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第二百三十話 アデリーンの戸惑い




 「んで、図書館デートはどうだったんだよ?」 

 「……聞かないでよね」


 冷やかし半分純粋な興味半分のマグノリアを、アデリーンはジロリと睨み付けた。

 相変わらず険悪な表情ではあったが、しかし出掛ける前までとは勢いが若干違う気がして、マグノリアはおや、と思った。


 「なんだよ、もしかして結構悪くなかった、とか」

 「うっさいわねそういうんじゃないわよ。まぁ、面白い本は沢山あったから時間の使い方としては悪くなかったけどね」

 「……へぇーえ」


 さっきからアデリーンは、借りてきた本を開いたり閉じたり。中身に没頭しているようには見えない。普段だったら、本を読んでる最中の彼女に話しかけたって絶対に返事なんて返ってこないのに。


 これはもしかすると、もしかするかもしれない。マグノリアはラーシュ皇弟殿下の手腕に感嘆した。


 「そ、そんなことよりあんたら、出掛けるわけ?」

 礼服ではなくいつもの旅装束になっているマグノリアとハルトを見て、アデリーンは話題をそちらへ変えた。


 「ん、ああ。皇帝陛下から外出許可は貰ったからな。ちょっと出てくる」


 気楽に言うマグノリアだが、実際にはそんな簡単なことではなかった。許可を欲したのがハルトだったからあっさり通っただけのことで、国交樹立のために入国した使節が勝手に自由に動き回るだなんて前代未聞だ。なのでお許しが出たといっても、あまり大っぴらに吹聴出来ることではない。


 「お前はどうする、アデル?」

 「んー……私は…」

 

 アデリーンだってハルトの護衛として使節団入りしているわけで、本来であれば訊ねるようなことではない。悩むようなことではない。

 だがマグノリアは敢えて訊ねたし、問われたアデリーンは逡巡した。


 「……やめとくわ。読みたい本が一杯あるから」

 「…そっか。んじゃ、アタシらは行ってくる」

 

 アデリーンの選択に特に何も言わず、マグノリアはハルトを促して部屋を出た。

 ドアを閉める寸前に見てみたら、やっぱりアデリーンは本をパタパタ閉じて開いてを繰り返していた。






 「…………どうなってんだ、あれ?」

 「師匠、師匠、アデルさんもしかしてラーシュと付き合うんですかね!?」


 なんでか嬉しそうなハルト。お前ついこないだまで無理そうだって言ってたくせに。


 「え、いや、つき……付き合う、かな…?だって()()アデルだぞ。しかも相手は帝国の皇弟ときたもんだ」

 「別に誰が誰と付き合ってもいいじゃないですか」


 脳内お花畑のハルトには、身分やら階級やら立場やらの問題は見えていないらしい。どだい上手くいくはずはないと高を括っていたから何も心配していなかったが、仮に二人が両想いだったとしても…或いは両想いになったとしても、前途は多難なのだ。


 「それに、アデルも否定してたじゃねーか」

 「けど、こないだまでとなんか反応違いましたよね!何だか気もそぞろって感じだし!普段だったら、表情一つ変えずに本にばっかり集中してるはずなのに、ソワソワして落ち着かないみたいだし!」

 「いやだから何でお前が嬉しそうなんだよ…」


 最大の問題として、やはり身分の差は大きすぎる。

 アデリーンは、平民中の平民。土地も資産も持っていない。相手がせめて男爵や子爵レベルならばまだしも、よりによって皇族となるとこの階級社会では強い反発を受けるだろう。

 さらにラーシュは帝国の貴族派の中心人物。おそらく…というか間違いなく貴族派の重鎮たちはラーシュと同じ貴族派の令嬢、或いは皇帝派に大きな影響力を持つ家の令嬢を番にしようと考えているはず。

 彼がどの家と(どの女性と、ではなく)結ばれるかで、貴族派や延いては皇帝派の状況も大きく変わってくるのだ。そこに個人の感情を差し挟む余地などありはしない。



 「だって、なんかロマンス!って感じじゃないですか。国境と身分の差を超えて結ばれる二人…だなんて!!」

 「ロマンスってお前…」


 言葉にすれば華やかだが、実態は物語のようにはいかないだろう。もし、仮に、万が一にも、ラーシュとアデリーンの関係が上手くいったとしたら、絶対に貴族派が黙ってはいない。貴族派だけでなく、帝国中の貴族が黙ってはいない。


 「現実はそうキラキラした言葉で済まされたもんじゃねーぞ?貴族社会なんて、裏じゃドロドロの陰謀が渦巻いてるんだからな」

 「反対する人がいても大丈夫ですよ!ボクが皇帝さんを説得します!!」

 

 どうしてハルトがそこまでラーシュとアデリーンをくっつけたがるのか。きっとどうせ、自分とメルセデスに重ねて応援したくなっちゃってたりするんだろう。

 

 「いや、そりゃ皇帝陛下はお前に言われたら従うんだろうけどさ、そもそもからしてアデルの気持ちってのがあるんだからな?」

 「え、でも、アデルさん結構ラーシュのこと気に入ってるみたいじゃないですか」

 「いや、嫌悪感が少しは薄まった程度だろ。くれぐれも、早まって皇帝陛下に変な事吹き込むなよ」


 実のところ、マグノリアもアデリーンの変化は少し気になっている。彼女の中に皇弟に対する好意は未だ生じていないが、しかし何者にも揺らぐことのない彼女が影響を受けていることも確か。

 しかしながら、それが恋愛感情にまで発展するかどうかはまた別の話で、と言うかアデリーンの性格からすればラーシュの勝算は薄い。

 

 「変な事って…」

 「第一お前、他人のことに気を取られてる場合かよ。このままメルセデスに逢えなかったら、お前は永遠に片思いのままだからな」


 逢えたとしても両想いになれる可能性は低い。多分、ラーシュの勝算よりも低い。敵と見做されて攻撃されなければ御の字だ。


 「あ、そうでした!ボクはメルを迎えに行かなきゃ!……って師匠、何言ってるんですかボクとメルはもう両想いですよ」

 「お前……本気で言ってるんだったらマジで引くぞ…」


 何を根拠に両想いを宣言するのか、いやそもそも根拠など何処にもありはしない。ただハルトの思考が「両想いになりたいな」から「両想いだといいな」に、そして「両想いに違いない」へと勝手に変遷していっているだけで、メルセデスを含め彼以外の誰の目から見ても二人が両想いであるなどという事実は存在しない。

 しかも、()()、じゃなくて()()()()()、という表現がもう、我が弟子ながら薄気味悪いとすら思ってしまうマグノリアだった。




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