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第二百十八話 色恋沙汰は他人のものだったら面白い。



 調印式に魔獣が出没した、というニュースは瞬く間に広まった。

 それを重要視し、やはり国交樹立は時期尚早だったのだとの声が帝国からも公国からも周辺国からも上がったが、ここでご破算にしてしまうのではそれこそ妨害を目論んだ何者かの思惑通りになってしまうということで、帝国も公国も、そして聖教会も、それまでの姿勢を崩すことはなかった。


 とは言え、調印式は尻切れトンボ。一番重要な両代表による署名は終了していたおかげで、式そのものの目的は果たせているのだが、なんとはなしにモヤモヤした消化不良感が参加者全員に残った。

 

 本来であれば、調印式の翌日から実務者協議の始まりであるはずだった。

 しかし、事後処理や警備体制の見直しが必要だということで急遽、二日間のインターバルが取られることとなった。


 突然スケジュールにぽっかりと二日分の隙間が空いてしまったわけだが、それを自由時間やら休暇やらだと受け取る者は参加者の中にはいない…約一名、否、二名を除いて。

 帝国側の人間は犯人捜しと警備の拡充に忙しかったし、聖教会側の参加者は母国と連絡を取り今後の方策を練るのに寝食を惜しんでいた。


 …で、その二日を自由時間ないしは休暇だと受け取った二名とは、ハルトとアデリーンなわけだが、そんなハルトはこともあろうに城から勝手に抜け出そうとして、アデリーンに取っ捕まっていた。



 「あんたねぇ、こんな騒ぎが起こってるときに城を出るなんて何考えてるのよ!下手すりゃ変に疑われることだってあり得るのよ?」

 「…………………」

 「何よその顔。なんか文句あるの?」


 如何にも、なことを言うアデリーンだが、本気でそう考えているわけではない。少なくともハルトはそう思っている。彼の表情が物語っている。


 疑われるはずがないだろう、帝国の皇帝はハルトに心酔しているのだ。アデリーンもそれは承知の上なのだ。

 結局のところアデリーンの本音は、


 「…そんなこと言ってアデルさん、ボクを何処に連れてこうとしてるんですか」

 「ど、どどどどどど何処って何言ってんのよ宿舎に戻るに決ま」

 「だってそっち、宿舎じゃないですもん」


 ハルトの腕を掴み何処へか引っ張っていくアデリーンの脚は、明らかに宿舎とは違う方向に…城の裏手の人目につかないところに向かっている。


 「ま、まぁあれよ。ちょっと散歩…みたいな?あとついでに試してみたいことが…」

 「ちょっととかじゃないですよねそれ絶対!」


 なんだか先日のハルトみたいなことを言うアデリーン。ただし彼女が試したいのは自分自身の可能性ではない。

 彼女が試したいのは…


 「だってあんたあれ、とてもじゃないけど無視は出来ないわよ。後学のためにも出来るだけの検証はしてみないと…」


 実験体ハルトの可能性、である。


 「嫌ですよぉ!アデルさん無茶苦茶なことばっかりするし!!」

 「何言ってんのよそんな無茶したことないでしょ。あんたには怪我一つないんだからいいじゃない」

 「よくありません怪我しなくたって痛かったり怖かったりするのは嫌ですよぉ!!」


 引き摺るアデリーンと抵抗するハルト。互いに譲れないものがそこにある。


 「もう、我儘言わないで!そんな聞き分けの無い子に育てた覚えはないわ!」

 「アデルさんに育てられた覚えはありません!」


 出発前と到着直後が嘘のように溌剌としているアデリーンである。というのも、


 「せっかく調子が出てきたんだから、ちょっとペース上げてくわよー!」

 「嫌ですよ何でですかそんなのボクには関係ないですよね!?」


 取り寄せた帽子が今朝早く彼女のもとに届いたからである。

 いつものとんがり帽子をかぶったアデリーンは(衣装は礼服のままなので本当に重要なのは帽子だけなのだろう)、水を得た魚のように生き生きとしていた。これでオフ時は引き籠もりだと言われても、ちょっと信じられないくらいに。



 さてハルト、困った。

 ここで力づくでアデリーンを黙らせることは不可能ではない。今のハルトであれば、寧ろ朝飯前だ。

 が、彼は婦女子に手荒なことは出来ない系の男子である上、そんなことをして諦めるようなアデリーンではないこともよく分かっている。というか、さらにヒートアップしてしまうことは想像に難くない。

 

 なのでハルトとしては逃げの一択なのだが、こうも腕をがっちりとホールドされているとそれも難しい。ここに師匠マグノリアがいてくれれば助けてくれるかもしれない…いやしかしこういうときに師匠ってば面白がって見てるだけだったっけ…と思い直し、さらにここにはクウちゃんもいないから自力でなんとか活路を見い出さなくてはならないわけで。


