第二百二十一話 自分のこと棚に上げる人ほどご高説を垂れるよね。
「お前らなぁ……なんで状況と立場ってのを考えられないんだよそもそもアデルがついてて何でそんなことになってんだよもう」
マグノリアのお説教。お説教されているのは、ハルトとアデリーン。
二人が皇弟ラーシュ=エーリクの私室に何も考えずほこほことご招待あずかったことに対し、苦言を呈しているのだ。
「皇弟って、あれだろ、貴族派の中心人物とやらだろ?昨日の件だってどう絡んでるか分からないんだし、今一番警戒しとかなきゃいけない相手だって、何で分かんないかな」
マグノリアは二人…特にハルトを心配しているのであり…さらに自分が面倒なことに巻き込まれることを心配しているのであり、その言い分も分からなくもない。
昨日の件は皇帝の権威を貶めるために貴族派が企んだ…というのがまぁ、一番単純で妥当でありそうな線なのだ。何しろ、五十年以上ぶりのまともな外交で、皇帝のお膝元であんな騒ぎが起こったのでは皇帝の君主としての責任とか沽券とかに関わってくるのだから。
が、言い分というならハルトたちにだってあるわけで。
「分かってるわよそんなことは。けどなんか無理矢理連れてかれたんだから仕方ないでしょ」
…という、アデリーンの尤もな主張である。
無理矢理、という単語にマグノリアはぎょっとした。
無理矢理って、無理矢理って……なんか権力や立場をひけらかして抵抗出来ないようにして嫌がるアデリーンを強引に連れ去ったとかそういう…………
……いや、それはないな、それはない。
自分で考えておいてあっさりと否定するマグノリア。だってあのアデリーンが、ちょっとばかり権威を振りかざされたくらいで大人しく相手に合わせるはずがない。
ついていきたければついていくし、嫌なら突っぱねる。それが、アデリーン=バセットだ。
「無理矢理って…なんかあったのか?」
であれば、何か他に理由があったわけだ。アデリーンが、皇弟の誘いを断れないような何かが。
…が、それを訊ねた瞬間のアデリーンの表情がもう、ものすっごく苦々しい…を通り越して忌々しそうな感じになってるのを見て、マグノリアは驚いた。
良い意味でも悪い意味でも他人に心動かされることのほとんどない(オタク趣味を除いて)アデリーンにここまでの表情をさせるなんて、皇弟の奴は一体何をやらかしたのやら。
「………別に。何もありゃしないわよ」
「アデルさん、ラーシュに告白されてたんですよ」
忌々しさがほとんど憎々しさに変わる勢いでアデリーンが冷たく言い捨てようとした矢先に、空気を読まない(読めない)ハルトが余計な一言を付け加えてくれた。
「ちょっ……あんた、何バラしてんのよ!」
「え、いけなかったんですか?」
「……………告白ぅ!?」
ハルトにキレるアデリーンと悪意皆無なハルトと、仰天するマグノリア。
「ど、どういうことだよアデル、皇弟がお前に告白?なんで、どういう状況で?つかお前ら接点とかあったのか?勘違いとか人違いとかそういうのでもなくて!?」
何気に失礼なマグノリアである。
が、アデリーンは憎々しい表情はそのままに、渋々と無言で頷いた。彼女が無言なので、ハルトが代わって説明する。
「勘違いでも人違いでもないですよ。ラーシュ、アデルさんを見た途端に真っ赤になっちゃって。一目惚れってやつじゃないですか?」
「……………………一目…惚れ……えええーーー……アデルに?」
「何が言いたいわけ?」
滅茶苦茶信じられなさそうなマグノリアだが、別に彼女はアデリーンに異性に惚れられるような魅力がないと思っているわけではない。
そりゃ、魔導オタクだし引き籠もりのグータラだし私生活はだらしないし興味のあること以外にはまるでやる気がないし気遣いなんて皆無だし自分勝手だし、恋人にするとなったら相手は相当苦労するに違いない。
