第二百三十六話 会いたくない相手に限って再会しがち。
翌日。
ハルトとマグノリアは再びグラン=ヴェル帝国遊撃士ギルド本部ヴァシリーサ支所を訪れていた。
なお、セドリックは相変わらず協議と調整に大忙しで、アデリーンは借りてきた本を読むのに…或いは惰眠を貪るのに大忙しだ。
紹介してもらいたい人物がどの時間に来るのか分からないと言われていたので、朝一番にやってきた。どうせハルトは暇なのだしその護衛役のマグノリアも同じく暇なのだし、丸一日ここで張っていても問題はない…他の使節団員にどう思われるかという点を除いて。
しかしありがたい?ことにハルトにお飾り以上の役割を求めている団員はおらず、マグノリアに至ってはハルトの傍にくっついていれば職務中となるわけで。
支所の扉をくぐると、昨日の男は既に待機スペースに座っていた。なかなか面倒見のいい御仁である。
マグノリアは男のテーブルまで行き手土産の酒をその上に置く。
「よ。早くから悪いな」
「別にいいさ。こないだ稼いだばっかりだからな、少しばかりのんびりしても何てことねーよ」
男も暇そうで良かった。或いは、昨日の報酬大金貨三枚があればしばらく仕事をしなくてもいいからかもしれない。
マグノリアが男の向かいに座ったので、ハルトもマグノリアの隣に座った。早速酒盛りを始める大人二人(ギルド内の待機スペースは飲食可である。ただし、騒いだり散らかしたりは厳禁)に一人だけ時間を持て余してしまうが、それもこれもハルトのためのことなので我慢する。そもそもハルトは酒が飲めないわけではない…というか酒には滅法強いが、酔うことがないのでそれを必要とすることもない。勧められれば飲むが、周りが飲んでる中で自分一人が飲めないという状況にも平気だったりする。
「そういや、まだ名乗ってもなかったな。俺はオルテロ=バッサーノ。第四等級だ」
「こりゃご丁寧に。アタシはマグノリア=フォールズ。実を言うとこの国の人間じゃないんだが…」
基本的にこの時点で帝国には外国人はいないはずである(使節団除き)。なのでマグノリアもどこまで身の上を話したものかと迷うのだが、流石に名乗り返さないのは失礼だろう。
助かることに、遊撃士連中は他人の事情にあまり踏み込まない。こんな感じに濁しておけば、それなりに察してくれるのだ。
…と思って、マグノリアははっきりしない表現をしたのだが。
「マグノリア=フォールズ?ってお前さんが、あのフォールズか!?」
思いっきり、オルテロ氏が反応を見せた。
「え…あのって…」
マグノリア=フォールズにあのもどのもない。同姓同名の遊撃士が絶対にいないとは言わないが、少なくとも男が聞き覚えているマグノリアはこのマグノリアのようだった。
何故なら。
「驚いたな、まさか本人か!なんだって帝国に?もしかしてあれか、ルーディア聖教会の秘密任務とかか?」
「え……え?」
仮に秘密任務だったら問われて答えるはずない。が、別に秘密じゃないけど完全に的外れでもない。
「えっと……アタシのことまで知ってんのか?」
第一等級であるメルセデスならまだしも、まさか自分の名まで帝国で知られているとは思っていなかったマグノリアは戸惑う。リエルタ近郊ではそれなりに名前が通っているという自覚はあったが…どうしてまた?
