第二百三十五話 暇そうに見えたって実は暇じゃないってことけっこうあるんですよ。
「あの、すみません。お伺いしたいことがあるんですけど」
帝都ヴァシリーサの帝国遊撃士ギルド本部ヴァシリーサ支所を訪れたハルトの第一声に、カウンターの向こうに座るギルド職員は一瞬戸惑いの表情を見せた。
いかにもボンボンな風情の少年と精悍な女剣士の組み合わせに見覚えがなかったからである。
それでもハルトたちが警戒や拒絶を受けなかったのは、偏に遊撃士という職業特有の大雑把さ(いい意味でも悪い意味でも)のおかげだ。
「はい、何でしょう。こちらを利用されるのは初めてですか?基本は地方支部と同じですが…」
ギルド職員は、二人の風体から彼らが依頼を持ち込む側ではなく受ける側の人間だとすぐに察した。ともすると貴族のお坊ちゃんとその護衛、に見えなくもない二人ではあったが、ギルド職員たる者そのくらいは難なく察する観察眼を持っている。
「あ、いえ、その、依頼のことじゃなくって…」
ハルトを駆け出し直後の新人、マグノリアをその指南役と判断したギルド職員(それはほぼ当たりだ)の返答に、ハルトは言い淀んでから隣に立つマグノリアを見上げた。
が、マグノリアはシレっとハルトの視線を無視。完全に、ハルトに任せきりにするつもりである。
「……………」
「……………」
「…………………」
「…………………」
しばしの沈黙。見上げるハルトとそっぽを向くマグノリア。一体何の用だろうと首を傾げる職員。今が暇な時間帯で良かった。
「……………」
「……………」
「…………………」
「………あの、それで御用向きは?」
しびれを切らしたのはハルトでもマグノリアでもなく、ギルド職員だった。確かに今は比較的暇な時間帯だが、カウンター仕事がなければないで後方仕事は沢山残っているのだ。一見して暇だからって職員は暇ではないのだ。手すき時間には手すき時間にしか出来ない仕事だってあるのだ。
「あ、はい。えと、ボク今ちょっと人を探してまして」
どう切り出せばいいのか分からなかったから師匠を頼ろうと思ったのに相手にされなかったので、ハルトは仕方なく自分で説明することにした。
当然、師匠の意図は理解出来ていない。
「人探し……依頼の持ち込みカウンターは向こうですけど」
「ああ、いえ!依頼ってわけでもなくて」
あら彼らは依頼人の方だったか、と依頼持ち込みカウンターを案内しようとした職員に、ハルトは慌てて訂正。
考えてみればメルセデス探しを「依頼する」という手もなくはないと気付いたのだが、やっぱり想い人の行方くらいは自分で探したい。
「依頼でなければ、どういうことですか?」
「その、ボクが探してるのは遊撃士のメルセデス=ラファティっていう女の子なんですけど」
ハルトがその名を出した瞬間、ギルド職員や周囲で聞き耳を立てていた帝国遊撃士たち(見慣れぬ余所者に興味津々だったのだ)に反応が見られた。
やはり、国際遊撃士連盟に加盟していない帝国内であっても、第一等級遊撃士「凶剣」の名は知れ渡っているらしい。
それでもリエルタのときほどにざわついていないのは、メルセデス自身が帝国内で活動していないからだ。
「その方のお名前は存じておりますが…他国の方ですよね?うちに登録されてるわけではないので聞かれてもお答え出来ないのですが」
「………え…あ、そう……ですよね……失礼しました」
ハルト、尋ねておきながら困った。が、言われてそれもそうかと納得。
メルセデスはハルトやマグノリアと同じく、国際遊撃士ギルド連盟の所属。帝国ギルドとは縁がない。
ギルド職員に尤もだが素っ気ない返事を貰いすごすごと引き下がりつつ、少しばかり師匠を恨みがましく見上げてみたり。
だって、師匠が遊撃士ギルドに行けば何か分かるって言ったんじゃないか、と。
一方のマグノリア、いきなり考えも無しにギルド職員を当たったハルトの短絡さに呆れつつ、流石にこれ以上は今のハルトには無理だったか、と考えを改める。今のハルトには無理だが今後のハルトには可能なのかというとそこのあたり自信はないのだが。それをどうにか成長させるのが自分の仕事でもあるのだが。
マグノリアはハルトを伴ってギルド本部を出る…ことはせず、そのままカウンターから離れて他の帝国遊撃士たちがたむろっている待機スペースへ。待機スペースといってもほとんど談話室状態。ここで遊撃士たちが情報交換したりパーティーメンバーを探したり、というのは国が変わっても似たり寄ったりだ。
ハルトはおとなしくマグノリアに付き従った。彼女がそうしたということは、そうする理由があるからだ。それが何なのか分からない上で疑いを持たないほどに、ハルトはマグノリアのことを信じ切っている。
マグノリアの想定どおり、幾人かの遊撃士が二人に興味を示した。向こう側から話しかけてこないのは、こちらを値踏みしているのだ。
「なぁ、ちょっといいか?」
