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第二百二十七話 マギー姐さんの恋愛相談室




 「自分で言うのもアレだけどさ、僕はこれで結構、女性受けは良い方なんだよね」

 「う…うん、それはなんか、分かる気がする」


 お茶のカップを置いてからはふぅ、と大きく溜息をついたラーシュ=エーリクに、ハルトは愛想笑いで頷いた。

 いやいや、おべっかなわけではない。確かにラーシュはイケメンだし人当たりはいいし女性にも礼儀正しいし、モテる要素はありまくりである。



 インターバルの二日間も終わり、帝国と使節団との実務者協議が始まった。これからセドリック公子始め使節団員の皆は忙しくなるわけだが、そんな中寧ろ暇を持て余すようになってしまうのが、実務者としての役割を持っていないハルト。

 彼は使節団の箔付けと聖教会の勢力誇示とあと帝国(皇帝)への牽制として使節団入りしたわけなので、要するにただ居ればいいだけの存在だったりする。

 帝国でハルトの正体を知るのは皇帝と、あと今は姿の見えないヴォーノ=デルス=アスだけで、従って皇帝が出張ることのない会議にハルトが居ても何の意味も価値もない。少なくとも、自身の見識あるいは知性を以て会議に影響を及ぼす、だなんて真似はハルトには逆立ちしても無理なことである。


 で、意外なことに皇弟ラーシュ=エーリクもハルト程ではないが暇を持て余し気味だった。彼は辺境守護を主な任務とする外翼軍の司令でもあるのだが、政務に関しては完全に遠ざけられている。

 それは貴族派を警戒する皇帝派からすれば当然のことで、皇帝は弟に対し自分の代理として国の仕事を任せるようなことは決してしなかった。

 外翼軍司令と言っても周囲は皇帝派家臣に押さえられており、皇族の一員として以外の意味合いをラーシュが示すことは非常に難しい。

 仮に彼が積極的に帝位簒奪を目論んでいたのであれば、或いは貴族派の台頭を望んでいたのであれば、もっと上手く立ち回っていただろう。貴族派も馬鹿ではなく、ただ黙って自分たちの神輿を皇帝派のお飾りにされるのを良しとするはずもない。

 …が、肝心のラーシュにその気がないのだ。彼は皇帝派の考えや魔王崇拝には疑義を持っているが、兄に対する感情はどちらかと言えば好意的で、少なくとも皇帝の座を奪い取ろうと画策する気配はなかった。


 ……というのは、ラーシュと接したマグノリアの推察であり実際に彼が何を考えているかなどと彼女には知る由もないのだが、屈託のない表情でハルトと談笑する皇弟には腹黒い考えなどなさそうだった。



 ここは、ラーシュの私室である。ハルトがお茶のお誘いを受けたので、マグノリアも同行している。誘ってもいない護衛役の姿を見ても、ラーシュは嫌な顔一つしなかった。寧ろ、歓迎してくれたくらいだ。

 尤も、彼には彼なりの思惑はあるようだったが。


 部屋にいるのは、ラーシュとハルト、マグノリアの三人だけ。お茶のセットだけ侍女に持ってこさせると、ラーシュは人払いをしてしまった。その時点で、彼がハルトに何を話したがっているのか想像のついたマグノリアである。

 そしておそらくだが、彼が必要としているのはどちらかと言えばハルトではなくマグノリアの方かもしれない。

 と、言うのも。


 「だから女性の気持ちもそれなりに分かる方だと思うんだけどさ、やっぱりアデリーン嬢はその、照れてるんだよね?」

 「…え………」

 「残念ながら殿下、それはないと思います。…つか、絶対ないです」


 何処かの誰かさんと同じように現実が見えていないのか現実から目を逸らしているのか、見当違いの楽観を口にしたラーシュ皇弟殿下に、マグノリアは悪いとは思いつつ早々に現実を示して差し上げることにした。

 

 間髪を入れることなく返って来たマグノリアの反応に、ラーシュは一瞬笑顔のまま固まる。そしてその固まった笑顔のまま、少しだけ首を傾げた。


 「え…?でもほら、女性って熱烈なアプローチを受けるとついつい本心じゃないのに冷たくしてしまうことってあるだろ?ほら、俗に言うツンデレ…」

 「ツンはあってもデレはありません。あいつにそれだけは絶対にあり得ません。あいつはもう、ただのツンツンです。寧ろツンドラです」


 別にマグノリアに、アデリーンの恋路を邪魔してやろうなどという邪まな考えはない。二人が上手くいけばそれだけ帝国と公国の仲にも好影響を及ぼすだろうし、皇弟殿下と付き合えるとなったらアデリーンにだっていいことずくめ…彼女が世間一般の女子と価値観と同じくしているならば…ではないか。

