自分の願望に沿って勝手な解釈に変えてしまう。
なんとなく…なんとなくだが、今はハルトをメルセデスに会わせない方がいい。少なくとも、メルセデスの狙いがはっきりするまでは。
マグノリアご自慢の直感は、事態が既に彼女らの手には負えないところに来ているのだと声高に主張していた。