その中の一人に目をつけ、マグノリアは声を掛ける。それは、二人に興味深げな視線を送りながらもそれをあからさまに示そうとはしていなかった男だった。
実際、声を掛けられても男は気乗りしなさそうな反応を見せた。が、それは余所者のしかも女に見え見えの関心を寄せるのが気恥ずかしいという思い(要するにただのカッコつけ)だということにマグノリアは気付いていた。得てして、この手の界隈にはそういう男が多いのだ。
「…あ?何の用だよ。言っとくが、俺も凶剣のことなんざ知らねーよ」
ほら。興味なさげなのに職員との会話はばっちり聞いてた。
「そうか。なら、ここ最近デカいヤマはなかったか?デカいのにあっさり片付いたようなヤマだ」
「…それだったら、いくつか聞いてる」
そこまで言うと、男は立ち上がった。そのままテクテクと出口へ向かって歩いていく。
ハルトは、あれ何か教えてくれるんじゃないの?と戸惑うが、マグノリアが涼しい顔で男の後に続くものだから、自分も慌てて二人を追った。
男はギルド本部のはす向かいにある店へと入った。マグノリアとハルトも続いて入った。
そこは、大きな酒場だった。
荒くれものの遊撃士たちは大抵が大酒飲みで、仕事前の駆けつけ一杯や仕事後の打ち上げと称しては酒呑み処に入り浸りがちだ。それは、帝国もリエルタもタレイラも、どこもそう大差ない。
なので、遊撃士ギルドの近隣は酒類の提供者にとって目抜き通りなのだ。好立地なのだ。そこに酒場を建てれば儲からないはずがないのだ。
「あのー…師匠?」
「まぁ、少し待ってろ」
多分純粋な酒場なんて生まれて初めてであろうハルト(快眠亭の一階も酒を提供しているが分類的には食堂だ)は店内をキョロキョロ見渡して落ち着かない。遊撃ギルドとはまた違った独特のガサガサした空気に尻込みしている。
本当はこういうことも社会勉強なのだが、いくらなんでもハルトには早かろう。マグノリアは、弟子に見学を命じた。
男がラムを頼んだので、マグノリアも同じものを頼む。カウンターに二人分の代金を置いたのは、マグノリアの方だった。
男はマグノリアの奢りに礼を言うこともなく、グラスに口を付けた。一口飲んでから、ようやく口を開く。
「半年くらい前に、西の山脈地帯でヒュドラが討伐されてる。管轄は帝都じゃねーけど、あっちの支部じゃ手が足りないとかでこっちに依頼が回って来たらしい」
「で、討伐したのは?」
「うちでも名うての一行…つっても平均で第三等級なんだが」
「……へぇ」
マグノリアの「へぇ」は、平均第三等級で脅威度8のヒュドラを討伐した一行に対する感心ではない。男が自分の問いに応じて持ち出した話の裏にある事情に気付いた「へぇ」だ。
「んで、その後もいつの間にかギガサーペントの討伐依頼が終わってたりした。それを受けたのは中堅どころだったらしいぞ」
「……へぇ」
追加情報にも、驚きはない。中堅どころ…こう称されるのは大体が第六から第四等級くらいまでだ…にとってはギガサーペントも怖ろしい強敵なはずだが。
「ヒュドラとギガサーペントの件って、どのくらい間が開いてる?」
「んーー、多分、一か月かそこらってとこじゃねーの?最近は、そういう話は聞かねーな」
男は、それ以上話すことはなくなったようで手の中のグラスに注意を戻した。
マグノリアとしては、もう少し聞き出したいところである。
「なぁ、それじゃその一行…ヒュドラの方でもギガサーペントの方でもいいけど、紹介してもらえないかな」
随分と踏み込んだマグノリアの願いに、男は少し面倒臭そうな顔をした。遊撃士は荒事専門であって、例えば酒を奢ってもらう対価に自分の知っている情報を少しばかり…自分に損がない程度…分け与えるくらいはワケないが、人材紹介は専門外なのだ。
しかし、マグノリアがカウンターの上にさりげなく置いた金貨に目を留め、これまたさりげなくそれを懐に入れた男はどうやら専門外の依頼を受けることにしたようだ。自分の知っている相手を紹介するだけで大金貨三枚だなんて破格の報酬を蹴る理由が彼にはない。
「なら、明日またギルドに来な。つっても、そいつは俺と組んでるわけでもないから会えるかどうかは知らねーが、一日張ってりゃ一行の誰かはギルドに来るだろうよ」
「悪いな、頼んだ」
ここで男が報酬を持ち逃げしないかについては、マグノリアに判断することは不可能だ。いくらなんでもそこまで男に対する情報を持っていない。
が、遊撃士という人種は確かに見てくれは犯罪者とそう変わらない者も多かったりするが、一応は法を順守する良き市民?であり、一度受けた依頼は…正式にギルドに持ち込まれたか否かを問わず…完遂するという責任感を持ち合わせている。というか、持っていなければ遊撃士として活動していけない。
なのでとりあえずは男を信用することにして、マグノリアはハルトを連れて酒場を出た。
「あの、結局どういうことなんですか?」