 ただそれにしてはアデリーンの拒絶反応が半端じゃないし、よしんばラーシュが強引にでも本懐を遂げたところで、早晩アデリーンの自己中オタクっぷりに嫌気が差してしまうに決まっている。相当のMでもない限り、アデリーン=バセットの恋人は務まるまい。

 そんな破局が見える関係に、嫌がるアデリーンを無理矢理押し込めることは仲間としてちょっと憚られた。



 「い…いやいや、そんなことはないだろう?だって、彼女には何も不都合なことはないじゃないか!僕の想いを受け止めてくれれば、いくらでも贅沢し放題だよ?どんな我儘だって聞いてあげるし、欲しいものは何だってプレゼントするつもりだし!」


 力説するラーシュ。皇族と付き合えば贅沢三昧出来るというのは普通に考えられることだ。問題は、アデリーンがそれを聞いて「あら素敵…♡」となるかどうか、なのだが……ならないだろう、やっぱり。

 彼女は我儘だし、欲しいものを我慢するタイプでもないが、それを自分自身の力で突き通す性質タチである。


 「そう仰るなら本人にそう伝えていただければ分かると思いますけど…」

 「いや!そんな、まるでお金で気持ちを試すようなことを彼女には言いたくない!!」

 「…………はぁ…」


 心意気は立派なのだが、だからと言ってここで力説してても無意味だろう、皇弟。


 「あ、それとももしかして……皇弟妃って立場に気後れを感じてるとか、そういうことなのかな!?」

 「いえ、そういうこと気にするタイプじゃ………って、皇弟妃!?」


 付き合う云々はいいとして、まさか結婚のことまで考えているのか。貴族でも大富豪でもなく、売りがあるとすれば英雄の直弟子という経歴くらいしかない平民魔導オタク(引き籠もり)を、本気で妃に迎えるつもりか。


 「え、ラーシュ、アデルさんと結婚するつもりなの!?」


 いきなりハルトが食いついた。瞳が爛々と、頬は上気して、まるで恋バナにはしゃぐ女子のノリである。

 まぁ彼が誰と誰を重ねて妄想してるかは、推して知るべし。


 「え、いや、勿論彼女の意志を尊重するつもりだよ!けど、僕の気持ちは生半可なものじゃないんだ。彼女さえ頷いてくれれば、妃として迎え入れたいと思ってる」

 「え、それじゃアデルさん、お姫様になるんだね!」

 「だけど、彼女はそれを重荷だと考えてたりはしないだろうか。貴族の社会って結構面倒なことが多いし、口さがない連中から何か言われたりするかもしれないし、気苦労はどうしたってかけてしまうと思う…」


 貴族社会での気苦労以前にアデリーンにはその中に入っていくつもりが微塵もないわけだが、ラーシュが悩んでいるのはそういう基本のキではないようだ。


 「周りの目からは僕が守ってあげられるし、重荷って言ったって皇弟なんてお飾りみたいなものだし、それほど負担になるようなことはないと思うんだけど……」

 「いえ、ですから殿下、そういう問題ではないと思います」

 「それなら、どういう問題だと思う?」


 すかさず問われた。間違いなく、アデリーンのパーティーメンバーであるマグノリアに助言を求めている。アデリーンと上手くいくための助言を。彼女の心を掴むための、助言を。


 そんなもの、あるわけがない……わけではないがラーシュには多分不可能なことだ。


 「あのですね、殿下。まず前提として、アデリーンは権力とか地位には全く興味がありません」

 「それはなんて謙虚な心掛けだろう!」

 「…………。あとですね、恋愛事にも全く興味がありません」

 「そ…それじゃ、もしかして僕が彼女の初めての…?」

 「…………(こいつ一発殴った方がいいか?)さらに、他人に対しても全く興味がありません」

 「なら、彼女の心が他の男に移る心配はないってことだね!」

 「…………(やっぱ殴った方がいいかも。つか、殴りたい)」


 マグノリアは、恐ろしくなった。

 彼女のバカ弟子といい、ラーシュ=エーリクといい、恋に盲目になるとこうもアホを晒すものなのか。 

 周囲が見えず、相手の気持ちも分からず、自分に都合の良い妄想で突っ走る。恋が人を愚かにするというのはまぁ、よく言われる定型文みたいなものであり分からなくもないが、魔王の後継者だとか皇弟だとかいっぱしの責任を背負っていなくてはいけないような連中がこの体たらく。

 彼女にはそこまでの恋愛経験はないので、これがこの二人のみに特有の現象なのかよくあることなのか、分からない。が、仮にこいつらが権力を握ったりしたら女で国を(下手すりゃ世界を?)滅ぼしかねない。


