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第二百二十話 皇弟殿下は懐疑的。



 ハルトは、何と言ったらいいのか分からないのでとりあえず黙っていた。

 アデリーンもそんなハルトに気付いていたが、自分がとやかく言うことでもないとこれまたやはり黙っていた。

 ラーシュは、二人の沈黙の意味を勘違いしたのだろう、特に気にする様子はなかった。


 「知ってるかな、帝国うちの皇家は魔王の末裔だっていう伝承があるのを」

 「…………へー、そうなんだーーー」


 思いっきり棒読みのハルト。しかしこれもまたラーシュは勘違いして笑った。

 「あ、信じてないだろ。……けど、実を言うと僕もなんだよね」

 そう言うと、肩を竦める。

 「こんなこと兄上に聞かれたらちょっと面倒だけど、他所から来た君たちならいいや。ちょっと聞いてくれる?」

 まるで秘密の悪戯を打ち明ける悪童のような茶目っ気のある顔でわざわざ声を潜めて話すあたり(ここは彼の私室で誰に聞かれる心配もないというのに)、言外にこのことは他言無用だとラーシュは強調したいのだろう。


 「だってさ、魔王だよ?しかも二千年前って。天地大戦じゃ地上界を滅ぼそうとしてた奴が、どうして人間なんかと子を作るのかって話だろ」

 「…………うん、まぁ……うん、そうだよね……」


 自分もまた人間を母に持つハルトは、何て答えたものやら。そもそも魔王ちちがそこまで廉族れんぞくを嫌悪していたとも思えない。…が、それは現代の話であって天地大戦時がどうだったかなんて彼も知らない。


 「伝承って言っても後世に編纂された国史にそうあるだけで、当時の記録があるわけじゃないし、それを証明する手立てなんて何もないんだよ。僕たち皇族は確かに平均よりも強い魔力を持って生まれるけど、それだけで魔王の末裔を名乗るには…ねぇ。もっと強い魔力の持ち主だってゴロゴロいるんだしさ」

 「あ、でも……ほら、二千年も経ってるんだから、だいぶ血も薄まってきてるとかそんなところじゃない?」


 ハルトとしては、別にラーシュに賛同する必要も反対する必要もない。が、当り障りのないことしか言えないのだ。

 そのハルトの言葉に、ラーシュは我が意を得たり、と息巻いた。


 「そう、そこなんだよ!もし仮に、本当に帝国の始祖が魔王の子孫だったとして、その血が二千年間も絶えることなく続くなんてあると思うかい?」


 ラーシュは、部屋の壁に掛けてある大きな帝国地図に目を遣った。


 「今から千年くらい前、帝国は二つに分裂した時期があったんだ。北帝と、南帝。王朝が分裂するのって、何でだと思う?」

 「え?え………分裂?何でって……何で?」


 そんなこと聞かれてもハルトに分かるはずがない。魔界では王権が脅かされたことなどないし、仮にあったとしても歴史の授業なんて居眠りか()()()()の時間に過ぎなかったハルトが学んでいるはずがないだろう。


 「そりゃ、正統な後継者が絶えたから、だろ?だから有力者がそれぞれに自分たちの都合のいい人間を推して勝手に皇帝を名乗るのさ」

 「それじゃ……帝国皇家も一度は断絶したってこと?」

 「勿論、歴史家は否定するよ。当時の第一子が死んだだけで北帝も南帝もちゃんと直系の皇族を立てたんだって。けど、疑わしいよねぇ。直系だったら王朝が分裂するはずないじゃん」


 ラーシュはとことん懐疑的だ。それが彼の性格なのか、或いは周囲に吹き込まれた考えなのか、それは分からないが彼のそんなところが兄皇との溝となっているようにハルトには思われた。


 「天地大戦直後の混乱期もそうだし、南北帝時代もそうだし、血が絶える機会なんていくらでもあったのさ。寧ろ連綿と続いているって考える方が荒唐無稽だよ」

 

 そこに、アデリーンが割って入った。相変わらず口調も表情も冷たいままだが。


 「確かに血が続いている証拠はないけど、でも絶えてしまったって証拠もないわけですよね。だったら別に、否定する必要なんてないんじゃ?」


 自分の主張に反論されたラーシュだが、アデリーンが会話に参加してくれたことが嬉しかったようだ。表情がぱぁっと明るくなる。


 「うん、うん、僕もそれはそう思うよ。別に血が続いていようが絶えようが、今の僕たちには然程の意味はないんだしね。信じたい人はそうすればいいし、それを止めるつもりもない。……ただ」