二人の遣り取りを横でずっと見てたはずのハルトだが、会話の中身は全く理解していない。
「あのな、メルセデスは確かに遊撃士だけど、帝国のギルドには加入してないだろ?」
「……はい」
「帝国内で遊撃士として活動するには、帝国のギルドに入る必要があるわけだ。まぁ、今後サイーアとの国交が結ばれればそれも変わるかもしれないが」
今のところ、帝国の遊撃士ギルドと国際遊撃士ギルド連盟は別組織である。したがって、帝国遊撃士ギルドに所属していないメルセデスが、帝国内で仕事を斡旋してもらうことは出来ない。
…が、それはあくまでも「彼女個人が」仕事を「斡旋してもらう」ことが出来ないだけの話であり。
「別に、正攻法で仕事を受けられないからって稼げないわけじゃない。あいつがギルドを通して仕事することが出来ないだけで、個人的に依頼を受けたりすることは出来る」
「でも、さっきのお姉さんは知らないって…」
「だからギルドを通してなけりゃ職員が知るはずないだろ」
ギルド職員が有する情報は、あくまでもギルドに関するものだけだ。尤も噂程度なら聞き及んでいるかもしれないが、その噂の信憑性を判断するのもその噂を吹聴するのも売り買いするのもギルド職員の仕事ではない。
「いいか、メルセデスは確かに帝国に来ていた。それは確かだ。ただ、その目的は分からない」
「え、メルが来たのはボクに逢いに」
「それはさておき、狙いがどうであれ生きてくためには金が必要だろ?いくら第一等級だからって、飯と寝床は確保しなきゃならない。確保するには金が要る」
メルセデス=ラファティがマグノリアたちと同じように誰かからの依頼を受けて帝国に来たのであれば、路銀はそこから必要経費という形で提供される。
しかし、これはほとんど勘だが、メルセデスは個人的な理由で自分だけの判断で帝国入りしたのだとマグノリアは考えていた。
あの凶剣は、誰かに使われるようなタマではないのだ。それに、メルセデスは確かサイーアの首都であるエプトマで遊撃士登録をしているはず。その彼女が通常の依頼で国交断絶の帝国に赴くことは、考えにくかった。
「金を稼ぐには、働くしかないだろ?けどここのギルドじゃ依頼を斡旋してもらえない。となると?」
「……………?」
「ああ…まだ難しかったか。あー、自分じゃ依頼を受けられなくても、どっかの一行に紛れ込めばいい」
ギルドの会員でなければ一行に加えない、だなんて窮屈な決まりを設けている遊撃士は少ない…というか皆無だ。必要に応じて、遊撃士ではない傭兵や魔導学者を自分たちで雇う者もいるくらいで。
「いくら他国の人間っつっても、何しろ第一等級。あの「凶剣」だ。仲間に入れて欲しいって言われりゃ諸手を上げて大歓迎!って連中も多いだろうさ」
「そりゃ、ボクのメルですからね!拒絶されるはずがないじゃないですか」
「……まぁそれはさておき。だったら後は分不相応の結果を出した一行を探しゃいい」
例えば、平均で第三等級の一行の中に一人だけ第一等級がいた場合。或いは、中堅どころの一行の中にいた場合。
その一行は、普段であれば決して手を出せないような高難度の依頼にも挑戦することが出来る。第一等級とは、それほどに特別。それは、帝国だろうが他国だろうが、国際連盟の枠組みに入っていようがいまいが、変わらない事実。
「でも、それがメルかどうかは分からないですよね?」
「おうそこは気付いたか、上等上等。けど、アタシがなにを前提条件にしてるかは聞いてたよな?」
「……ぜんていじょうけん」
「…さっきギルドで、メルセデスの名前を出したろ?で、あの男もそれを聞いて反応を見せた。その上であいつがアタシに話した内容にメルセデスが関係してないはずないだろ」
男の反応は明らかに知っている者のそれだった。さらに、マグノリアたちがメルセデス=ラファティを探していると知っていて何の根拠もない話を、或いは全く関係のない話を提供することはなかろう。
「噂、しかも結構信憑性のあるのを聞いてんのさ、あの男は。ま、凶剣が動いてるとなったら噂は飛び交うだろうけどな」
男はメルセデスを直接には知らないと言った。しかし、彼の口振りはメルセデスを直接知る者を直接知っている、かのようだった。
「それじゃ……」
「ああ。上手くいけば、早々に会えるかもな」
期待に顔を輝かせた弟子が微笑ましい師匠だったが、その直後にメルセデスが魔王子を目の敵にしているという事実を思い出した。
「おいハルト、お前メルセデスに逢ったらどうするか決めてんだろうな」
「そりゃ決まってるじゃないですか。いきなり籍を入れるのは急すぎる話だから、まずは婚約って形で」
「ちっがーーーう!そういう話じゃない!!」
遊撃士としての師の仕事、その内容や範囲について少しばかり分からなくなってくるマグノリアであった。
なんかめちゃくちゃ久々の更新です。最近お疲れモードで気力が出なーい。