 ああ、そう言えば歴史上では女にかまけて国を滅ぼしてしまった愚君とかもいたんだっけ。


 「殿下、失礼を承知ではっきり申し上げますが、アデリーンは殿下のことをどうとも思っていませんよ」

 「…………や、やだなぁ、マグノリア嬢。そんな意地悪を言わないでくれ。君の友達を奪おうっていうんじゃないんだから」

 「いえ、別にそれは構わないんですけどお好きになさって下されば。…じゃなくて、少なくとも現時点では、殿下はアデリーン=バセットの心に僅かたりとも引っ掛かっておりません」

 

 いや、まぁ、嫌悪も引っ掛かりというのならば十分に引っ掛かっているのだが、それを伝えるほどマグノリアも冷血人間ではない。


 「え……僅かたりとも?小指の先っぽくらいも?」

 「はい、引っ掛かってません。爪一枚ほども。これっぽっちも」


 表情一つ変えず淡々と告げるマグノリアが本気であると気付き、ラーシュが徐々にトーンダウンしていく。


 「いや、だけど……こう、砂一粒くらいは…」

 「ありませんね、残念ながら」


 一縷の望みを賭けたみたいに懇願する目つきになっているラーシュに、マグノリアは冷たく首を振った。


 「あいつは、恋愛事に興味がないってだけでなく、それを煩わしいものだと考えてます。物事の優先順位が明確なんですよ」


 なお、言うまでもなくアデリーンの中で優先順位が一番高いのが魔導研究、そして惰眠。そこから下は重要度がググっと下がり、次に位置するのは面倒だけど生きてくためには仕方のないこと…労働だとか、食だとか。

 そこに、恋に恋する乙女心が割り込む余地などありはしない。

 ラーシュには、心の傷が少しでも浅いうちに現実に気付いてもらいたいものだった。


 …のだが。


 「だったら……彼女が一番大切にしてるものは何!?好きな人の大切なものなら、僕も大切にしてみせるよ!」


 諦めない皇弟殿下。惚れた相手を尊重するのは素晴らしい考えなのだが…


 「え、えと……それは……」


 言えない。よもやアデリーンが、魔導の真髄を探求すべく日夜人体実験に励んでいるだなんて(被害者ハルト)、とてもじゃないが言えない。


 「それは?やっぱり魔導士だから、魔導の研究とかかな?それだったら、皇室図書館に稀少で貴重な書物があるんだ、一般の立ち入りは出来ない場所だけど、僕が一緒なら閲覧も貸し出しも問題ない!!」

 「…う……」


 皇弟、鋭い。ややズレているが、方向的には間違っていない。

 研究者連中というのはえてして、未知の領域やら不可触の領域やらに弱いものだ。アデリーンも例に漏れず、禁呪や秘術には敏感だったりする。

 ただ問題は、今の彼女はそれらを知るだけでは飽き足らないということ。知ったら間違いなく、試してみたいと思うに決まっている。何度でも試し放題な実験対象があるのだから、彼女が遠慮する理由などありはしない。


 「それはアデルさん、喜びそうだね!図書館デートとか誘ってみたら?」

 「それいいね!ありがとうハルト、さっそく声を掛けてみるよ!!」


 しかもそうなったら被害者確定のハルトが、何も理解せずにそんな提案をするし。


 「い、いや殿下…付き合ってもいないのにいきなりデートってのは…」

 「別に図書館を案内するだけさ!食事や観劇よりハードルは低いだろ?」

 「……………………」


 見える。マグノリアには見える。ラーシュの願いは半分だけ叶うことだろう。図書館への誘いは快諾されるに違いない。恋愛事には興味はないしラーシュを忌避しているアデリーンだが、稀少で貴重な文献への執着はそれらを簡単に覆してしまうはず。

 だが、そこで終わりだ。興味がある文献を片っ端から漁り、片っ端から借り、そこでハイさよなら。そのことによってアデリーンがラーシュに感謝したり好意を抱いたり恩を感じたりすることはない。どうすれば自分が嬉しいと思うのかを真剣に考えてもらったからといって、自分のために皇族以外に立ち入り禁止の場所を案内してくれたからといって、アデリーン=バセットが態度を変えることは有り得ない。彼女の自己中は、そんな生易しいものではない。

 そしてアデリーンは、嬉々として会得したばかりの魔導を試すのだ……ハルトを使って。


 “隠遁の魔導士”を知るマグノリアの脳裏にはそれらの光景が浮かんだのだが、なんだかもう面倒臭くなって「これも社会勉強の一つかなー…」とか思い始めていたりした。




 

 

久々の更新です~。

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