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第二百二十二話 真夜中の客人




 アデリーン=バセットの恋バナはさておき。

 ハルトたちが気を付けなければならないのは、帝国の面倒なお家騒動に巻き込まれないようにすること、である。

 端的に言えば、あまり貴族派に近付き過ぎるな、ということである。

 先日の宴に参加していた人間ならば、皇帝がサクラーヴァ家の嫡男に少しばかり気を使いすぎていることに気が付いただろう。その理由はともかくとして、彼には利用価値がある…と。

 聖教会の懐刀サクラーヴァ公爵家の嫡男としても、魔界の王太子としても、それは留意しなければならない。

 が、残念なことに肝心のハルト自身が己の利用価値と周囲からの目に対してあまりに無頓着すぎる。

 これまで、魔界で完全に箱入りで守られていた弊害がここにあった。


 なので師匠は苦労するのだ。

 「いいかハルト。今後、下手な貴族の誘いは受けないこと。食事もお茶も、世間話も気を付けろ。一見怪しくなくても、腹ン中で何考えてるか分からない連中ばっかりだからな」

 「えー…ラーシュのお誘いもダメなんですか?せっかく友達になったのに……」


 見上げるハルトは久々の仔犬モードだ。


 「シャロンとラーシュだけなんです、ボクが友達って言えるのは…」

 「う……」


 ウルウルされると、マグノリアも強くは出れない。この手で何度押し切られたことか。分かってはいるが、なんかこう、ハルトのおねだりは本能に訴えかけてくるところがある。


 「で、でもあれだろ、お前、ほら、なんつったっけ?同期の連中もいるじゃねーか。あいつらだって友達だろ?それにシエルも、ほら」

 「遊撃士仲間と友達は別ですよ」


 …あらら意外にきっちり線引きするハルトである。


 「仕事仲間は大切だとは思いますけど、そういう信頼関係とか切った張ったの関係がない友達って、ボク二人だけなんですもん。それにシエルは……」


 シエルのこととなると口ごもってしまった。

 それもやむを得まい。魔王復活のゴタゴタの際はハルトに味方してくれたシエルではあるが、それ以前は思いっきり敵対しているのだ。しかも、ハルトが魔王の息子だということを知った以上…彼に直接それを話した覚えはないがどうせもう知っていることだろう…、今までのようにシエルがハルトに友好的でいてくれるかどうかは疑わしい。

 シエル=ラングレーは、魔王を憎んでいるのだから。


 「どのみち、皇弟からのお誘いを断るのは難しいんじゃないの?」


 そこへ助け船…のつもりはないだろうが…を出したのはアデリーン。彼女としては、ハルトがラーシュの相手をしてくれた方が都合がいいのだ。


 「他の貴族連中はまぁ…なんとでもなるだろうけど、皇弟って要するに帝国の№2でしょ?しかももう知り合っちゃってるわけだし、今さら今後のお誘いを突っぱねるってのも感じ悪いわよ」

 「んーーーー……それは確かに……感じ悪いな」


 感じ悪い、で済むのならばいい。相手が一般市民であるのなら、多少関係が悪くなったとしても大したことではない。

 が、相手は皇族で、これから友好関係を結んでいこうという国の皇弟で、心証を悪くしてしまうのは避けたいところだ。


 「……それじゃハルト、皇弟に関してはこれまでどおりでもいい。けど、二人きりになることは避けろ。会うときは必ずアタシかアデルを同行さs」

 「ちょっと私は嫌よ巻き込まないでよね!!」


 巻き込むも何もハルトの護衛として来ているのだからそれはお仕事なはずなのだが、猛抗議のアデリーンはよっぽど皇弟に対し嫌な思いをしたのだろうか。


 「……それじゃアデルは置いといて。アタシが付き合うからな」

 「分かりました!」


 マグノリアの同行に関しては全く気にしないハルト。というか、寧ろその方が彼としても嬉しいのが態度からアリアリだ。これだから可愛いってもんである……じゃなくて。


 「その他の貴族連中には、声掛けられたら適当にあしらってろ。どうしても避けられないときはやっぱりアタシが付き合うから」

 「はい!」


 素直なハルトのことであるから、これで一応は安心だ。マグノリアが付いていれば、腹黒い貴族連中の防波堤になってやれるだろう。


 「ねぇ、一応皇帝にも言っといた方がいいんじゃない?おたくの弟さんがハルトに近付こうとしてるから牽制しとけとかなんとか」


 アデリーンから、珍しく建設的な意見。そこまでして皇弟を抑えておきたいのは、間違いなく自分から遠ざけておくためだ。


 「いや……それに関しては、少し待ってくれ。セドリックと、あと総長グラマス)にも相談してみる」

 「なんでよ?」

 「アタシらが避けなきゃならないのは、お家騒動に巻き込まれることだろ。皇帝に弟の動向を伝えたり牽制を要望したりすれば、皇帝派として首を突っ込むことになりかねない」

 

