第二百二十五話 恋愛事って案外他人任せにした方が上手くいくかもしれない。
問題を、整理してみよう。
まずは、調印式を尻切れトンボにしてくれた魔獣襲撃の件。
様々な思惑が絡み合う国交樹立に対し、誰が何を目論んでいるのか把握することは容易くない。どうやら第一容疑は貴族派たちに掛けられているようだが、確たる証拠はないもよう。その状況で強引に捜査を進めれば、反発も大きかろう。いくら皇帝と言えども、有力貴族たちを蔑ろにしては国政に差し支えてしまう。
その次に、皇帝派と貴族派の対立。
これは今回の件に始まったことではなく、またハルトたちには本来無関係なはずのものだ。なので留意すべきは、それに巻き込まれないようにするというただ一点なのだが、これが案外難しかったりする。何しろ、ハルトは皇帝にも貴族派筆頭の皇弟にもやけに気に入られてしまっているのだ。
しかも、魔獣襲撃の首謀者…則ち国交に反対し妨害工作をしているのが貴族派なのだとしたら、否が応でも使節団が巻き込まれてしまうことは必至。
それから、皇帝派vs.貴族派に絡んでいるのかどうか未だ不明だが、皇弟ラーシュ=エーリクの動向。彼の言い分は、貴族派の主張とは些か方向性が違う。少なくとも弟の、兄皇に対する感情の中に嫌悪や憎悪、反抗心はない…ようにハルトには見えた。
貴族派を牽制したり論破したり粛清したりするのはハルトの仕事ではないしそんなことは無理だが、単なる兄弟の確執だったら仲直りさせてあげられるかもしれない。ハルトとしてはそう思ったし、そうしてやりたいとも思ったのだが、そんなことをしたら両派の諍いに巻き込まれると師匠に思いっきり反対された。個人的な兄弟喧嘩なら、放置しておけというのが彼女の見解である。
そして新たに湧いた問題その四。謎の「市民団体」の存在。
テオ少年は、二日続けて現れることはなかった。諦めたのか、不法侵入はそう簡単ではないのか、ハルトの警戒を薄れさせるためか。だが彼らが目的をそれであっさり諦めることは考えづらく、今後も接触があると思っておいた方がいいだろう。
彼らが単に国交樹立反対を唱えているだけで、則ち魔獣襲撃などの具体的な妨害行為に関わっていない場合、ハルトは彼らを突っぱねて以降は相手にしないのが得策である。が、名指しで尋ねてこられては無視を決め込むのも難しい。
…ということで現在、問題点を整理しかつ今後の方針を決めるべく、作戦会議中の一行である。一行とは則ち、ハルト、マグノリア、アデリーン、セドリックの四名。
翌日からセドリックは会議に大忙しなので、ゆっくり時間を取れるのは今日くらいだ。
「問題は山積み…つーか、何が一番問題って、オレ様たちだけじゃ動くに動けねーことが問題だよな」
目元に疲れを滲ませて、セドリックが天井を見上げ大きな溜息をついた。
ハルトとアデリーンは休暇扱いにしていたこの二日だが、使節団トップであるセドリックはそうもいかなかったのである。
自国に連絡をし、これを機に騒ぎ出した公国内の反対派の牽制について公王や大臣たちと遠隔会議をしたり、動揺を隠せない使節団員たちを安心させるため声を掛けて回ったり、帝国側の代表者たちと非公式にあれこれと遣り取りしたり。
ただでさえ大変だったのに、また新たな問題勃発…ということで彼がげんなりしてしまうのも無理はない話だった。
「かと言って、例の「市民団体」とやらのことは誰にどこまで話すのか、それが難しいんだよ」
マグノリアも並んで頭を抱える。
魔獣の件は帝国側に捜査を任せているし、その過程で協力を仰がれれば従う所存だ。無関係ではない以上、知らんふりは出来ない。
貴族派に関しては、触らぬ神に祟りなし。迂闊につつけば泥沼に引き摺り込まれる可能性が高いので、余程のことがない限りは関わらないのが得策。
