第二百三十三話 お世話になった人にはきちんと礼を尽くさないといけないよ。
帝都ヴァシリーサの遊撃士ギルド本部(帝国の遊撃士ギルドの、である)を訪れる前に、ハルトとマグノリアは意外な顔に出逢った。
「おう、マギーにハルトじゃねぇか!今まで何処で何してやがったんだよ」
道でばったり出くわして、驚き半分嬉しさ半分で声を掛けてきたのは、サヴロフ村…サヴロフ商会のダニールだった。
考えて見れば、魔王復活のゴタゴタで挨拶もせず…どころか何も告げずに別れたままだった。
「あ、ダニールさん!お久しぶりです」
「お久しぶり、じゃねぇっての。お前ら、急にいなくなるもんだから心配したんだぜ?何せ、あの後すっげぇ大変だったんだからよ」
痲薬製造&販売の犯罪組織のリーダーのくせして、何も言わずに突然行方をくらました仲間(しかも新入り)を疑いもせず心配するというのは、もう組織の存亡が心配になってしまうレベルのお人好しである。
…が、ダニールはそういう男なのだろう。一度懐に入れた者に対しては、全幅の信頼を寄せるのだ。
或いは…全幅の信頼を寄せているクヴァルの判断こそを、信じているのか。
「え、大変って…」
「知らなかったのかよ!?魔王の復活とかって、物凄く大騒ぎだったんだぜ?帝都から強制退去命令は出るしよ、まぁ一時的なものですぐに帰ってこれたから良かったけどな」
「あ…あーー」
知らなかったどころではなく思いっきり当事者だったハルト(とマグノリア)は、何も言えず愛想笑いで誤魔化すしかない。
「けど、おかげで一つ商談がパーになっちまうし、ほんとツイてないったらねぇぜ」
そう言えば、とマグノリアは気付く。
ダニールは、魔王に尊称を付けなかった。帝国民はみな魔王崇拝者かと思っていたのだが、そうでもないのだろうか。
しかし同時に、あの皇帝が自分の臣民が魔王を崇拝しないことを容認するとも思えない。
「で、お前らは今まで何してたんだよ。無事だったんなら連絡の一つでも寄越してくれりゃよかったじゃねーか」
「ああ…それについては悪かった。けど、アタシらもほんと色々あったんだよ……まぁ今はとりあえず落ち着いてるけど」
いくら魔王復活のゴタゴタに巻き込まれていたとは言え、その後ダニールたちに連絡を取ろうと思えば不可能ではなかったのだ。散々世話になってしまったのだからそのくらいしてもいいはずなのにすっかり忘れていたのは不作法と言われても仕方ない。
が、ダニールはそういう礼儀には無頓着のようだった。
「あー…そういやお前らは、何か目的があって帝国に来てたんだったな。そいつは達成出来たのか?」
ダニールは、クヴァルからある程度の説明を受けている。ハルトたちが何らかの目的を持って帝国に来たということ、その足掛かりとして仲介屋を通しサヴロフ村を紹介されたということ。
「んー…まぁ、そう…だな、達成出来た……っつってもいいのかな」
「……結果だけ見れば、そういうことなんでしょうね」
歯切れの悪い師弟コンビ。あれだけ大騒ぎした割に結果が締まらない感じに終わってしまったためか、目的も達成出来たのやら出来てないのやら、今一つ判然としないのだ。
「なんだよなんだよ、はっきりしねーなぁ。…んで?まだ帝国でやることあんのか?もしないようなら、またお前さんたちに手伝ってもらいたいんだけどよ」
ダニールはハルトたちを高く買ってくれている。高評価は素直に嬉しいしお誘いも有難いのだが…
「ええと、スミマセン。ボク、やらなくちゃならないことがあるんです」
「そっか、なら仕方ないな。そっちが早く片付いたら、また顔を見せてくれよ。こっちも結構有望な新顔が入ったからよ、紹介してやりてーし」
「はい、そうします。それじゃダニールさん、お元気で」
「おう!お前らも無理すんなよ」
付き合いの悪いハルトに嫌な顔一つせず、ダニールは豪快に笑って去っていった。
「よし!ダニールさんもああ言ってくれたことだし、早くメルを見付けましょう!」
「…………やる気だけは、一丁前なんだよなー…」
そのやる気が、もう少し行動に結びついてほしいと思う師匠であった。
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本当に、どうしてこんなことになってしまっているのだろう。
レオニールは、自分の置かれた状況にただひたすら戸惑い、ほとんど途方に暮れていた。
否、これが計算づくの行動であれば、寧ろ彼は重要な局面にあると言っていい。が、自分で意図したことではなく流されるままに気付いたら此処にいた、という状況は、彼にひどく寄る辺の無い不安を喚起させるのだ。
「どうしたんだい、レオ?何か悩み事?」
渋い顔をしていたのを見られていたのか、そんな風に声を掛けてくる者があった。ここ数日レオニールが世話になっている連中の一人で、青みがかった黒髪に浅葱の瞳の、爽やかで気さくな若者で、名をラス=クーリェという。
「……いや、そういうわけでは…ない」
実を言うとそういうわけなのだが、そうとは言えない事情があった。
何故ならば、彼は今、とある団体に身分を隠して潜入中、なのだからである。
しかもその団体……本来ならば、レオニールとは決して相容れない存在なのだ。
「そう?ならいいけど。これから忙しくなるってクヴァルさんも言ってたし、頼りにしてるよ」
「……………うむ」
「なんせ、相手は皇帝を始め魔王を崇める連中だからね。どういう手を使ってくるか、分かったもんじゃない」
「………………………うむ」
魔族であり魔王を崇めるレオニール(本心では彼が崇めているのは魔王子だが)に対し、魔王を崇める連中にまるで敵対しているかのような口振りのラス。
「早く、この国も目が覚めてくれるといいんだけど。けど僕たちの賛同者は少しずつだけど着実に増えていっているし、きっと夜明けは遠くないと僕は思うよ」
そう、レオニールは今、魔王崇拝を否定する、とある市民団体にお邪魔しているのであった。