「そりゃ、有名人じゃねーか。噂ならこっちにまで届いてるぜ、なんでも恐ろしい魔女に呪いをかけられた王子様を救ったんだって?それに、ルーディア聖教の教皇っつったら厳格で冷酷で容赦ない奴だって話だが、その教皇からも直接指名依頼受けるんだろ?」
「あ…あーーー、その件ね…」
……一応は、事実である。ニュアンスに一抹の齟齬がないといったら嘘になるかもしれないが、字面的には事実である。
どうやら、今までのマグノリアの活躍?は広く大陸中に広まっていそうである。国交のない帝国にまで届いているのだから、ルーディア聖教国ではなおさらだろう。
ただ、それにどこまで尾ひれが付いているのやら不安でならない。
「そういや、あの剣帝の息子の指南役もしてるって聞いたが……」
オルテロ氏、そこで初めてハルトに視線を移した。それまではマグノリアばかりに注意を向けていて、ただ後ろをくっついてくるだけのハルトはおまけ程度にしか考えていなかったのだが。
「……え、もしかしてその小僧が……?」
「いや、まぁそこんところはな、色々あんだよこっちにも」
マグノリアは強引にオルテロ氏を遮って、彼のグラスに酒を継ぎ足した。
やはり魔神教を信仰する帝国にあっても聖戦の英雄である剣帝は有名なようだ。そりゃ当然、メルセデスやマグノリアどころではないくらいに有名なのだろう。
…が、それが好意的な意味なのかというと、そこは疑わしい。何しろ剣帝は、ルーディア聖教においての英雄なのだから。
あまり剣帝がどうのその息子がどうのと騒がれてしまうと、厄介事の種になりそう。
オルテロ氏はあまり信仰心が強くないのか、或いは聖戦だの英雄だのという歴史には興味がないのか、マグノリアの言いたいことを察してそれ以上の言及はやめてくれた。とは言ってもハルトに対する関心は残っているようだが、肝心のハルトが覇気も威風もないボンボンなのでその関心も長続きしなかった。
「しっかし、なんでまた帝国で凶剣を探してんだ?サイーアとかそっちのギルドで連絡取り合う方が早いんじゃねーの」
「いや……メルセデスの奴、神出鬼没が過ぎるんだよ。こっちから動かないと後は偶然に頼らなきゃまず鉢合わせしないんでね」
「……はぁーん、ま、色々あるってことな」
オルテロ氏はそれだけで分かってくれた。少なくとも、マグノリアたちは訳アリであると。ただメルセデスを探している理由に関しては、察しろと言っても無理だろう。マグノリアとしても説明するつもりはない。
弟子の恋路を応援しているだけだと、言えるはずがない。
そんな他愛の無い四方山話を続けて時間を潰していた三人(ほとんどハルトは黙ってほけーとしていた)だったが、そろそろ酒瓶も空になるというあたりでオルテロ氏が何かに気付いて顔を上げた。
彼の視線を追うと、ちょうどギルドの入口が開いたところで、ちょうど一人の遊撃士が中に入ってきたところだった。
「おう、テオ!ようやく来やがったか!」
オルテロ氏、入ってきた遊撃士の若者…ほとんどハルトと同年代の少年に、気安く挨拶。ようやくも何も、こちらが勝手に待っていただけなので相手は当然のことながら当惑顔だ。
「紹介するぜ、フォールズさん。こいつが、昨日言ってたギガサーペントの方の一行のメンバーな。テオ、お前さんに客だぜ。なんでも聞きたいことがあるってよ」
「………………」
「…………あ」
オルテロ氏はマグノリアにその遊撃士を紹介し、その遊撃士にマグノリアを紹介したつもりだったのだが、反応を見せたのはマグノリアではなくハルトだった。
紹介された少年の方も、何やら微妙な顔でハルトを見て固まっている。
「…ん?ハルトお前、知り合い?」
ハルトの様子からそう尋ねたマグノリアに、ハルトはこちらも気まずい表情で。
「えと……はい。その、こないだちょっと」
はっきり言ってしまえなかったのは、そこにオルテロ氏もいたからだった。ハルトにしては珍しい気遣いではあるが、ここで先日の話を蒸し返されてしまうと面倒なのだ。僅かでも自分の出自に触れる可能性のある事柄に関してだけは、慎重な魔王子である。
そう、彼の目の前で固まっている少年は、先日の夜半にハルトを訪ねてきたテオ=アルトゥリオだった。
年が明けましたねぇ。個人的に喪中なのでおめでとうございますは言えないのですが(言っちゃってるじゃん)、ほんと一年が経つのって早いのなんの。