ラーシュと皇帝の兄弟仲は、気にしているのがハルトだけかつ個人的な問題なのでこれまた不問。
以上に関しては意見も纏まっているのだが、問題は最後の件。
「流石に、皇城にまで侵入してきた賊について黙ってるのもヤバいんじゃねーか?」
「それはそうだけど(賊って……)、連中と皇帝との関係がどんなものか分からないうちに下手なこと言いたくないんだよなー…」
なお、頭を抱えてるのは常識組二人。非常識組二人は、議論を任せきりにしている。
「関係って……敵対関係、じゃねーの?」
「だから、その程度だよ。特に皇帝側から見て連中は、どんな団体なのか。ただ単に、ちょっと小煩い集まり程度に軽く見てるならともかく、国の敵とか断じて徹底的に潰そうとしてる相手だとすると、騒ぎにならないはずもない」
皇帝は、魔王を信仰しない帝国の一部の民について、強い憤りを感じていた。ハルトの手前興奮するだけで済んでいたが、彼が叛逆者と呼ぶ魔王崇拝反対派を前にすれば、極めて強硬的な手段に出ることも厭わないだろう。
「それに関しても、帝国の問題なんだから放っておけばいいってオレは思うけどよ」
「そりゃ、ハルトがアレの息子じゃなかったらそうしてたさ」
ハルトがアレ…魔王の息子である以上、魔王崇拝の是非に関して無関係というわけにもいかない。というか、皇帝が無関係でいさせてくれるはずがない。
「で、肝心のお前はどうなのよ、ハルト?」
いきなり矛先を向けられて、おやつの殻付き豆菓子を夢中で剥いていたハルトは、キョトンと首を傾げた。
「え……どうって、何がですか?」
「お前…他人事みてーに………その市民団体のことだよ。お前としては、賛成なのか、それとも反対?どうしたいとかどうしてやりたいとかねぇのか?」
「え……別に」
冷たく聞こえるくらいに素っ気ないハルトの返事。この、興味のない相手に対する冷淡さはアデリーンとドッコイなのではないかとマグノリアは思った。
「別にって……元はと言えば、お前の親父さんのことだろうが」
「だって、父は父、ボクはボクですし」
「………………」
同じ王の息子という立場であるセドリックではあるが、彼が同じように思ったことはない。彼にとって、父は父である以前に王であり、自分は息子である以前に王の後継者なのだ。その存在、その意見に賛成にせよ反対にせよ、関係ないという考えは絶対に出てこない。
「それじゃあ……お前自身の個人的な考えは?その市民団体とやらに協力してやるつもりはあんのか?」
「え、ありませんよ。どうしてボクがそんなことしなくちゃいけないんですか」
やっぱり冷淡なハルト。捕まる覚悟で…その後に下手すると処刑されるかもしれない覚悟も追加で、要するに決死の覚悟で皇城に忍び込んだテオ少年と、彼がそこまでするに至った彼らの背景に関しては微塵も興味を持っていない。
ハルトのことを、考え無しのお人好し野郎と思っていたセドリックは少しばかり意外な思いだった。
「…まぁ、そう…だよな。ってことは、その点に関しては皇帝と同意見なんだな?」
「同意見って言うか……帝国や皇帝さんが他の国と仲良くするのは賛成ですよ。反対する理由なんてありませんし」
皇帝と皇弟を仲直りさせたがっていることといい、国家間の友好的関係を良いものとして捉えていることといい、そういった平和を好む性格と、たった今垣間見せた冷淡さの二面性は、やはりハルトの出自に関わることなのだろうか。
そう思ったセドリックは、他の大多数の廉族と同じように、魔族は冷酷で残忍なもの…という先入観に自分が知らず知らず囚われていることに気付き、内心でちょっと反省。