 …が、せっかく明るくなった表情も、すぐに翳ってしまった。


 「ただ、それにしては兄上や神官たちは、あまりに狂信的過ぎるって思う」


 それについては、大いに賛同するハルトである。皇帝の、魔王や魔王子に対する狂信は、信仰されてる対象であるこっちからしても正直怖い。

 

 「政治も何もかもそれが基準になってるし、人造魔獣計画なんてのも、結局はそのせいだ。魔王のためなら、どんな犠牲も厭わないんだよ、兄上は」

 「…………へー…それは……………困るね」


 これも否定できない。実際、人造魔獣計画は魔王のために地上界平定を目的として行われたものだった。 

 仮に魔王が地上界に対し敵意を持っていたならば皇帝は迷うことなく魔獣の軍団を解き放っていただろうし、そして魔王が地上界に好意的だったからこそ今回の国交樹立は実現したのだ。


 「しかも、魔王が復活しただなんて言い出すし」

 「…………………………」

 「あれ、聞いてないかな?……ってそりゃそうか。そんなこと公表したら大騒ぎだもんね。けど復活したんだってさ、信じられないよね」


 ()()()にいなかったからこそラーシュはそう言うのだが、思いっきり当事者…魔王を復活させた張本人…であるハルトは、そろそろ目が泳ぎ始めていた。


 「いやだなぁ、そんなに慌てなくったって、どうせ嘘に決まってるよ。本当に魔王が復活したんなら、姿くらい見せたっていいはずだろ?なのにそんなことないし、今までと何も変わってないし、多分、兄上が反対派を牽制するためにでっち上げたことだと思うよ」


 ラーシュは、完全に魔王の存在を信じていない。否、かつて存在していたことくらいは信じているかもしれないが、少なくとも現代にまで影響を及ぼすものであるとは思っていない。

 そしてそれは、世間一般の認識と同じである。

 帝国内こそ魔王を信じ崇拝する人々が多くいるが、そうではない国家において魔王は過去の遺物に過ぎない。聖戦の折に、完全に滅び去ったと信じているのだ。


 「それにさ、魔王が復活したのに聖教会国であるサイーアと国交を結ぶってどういうつもりなんだろう。僕はこの国交には賛成だけど、兄上や周囲の者たちが僕と同じ気持ちでいるのかっていうと……ちょっと疑わしいよね」

 「ふーん……じゃあ殿下は、魔王の復活も嘘だし魔王信仰なんて馬鹿げているし魔王復活を主張しながらサイーアと国交を結ぼうとしてる皇帝は何か企んでいるに違いない、そう考えてるってわけですね?」


 再びアデリーンが冷たく割って入った。言い方は冷たいが、別に彼の考えを非難しているわけではない。彼女は他人の考えなんてどうでもいい。単純に、愛想良くするとまたラーシュがヒートアップするのではないかと警戒しているのだ。


 またまた表情が明るくなるラーシュだが、しかしアデリーンの言葉には慌てて首を振った。


 「いやいやいやいや、そこまでは言わないよ!それに兄上は実直なお人柄なんだ、何かを企むとしたら、兄上の周りで兄上を利用して甘い汁を吸ってる連中の方だと思う」

 「……それ、皇帝派って言われてる人たちのこと?」


 ハルトの問いに、ラーシュは頷いた。


 「うん。彼らは、革命者である兄上にたかって私腹を肥やしてるのさ。兄上も、革命を後押ししてくれた連中だから無下に出来ないんだろうね」

 「ああ……ハイエナって、そういうこと…」


 随分と過激な表現である。仮にも、皇帝の側近である大貴族たちに対し、いくら皇弟とはいえ「ハイエナ」などと。

 しかしラーシュが気に掛ける様子はなかった。


 「そう。彼らが考えてるのは、兄上のことでも帝国のことでもなくて、自分たちのことだけ。今回の国交樹立だって、自分たちの利にならないと判断すれば何をするか分からない」

 「魔獣襲撃の犯人が、その人たちだってこと?」


 ラーシュの口振りでは、そうとしか受け取れなかった。が、勿論彼がそこで首肯することはない。証拠もなく断言するには事が大きすぎるし、彼の立場も大きすぎる。


 「いや、そこまでは言い切れない。ただ、彼らには気を許さない方がいいよ、ハルト」


 真っ直ぐハルトを見つめるラーシュは、心の底からハルトを案じているように見えた。

 だからこそ彼の言葉は、忠告というよりもまるで警告のように感じられたのだった。





日本に住んでるとほとんど意識しませんが、一つの王朝がずーっと続くのってめちゃ稀有な例ですよね。


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