 これは、魔獣よりも厄介だ。



 しかし、日頃の行いの賜物…ではないことは確かだがそんなハルトに救いの手が差し伸べられた。


 「あれ、ハルトじゃないか!それにそちらは……」

 「ラーシュ!ちょうど良かった遊びに行こうと思ってたところだったんだ!」


 二人に声を掛けてきたのは、皇帝の異母弟ラーシュ=エーリク=ヴァシリュー。相変わらず爽やかイケメンオーラを放ち、それでいてカジュアルな人懐っこさも以前と同じ。

 ハルトはこれ幸いと、思ってもいなかった用件をでっち上げた。


 「え、そうなの?それは嬉しいなぁ。けどこっちは皇居とは別方向だよ?」

 「え、あ、あれれ?いやー迷っちゃったよここって広いよねぇ」


 かなり強引な恍け方ではあるが、ラーシュはそういった細かいことを気にするタイプではないようだ。

 それより彼が気になったのは、ハルトの腕をがっしりと掴んでいるとんがり帽子の方らしく…


 「えっと、お友達…かな?」

 「あ、えっと…遊撃士仲間の、アデリーン=バセット。アデルさん、こちらは皇帝さんの弟で、ラーシュ=エーリク殿下です」


 それはまぁ、よくある人物紹介だったのだが。


 「……どうも、アデリーン=バセットです」

 「……………………」


 アデリーンの温度は低い。彼女はもともと人付き合いが好きではないし、自分の興味の向いた相手以外には大体不愛想だったりする。

 一方のラーシュはと言うと…


 「……………………………」

 「…………あの、何か…?」

 「ラーシュ?どうしたの?」


 アデリーンを見た瞬間、固まった。

 胡散臭そうな目のアデリーンと、怪訝そうなハルトがラーシュを覗き込んで、それでもしばらく固まっていた。


 「……ねぇちょっとハルト。この人何なの?急にフリーズして、どっかおかしいんじゃない?」

 「ちょっとアデルさん失礼ですよ。これでも帝国の皇弟なんですから」


 ラーシュの目の前でぼそぼそと失礼な遣り取りをするアデリーンとハルト。この二人、こういうところは似ている。


 「失礼なのはあんたもじゃない。て言うか、いつの間に皇弟と仲良くなってんのよ」

 「宴のときにちょっと。良い人ですよ……多分」

 「……多分ってあんた…」

 「…………………う」


 そのとき、ラーシュが呻いた。


 「…う?」

 「ラーシュ?どうしたの大丈夫?」


 突然のことに何事かと訝しんだ直後、


 「………………う、美しい……!」

 『は?』


 突然、感極まったように叫ぶラーシュに、思わず呆ける二人だった。


 唖然とする二人に構わず、ラーシュはいきなりアデリーンに詰め寄った。彼女の開いている方の腕…ハルトを捕まえているのとは別の腕をがしっと握ると、瞳を輝かせ頬を上気させ、真っ直ぐにアデリーンをまじまじと見つめる。


 「アデリーン嬢、というんだね。素敵な名だ…まさか君のような可憐な人が遊撃士をやっているだなんて…」

 「ちょ、ちょっと何なんですか!」


 アデリーンはドン引きだ。決して照れているのではない。

 一般的なお年頃の少女とは些か異なる感性の持ち主である彼女は、引き籠もりで人嫌いという性質もあってか色恋沙汰には疎い。疎いと言うかほとんど今まで無関係で生きてきた。それはマグノリア以上である。

 したがって、告白したこともされたこともなければ美しいとか可愛いとか褒められることもなく、またそんなことに喜びを感じるような性格でもない。

 

 ので、彼女にとってラーシュの行為は、ただひたすら気色悪い、の一言に尽きる。


 「ああ、強い意志を感じさせる眼差しも、温かな大地と同じ色の髪も、桜桃のような唇も、まるで人をその美で惑わせる妖精、君こそ僕のファム・ファタール……!」


 …否、アデリーンでなくとも十分に気色悪い。


 「え?は?ちょっと、何訳分かんないこと……ちょっとハルト、見てないでどうにかしなさいよ、あんたの知り合いでしょ!?」

 「ああ、魅惑の声もまた海妖精セイレーンの如く……!」


 鳥肌を立てて思いっきり拒絶の表情を見せるアデリーンと、それが見えているのかいないのか恍惚の表情で彼女の美を礼賛するラーシュ。

 その二人の光景がなんだか面白くて、ついつい傍観に徹してしまうハルトであった。


 

 


 



 

たまにはアデルにも花を持たせて?やらないと。

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