「まぁ…そうだな、もともと国交樹立のための使節団だしな。てことは、それに関しては皇帝陛下と共同歩調ってわけか……やっぱ、話しておいた方がいいんじゃねーの?」
「うーん……確かにずっと黙ってるわけにもいかないと思うけど…それに関しては、教皇聖下に相談してからでもいいか?」
マグノリアは、なかなか踏ん切りが付かない。が、皇帝がハルトの行為(市民団体の訪問を黙っていた)に対して彼を責めることは絶対にないだろうと確信している上、こういうセンシティブな問題に関して結論を急ぐのはちょっと怖い。
自分たちで決めてしまうより、教皇のお墨付きがあった方が責任転…いやいや何かと心強いってものだ。
「分かった。じゃ、皇帝陛下に話すかどうかは聖下の判断次第ってことで」
セドリックもあっさり、マグノリアに同意した。いくら王太子だからって全権大使だからって、人任せに出来るものはしたいのである。
「それじゃアタシはこれから、聖下に連絡を取ってみる。ハルト、お前は勝手な行動するなよ。部屋で大人しくしとけ。あと、また例の市民団体とやらが訪ねてきても、あんまり相手にするんじゃねーぞ」
「はーい」
信用ならない弟子扱いされているハルトだが、素直に返事する。彼はこういうところで他者から信頼を得たいとか思うタイプではない。
さてそれでは、会議もお開き……というところで、意外なところから異議申し立てが。
「ねぇちょっと、大事なこと忘れてんじゃないわよ」
ふくれっ面の、アデリーンである。
「………え、大事なこと?って、他に何かあったか?」
「すっとぼけてんじゃないわよ!あの皇弟の奴をどうにか黙らせる方法とか一緒に考えてくれるんじゃなかったの!?」
憤慨して声を荒上げるアデリーンだが、そんなことを約束した覚えはないのはマグノリアもセドリックも同じだ。
と、言うよりも。
「あ?皇弟殿下を黙らせるって……なんだよそれ、どっからンな話が出てきたよ」
セドリックは、何が何やら?で首を捻っている。
そこでマグノリアは、アデリーンが皇弟に言い寄られていることを話し忘れてたのに気付いた。
「あー…ああ、うん、その件ね。なんか、皇弟がアデルにゾッコン(死語)みたいでさ、すっげー熱烈なアプローチを受けてるんだと」
「…………?……………え、誰が、誰に?」
「だから、アデルが、皇弟に」
「……アデルが、皇弟殿下に惚れてるってことか?」
「何言ってんのよ冗談じゃないわよ脳髄引っこ抜かれたいわけ!?」
驚きのあまり盛大に勘違いしたセドリックに、アデリーンはとうとう癇癪を起こした。
「何で私があんな奴に…って言うか、恋愛なんて下らないことに気を回さなきゃならないのよ!」
「え…あ、ああ、悪い……………って、それじゃ………え、まさか、皇弟殿下がアデルに惚れてるって…?」
セドリックはアデリーンを見て、マグノリアを見て、二人共が渋い顔で頷いたのを見て、どう反応すればいいのか分からずに奇妙な無表情になってしまった。
「……………はぁーん、まぁ、なんだ、蓼食う虫も何とやらって」
「誰が蓼よマジで脳髄引っこ抜くわよ」
昏い顔をしたアデリーンが懐からささっと謎の器具(なんか小さな手動ドリルっぽいのと注射器)を取り出したのを見て、セドリックは顔を青ざめさせて後ずさった。
「い、いやいや、いいんじゃないか?その、恋愛ってのは自由なもんだしな!まぁ身分の差ってのは障害かもしれねーが、そういうのがあった方が燃えるって言うしな!」
「だから私はゴメンなのよどうでもいいからあの男を黙らせる手を考えて!!」
皇弟に対する拒絶反応を全身で表現して身を震わせるアデリーンだが、自分の恋愛事情を完全に他人に任せきりにするつもりであるということは、明白だった。