が、それでもまだマグノリアに比べれば女らしさもなくはないし、ちゃんとお洒落をして笑顔でいればなかなかに愛嬌のある容貌もしているのだ。
ただ…皇弟、皇族ともなればそれこそ女なんて選り取り見取り好き放題なのだろうし、周囲には容姿も性格も魅力的だったり従順だったり機知に富んでいたりする上流階級の令嬢方がわんさかいるのだろう…よくは分からないけど。
それなのに、愛想の欠片もなければ化粧っ気もなく従順どころか敬意さえ見せないようなアデリーンの、何処に惚れたというのかその皇弟は。
「いや、別に…………それ、本当なのか?なんか利用してやろうとかそういうこと企んでたりするわけでもなくて…?」
「師匠、アデルさんにもラーシュにも失礼ですよそれ」
……ハルトに叱られた。
「あ、ああ……そうだよな…けど…………はぁー、アデルが、皇弟に、ねぇ……」
まぁ、惚れた腫れたの話に道理や理屈は無粋ってものだ。相手の何を魅力的だと感じるかは主観によるし個人の自由だし、魔導オタクで引き籠りのグータラで私生活はだらしなくて興味のあること以外にはやる気がなくて気遣いもなくて自分勝手な部分を魅力的だと感じる者がいたって、おかしくない…かどうかは置いておいてそれはそいつの自由なわけだ。
勿論、アデリーンにそれ以外の隠された魅力があったりするかもしれないわけだし。
マグノリアが懸念したのは、皇弟が何らかの形でハルトと皇帝の関係性に気付き、その動向を探るためにパーティーメンバーであるアデリーンに近付いた、という可能性なのだが、そんな企みを持っているのであればいくらなんでも出逢った瞬間に告白だなんて稚拙な真似はしないだろう。
大方、今まで接したことのないタイプだから惚れたとか、そんなところなんじゃないか。
尤も、何もかも計算の上で敢えて稚拙さを装い警戒心を薄れさせる作戦だったりすることも考えられるが、もしそうであっても結局彼は失敗している。
肝心のアデリーンが、嫌悪ゲージを満タンにしてしまっているのだから。
とは言え、相手は皇族でしかも貴族派の中心人物だ、他人事のようにアデリーンを冷やかして終わり、というわけにもいくまい。
「…で、どうすんだよ。告白されたってことは、お付き合いとかするつもりなのか?」
「そんなわけないでしょ、ふざけてんの?」
氷と炎が同居したような目つきで睨まれてしまった。
「いや、別に、ふざけてるわけじゃなくて………ほら、お互いに立場ってもんが」
「立場もへったくれもないわよ。何をトチ狂ったか知らないけどあんなに暴走してる奴と付き合えるはずないじゃない」
「…………………」
「……何ですか師匠?」
うん、そうだよな。恋愛事には疎いマグノリアにだって分かる。暴走気味に突進してくる相手は怖いのだ。相手のことを深く知りもしないのに暴走気味の想いをぶつけられても、気色悪いだけなのだ。
「暴走って……何があったんだ?」
「逢った瞬間にバカみたいな口説き文句を聞かされたのよ、私のことなんか知らないくせによく分からない大袈裟な言葉を思いっきり羅列されたわ。色恋物の読みすぎなんじゃない?」
「…………………」
「……だから、何ですか師匠?」
うんうん、そうだよな。口説き文句も称賛の言葉もあまりに大袈裟すぎると言われた方が引いてしまうのだ。この人ほんとに私のことを見て言ってるの?って訝しんでしまうのだ。
「…なぁハルト、お前はどう思う?アデルと皇弟、上手くいくと思うか?」
「えー…どうでしょう、無理なんじゃないですか?アデルさん、ラーシュのこと嫌がってるし。確かにラーシュのやり方はちょっと何て言うか…独りよがりって言うんですか?もう少しアデルさんの気持ちも聞けばいいのに」
「……ふーん……よく分かってんじゃねーか…」
今回の話題の中心はアデリーンである。が、マグノリアとしては、この際自分のバカ弟子に「人の振り見て我が振り直せ」という言葉の意味を学んでもらいたいところだった。