 心情的には、皇帝に近い一行だ。何しろ、彼がハルトに敵対することは、ハルトに害を与えるようなことは、決してないのだから。

 しかし魔王子としてならばまだしも、サクラーヴァ公爵家としてここに来ている以上はどちらかに傾く姿勢は見せられない。

 実際がどうであれ、重要なのは周囲からどう認識されるかなのだ。


 「フーン…面倒ね。まぁそこんところはアンタに任せるわ、マギー。私としては、あの気色悪い男から逃げられればそれでいいんだから」

 「……お前、ほんとにブレないよな、そういう自己中なところ」

 「ふふん、褒め言葉と受け取っておこうじゃない」


 自分のことしか考えないという点は、アデリーン=バセットにとって隠すことでも恥じることでもないようだ。その清々しさがいっそ羨ましいマグノリアだったりする。



 そんなこんなで、帝国貴族派に対する当面の姿勢は決まった。ここにいるのも二週間程度であるから、気を付けてさえいればそう大変なことにはならないだろう。


 マグノリアにしてはやや楽観的な考えなのだが、それも致し方なし。

 ついこの前まで彼女らが巻き込まれていたのは、魔王の復活を巡る世界規模の大事件だった。それを無事に乗り切ったことで…正確に言えばそれの結果が肩透かしなくらいにあっけないものに終わったので、さしもの彼女の警戒システムにも誤作動が生じてしまったのだ。

 ゆえに、そのことで彼女を責めることは誰にも出来ない。

 仮に彼女を責めるとしたら、それは彼女自身に他ならないのだろう。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その晩。

 ハルトは食事も終え入浴も終え、上機嫌で自室のベッドに潜り込んだ。

 上機嫌なのは、ラーシュとの友達付き合いを師匠に許してもらえたからである。


 彼は極力、ラーシュに自分の正体を明かしたくはなかった。

 自分は魔界の王太子であると伝えて、ラーシュがそれを信じないのであれば(その可能性は十分にある)彼はラーシュにとって大言壮語の法螺吹き野郎になってしまうし、信じたのであれば今までのように友達として接してくれることはなくなるだろう。

 それだけ、魔界の王太子…魔王の後継という立場は重くて厄介なシロモノだった。全てを知った上で今までと変わりなく接してくれるマグノリアやアデリーン、セドリックの反応の方が例外なのだと、ハルトにだってそのくらい分かっている。


 傅かれるのも遜られるのも、遠慮も礼賛も崇敬も、もう飽き飽きだ。彼にそういったものを向ける者たちは皆、彼自身のことは見ていない。魔界の臣下たちがいい例だ。

 彼にとってそれは、ひどく淋しくて、虚しい気持ちを起こさせる。



 「……変なの。前までは、メル以外の人と仲良くしたいとか思わなかったのに」


 布団の中で、クスっと笑う。この心境の変化は、ただの気の迷いか彼自身の成長に伴う変化か。

 そこまでは考えの及ばないハルトではあるが、なんとなく自分の世界が広がった気がして、悪い気分ではなかった。



 ……コン。


 「…………?」


 小さな音が聞こえた。

 あまりに小さな音だったので気のせいかと思った矢先に、再びコツ、コンと軽く硬い音。


 音は、窓の外からのようだ。


 「……なんだろう?風?」


 何の気なしに窓のところへ行って、外の様子を窺う。

 窓の外に見える木々は夜の闇の中で沈み込むようにじっとしていた。どうやら今夜はほぼ無風のようだ。


 「……虫かな?」

 

 そのままベッドに戻ろうとしたハルトの視界の端に、何かが映り込んだ。


 「………………ん?」


 バルコニーの隅に、何かがいる。

 黒っぽい服を着て、じっとうずくまるようにしてこちらを窺っている。


 本来ハルトの立場であれば、夜中に自室のバルコニーに張り込んだ黒服の何者かに対する正しい行動は、警戒するか人を呼ぶか問答無用で斬り捨てるかのどれかである。

 …が、魔王子でありながら今まで暗殺やら誘拐やらと完全無縁で生きてきたハルトに、そういった選択肢はなかった。


 彼はこともあろうに、


 「あのー……何か御用ですか?」


 何の警戒もなく、無防備に、窓を開けてその「何者か」に声を掛けた。

 その「何者か」は、ハルトの声があまりに警戒ゼロの呑気なものであることに肩透かしを食らったようで、少し戸惑っているようだった。


 「えっと……そこにそうしてると寒いですよ?中にどうぞ」


 さらにハルトが部屋に招き入れるものだから、余計に混乱を見せた。

 が、やがて彼の招待に応じると、音もなくするりと窓から部屋へ体を滑り込ませた。


 珍客を部屋に招き入れてから室内の灯りを点ける。と、向かい合う「何者か」は、ハルトとほとんど同じくらいの体格で、黒い服に黒い覆面で顔を隠していた。


 この手の格好はお馴染みである。大抵、黒装束に覆面は刺客だったり間者だったりするのが定石だ。

 しかしハルトはその「何者か」に対して警戒する気にはならなかった。


 それは、侵入者からは敵意とか殺気が感じられなかったこともあるが、何より覆面から覗くその瞳がひどく静かで穏やかだったから。



 「あの、それでボクに何か用…なんですよね?」


 わざわざ窓をノックしておいて、用がないはずがない。

 問われた侵入者は、ゆっくりとした動きで覆面を取り去った。



 「……お初にお目に掛かります。サクラーヴァ公爵家次期当主、ハルト=サクラーヴァ様でいらっしゃいますね?」


 淡い藍鼠の髪にネイビーの瞳の少年が、まっすぐにハルトを見つめていた。




 


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